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西暦二〇四八年の医療

 カーツ・ワイルの唱える「シンギュラリティ」とは、技術進化のスピードが無限大になることらしい。
 それが2045年に到来する、との予言で一首。
怖いもの見たさで思ふ近未来、百寿の吾とシンギュラリティ(医師脳)
 国土交通省の〈国土のグランドデザイン2050〉は、こう予測する。
「日本中を一キロ四方で区切り、そこの居住人口を推定すると、居住地域の六割以上で人口が半分以下に減り、そのうちの二割は無居住化する」――。
いつの日か〈ポツンと……〉だらけになりたらば誰も見まじかる人気番組
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 2048年の仕事始め。
 自動運転の電動トラムを最寄りの健生病院前で降りた。
 停留所から徒歩数分の〈津川武一記念研究所〉が勤務先である。ここで私は身体を張って認知症の研究をしている。
 その内容は極秘だが……。

 伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)計画
 少子化対策として〈環境ホルモン〉に注目。正式には内分泌撹乱物質と呼ばれ、生体にホルモン様作用を与える環境中化学物質である。プラスチックや農薬など多くの工業製品に含まれる合成化学物質が、弱いエストロジェンのような作用をする。そのため野生動物の雄の中には、ペニスが著しく小さかったり産卵したりという、雌性(メス)化の兆候を示すものが増えた。
 ヒトに関しても20世紀後半には、精子数が半減したという報告が出されていた。それにも関わらず、環境ホルモンを含む工業製品の乱用に歯止めが掛かることはなかった。
 アアセイ省が2005年に行った調査では、100種類以上の環境ホルモンが人体から検出された。その結果、精子数の著しい減少化のほかに、女性では子宮内膜症の増加が社会問題となっている。最近のテレビワイドショーでも、人工授精を用いずに妊娠した夫婦の話題が取り上げられた。が、真偽のほどは不明だ。
 究極の少子化対策ともいうべき〈イザナギ・イザナミ計画〉が進められている。具体的な研究内容はアアセイ省から公開を止められているが、国連が提唱している〈ノアの箱船計画〉に関連したものである。
 地球上から環境ホルモンが消失した暁には、超高性能細胞保存装置のなかの精子と卵子が自動的に人工子宮へ送り込まれ、第二の人類が誕生する仕組みにはなっているのだが……。
「ああ、しゃべってしまった」

 日本人SDGs計画
 最近の全国的な傾向として、病理解剖の件数が著しく減少している。それと言うのも、死にそうになると患者は退院してしまうのだ。まるで剖検を拒否するように、今日もまた瀕死の患者が〈超高規格救急車〉で運ばれていった。
 それと入れ替わるように、別の患者が臓器移植センターから搬送されてきた。数週間前に超高規格救急車で運ばれ、腹腔内全臓器移植を済ませたばかりの患者だ。
 多臓器移植が普及した現在では、脳死が人間の死として社会的にも受け入れられている。
 脳移植を推進する議論もあったが、他人の記憶まで移植されては世の中が混乱するという理由で、臨床実験は取りやめになった経緯がある。
 脳死と判定された場合も、脳以外の臓器は全て特殊処理されて冷凍保存されるため、やはり臓器移植センターへ搬送される。その際に使用される車は、超高規格救急車と全く同じ機能を有しているが、外装は黒塗りで「超高規格霊柩車」と呼ばれている。
 臓器移植センターでは、臓器を取り出したあとの遺体をごく稀に解剖することもある。が、ここでも法律の壁は厚く、脳だけでは剖検数として認められていないようである――。
 
 私の話を笑顔で聞いていた女性がなぜかジャージ姿だ。その手元を見ると、「介護記録」中村幸夫(百歳)と書かれている。
 利用開始日が2048年とあるのは何のことだろう?
 ちょっと不安だが、わざわざ確かめるのも怖い。
「センセ! 演説は終わりにして、おやつにしましょ」

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