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100億円の猫が死んだ

ある日突然 君はこの世界からいなくなってしまった


いつものように仕事に出掛けた
いつものように君の小さな頭を撫でて
行ってきますの挨拶をして
いつものようにヘトヘトになって帰宅した

君が駆け寄って来なかったから
どうせいつもの所にいるんでしょうと
君のお気に入りの場所を覗き込んだ
寝転んでいる姿が見えていつものように名前を呼んだけれど
君はピクリともしなくて


冷たい何かが背筋をなぞるような薄ら寒い感覚がした

もう一度君の名前を呼んでそっと触れた
ヒンヤリとした感触に全身の毛がさかだつのを感じた

嘘だ
嫌だ

気づいたら大声で叫んでいた

君の体を抱き上げる
固く冷たい
あんなに柔らかかった君の体が
顔を覗き込んでみる
薄らと開いた瞳が揺らぐ事はない
開いたままの小さな唇が閉じる事もない

君はもう私の好きなあの声で鳴いて応えてくれない

抱きしめても温かくならない君の体をキツく抱きしめて
現実を受け止められなくて
駆けつけた家族に
「まだ生きてるよね?」と確認した
「残念だけど、もう死んでいるよ」
そう言われてブワッと涙が溢れ出した

こんなの嘘だ
嫌だ
何で
普通だったのに
いつも通りだったのに

君の体を抱きしめてひたすら泣いた

「100億円積まれたって君の事は譲れない」

君が小さな寝息をたてて私の膝元で丸くなると
君の柔らかな体を撫でながらよくそう言っていた

「愛してるよ」「大好きだよ」「食べちゃいたいくらい可愛い」

いつ何があっても後悔しないようにって
何度も何度も君に伝えてきた言葉達

ただ何度伝えても伝えても
伝えきれなかった思いだけが残る

金色の瞳も黒い肉球もくるんと巻いた毛も綺麗な長い尻尾も全てが愛しくて愛しくて仕方がなかった
君がいなくなったこと

私はもう大人だから
その現実を飲み込んで
乗り越えた気がしていたけれど
あの日以降誰にも語らずに生きてきたけれど
こうして吐露してしまうと
あれから数年経っているというのに
苦しくて苦しくて息ができなくなる

私は何も持っていないと思っていたあの頃
唯一の宝物だった君

虹の橋というものがあって
君がその先で幸せに暮らしている世界を
思い描かない事もない





大切にしていた猫が死んだ
その喪失感は埋まることはない
けれど人間は前を向いて歩いて生きなければならない
目いっぱい悲しむ事は大事な事だと思う
まだ整理し切れていない感情は沢山ある
時間が解決してくれるかと思っていたがそういうことでもないらしい
こうして書き出す事で私の中で何かが変わればと思っている

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