千歌ちゃんって、どんな子?
本日お誕生日を迎えた千歌ちゃん。誕生日の記事を書くのは初めてなんですが、いよいよ時がきたと思い、今この瞬間にしか書けない思いを形にしていきます。いろんな人が、いろんな思いを出していく今だからこそ。
僕はだいぶ後になってから彼女のことを気にかけはじめたのですが、どうかたくさんの方に彼女の想いが伝わりますように。そしてまだ見ぬ想いに夢を馳せて、これからも突き進んでいけますように。
誰よりも、まっすぐに
千歌ちゃんは誰よりも常に、真っ直ぐに「何か」と向き合います。人、出来事、そして想い。全てにおいて真正面からぶつかって、悩みながらも答えを出していく。そして、その過程がおもしろかったことに、後になって気づく。気がつけば夢中になっていて、気がつけば答えを出している。そこが彼女の好きなところです。
それはなぜか?と考えるのは野暮だとも思っています。だって、気づいた時にはもう夢中になっているから。気づいた時にはもう向き合っているから。めげずに、というのではなくあっという間に相手との距離を測って、向き合っていく。そこがすごいなぁと。
彼女を表す代表的な言葉の一つに「普通」があります。「サンシャイン!!」を通して何度も繰り返される言葉ですが…私は彼女のどこが普通なのか、実は悩んでいた時期がありました。あんなに真っ直ぐに向き合えることが強烈な「個」であるのに、なんで悩んでいるのか?それは恐らく、千歌ちゃんが「あなた」を通して見た時にどんな人に見えるか、というのがあるとも思っています。
あなたを通して見えるもの
千歌ちゃん、特にアニメーションでの千歌ちゃんは、その「人間らしさ」の癖が人によって極端に見えるように思います。苦手な方もいれば、好きになる方もいる。でも、自分の言葉として表した時に、改めて好きになれる。特に2期あたりでは、そんな彼女が大きすぎる壁にぶつかった時に自暴自棄になる姿をどう捉えているかが分かれ目になっているような気がしますね。
「人間らしい」という表現については、やはり彼女が自分にも他人にも、そして出来事にも素直であることがメインになっているからだとも思います。素直に向き合えば、素直に向き合っただけ答えが返ってくる。身もふたもない言い方をすれば、シリーズで描きたかったことのメインはそれなんじゃないかなぁと。
僕は初めて「サンシャイン!!」の中の彼女に触れた時に、その両極端ぶりに困惑しつつも、何かについてしっかりと向き合う姿に、どこか他人事ではないな、というような想いを抱きました。彼女が笑い、泣き、怒り、悲しみ、そして喜ぶ姿は、どんな形であってもわたしたちの心に何かをきっと残してくれる。そう信じています。
個性時代の輝き
彼女はバク転ロンダートで決勝にみんなを導いても、浦の星の名前を永遠に刻んでも、自らが持つ個性に気がつくことはありません。それどころか、今ある「千歌の魅力は何?」というものは、ほとんど全てが「わたし」を通して見つけられたものであると感じます。これは「画面の外にいるわたしたち」とも捉えることができますが、自分では見つけることが難しい個性をどのように見つけ出すか、という試しも含まれていると思っています。
”わたしたち“のいう個性は、成長や活躍という言葉の元で生まれたものであり、それに直結しない個性は個性として認められないがゆえに、千歌ちゃんは悩み続けたのではないかという仮説めいたものが私にはあります。優勝して名前を刻むために求められる力と、何かに真剣に向き合うために求められる力はイコールではありません。
彼女が最終的に「光る風」としてたどり着いたのは、その最大公約数ではなく、決して妥協点を見出したのではなく、それでも前を向いて向き合い続けたからなのではないのかなぁと。輝くってどんなこと?と聞かれた時に、私は「前を向いて向き合い続けることである」と答えるようにしています。それはどんな時代でも普遍の真理として、受け継がれていくでしょうから。
明日はどんなことに出会えるのかな。
ほんとうにほんとうに、
お誕生日おめでとう!!!
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