私の見た真実。5 第三次酪農危機 第二章

こんにちわ。千葉県の酪農家の金谷です。

このノートは私の見て知った現実を整理整頓して自分の考えをまとめるために徒然なるままに書き記していきます。
第三次酪農危機2022年10月末から動き出した戦いは今もまだ続いています。その初期を自身の記憶を振り返りながら書き記します。

第三次酪農危機5
前回投稿の最後で記載したフェイスブックへの投稿は主に千葉県内の酪農家に向けて投稿したものだ。文章には続きがある。


千葉県内の酪農家さんへお願いします。
上記の方向性で動画を撮影し、YouTubeにて拡散しませんか?できるだけたくさんの酪農家に集まってもらいたいです。
撮影する方法決まってなければも台本もなにもありません。が言うことは単純です。ありがとうございますと、お願いします、です。それが伝わればおのずと乳価は上がりやすくなるはず。
我々が今やるべきことは国政をたたいたり乳業メーカーと戦うことじゃない、たくさんの人に飲んでもらうことです。
至極単純ですが酪農家が一斉に声を上げ消費者の心に刺されば、小売店では少しでも牛乳が売れる。乳業メーカーは処理しきれない牛乳が減らせる。生乳販は乳価交渉がしやすくなる。結果的に我々酪農家は助けてもらえるかもしれない。
環境負荷の問題など難しいこともあります。しかしながら牛乳、乳製品を求める声もあります。
結果がどう転ぶかはわかりませんが、やるだけやりましょう。
頑張りましょう。


というものだ。これに対して県内酪農家から応援の声をいただいたが、参加すると言ってくれた酪農家は片手の数ほどだ。賞賛はすれども協力はできない、といった感じだ。辞めました。何人かで訴えても正直寒い思いをするのは目に見えていた。きっとそんなこと言ってる時点でバカじゃないのか、と思ってる酪農家は相当数いただろうと思う。さてなにをどうしたらいいものか。これで諦める訳もない。まだまだでしょ。ただ唯一の救いがあった。その投稿は私の友達などの酪農と関係のない消費者さんなどが数珠つなぎにシェアしてくれてイイネもたくさん押してもらった。161イイネ、167シェアだ。フェイスブックは友達の中での投稿がメインで、その外への投稿の拡散には向いていないと思っているのでこれは驚異的な数字では無かろうか。ありがたい。これは発信し続けていくうえで大きな励みになった。

その後、近くの酪農家で経営を良くする目的で関係者や北海道から有識者を集めてバーンミーティング(牧場で集まって皆で話す会)があったので西岡さんと共に参加させてもらった。湯浅牧場さんだ。後継者の尚恵さんが自身の牧場を案内してくれる。そこにぞろぞろと参加者一同ついて行く訳だ。正直、湯浅牧場を見て思った事は労力を増やす、もしくは作業の効率化をまずは考えねばならないのでは、と思った。ただ助言をしてもどうにもならないこともあるのは解っていたが助言はさせてもらった。他にも獣医さん、北海道の大学の先生、北海道の普及員さんなどからいい助言がたくさん出ていた。が、実質的に可能な話になるとその幅がかなり狭いのは参加者一同、おそらく解ってたと思う。明らかに経営が傾いている。そんな中で自身の経営の数字をさらしていたのだ。この勇気にはいたたまれない気持ちになり私も自分ちの数字を伝えてなるだけ助けられることはないか話した。が、その後どうなっただろう。今も悪いニュースは聞かないので奮闘されていると思う。この一件で痛感した。自助努力だけではもう無理だ。自助努力をするための経営体力も残らないくらいにほとんどの牧場は削られている。そう感じた。その時尚恵さんの親父さんに言われた一言は覚えている。「なんでもいいから動け!どうにかしろ!」と。そうだ。もっとだ。動こう。
そのミーティングの時に参加していた佐久間純子さんと話した時、こう言われた。「フェイスブックの投稿見ました。凄くいい事だと思います」と。現状を変えるためになにをできるかしばらく話していたがやはり答えは見つからない。その時私には解らない単語が出てきた。「カレントアクセスとか輸入を辞めればいいって話有りますよね?」と。勉強不足でした。カレントアクセス?なんだっけ?それ?となりました。とりあえず「勉強します」と伝えた。その後、農水省のHP見たりいろいろググって調べて情報収集した。なるほど。業界全体の現状をその時におおまかには掴めたと思う。牛乳余り問題と言われているのはバターを製造した時にでる脱脂粉乳の在庫過多が要因で、この脱脂粉乳在庫が10万トンを超えている以上、酪農業界としては減産せざるを得ない、と言うことだ。それは北海道の酪農家が減産をしていると聞いていた。私は毎日普通に生乳出荷していた。
解決策という解決策は見つからなかった。ただチーズは国産のものが2割程度で8割は輸入に頼っている、というのは解決の糸口なのではないだろうかと思っていた。しかしながら輸入チーズと国産チーズの価格差を考えればそれには難しい壁があることは容易に想像できた。外食産業で使われているのはそのほとんどが輸入というのも知った。そこに国産を使ってくれ、というのは販売価格が上がることは間違いないので難しいのだろうと感じた。また、カレントアクセスというバターと脱脂粉乳などの国家貿易をしているのも知った(というか忘れていた。中学あたりで習った気がする)詳しくはまた別で書くが、要は国産品が余っている状況なのに脱脂粉乳とバターなどを国が輸入しているのだとその時は理解した。これには心中穏やかではなかった。しかしながら国内外の価格差があるのだから安いものを買いたい業者さんがいるのは理解できる。我々酪農家がもっと安く生産できないと勝てない訳だ。その時為替が円安最高潮の時期だったが、その時点でまだ輸入脱脂粉乳の方が安かったはず。価格差は埋まってきていたがそれでもまだ少しだけ安いという状況だったと思う。入札形式で行われていたカレントアクセスの脱脂粉乳輸入はその時、不落が出てきていて停滞し始めていた。それならいっそ国産を推してくれよ日本!とは思っていた。
蛇足だが、その時にキャノングローバル研究所の山下さんという方の記事を見た。その一部だが抜粋する。
「環境面からは、穀物を輸入するのではなく牛肉や豚肉などを輸入した方が良い。家畜の糞尿も牛のゲップも、温暖化ガスのメタンを発生させる」
と書いていた。家畜のエサを輸入しているなら環境負荷を考えれば最初から畜産品そのものを輸入した方がいい、という意味だと思う。グローバリストならこの文章はどうなのかな、と思う。輸入しようが外国でそのゲップは出るんだから地球全体の総量は変わらないはずだと思う。これ以降で何回かこの山下さんの記事を見たことがあるが、個人的な恨みでもあるのか、偏った一側面からしか見て居ないであろう事実で酪農を叩くための記事をたくさん書いていた。私にとって大変残念な内容の記事だ。
しかしながら私の見た真実と違う、山下さんの見た真実なんだろうと思う。

第三次酪農危機6
2022年11月9日農業新聞にて国の新たな酪農に対する政策が発表された。これが酪農経営改善緊急支援事業いわゆる「早期リタイヤ事業」だ。生乳生産量の減産のために低能力の搾乳牛などを対象として早期に屠畜(とちく:お肉にするために出荷する事)をすると国から一頭あたり15万円+生産者団体から5万円を奨励金として払う、という政策だ。ちなみに生産者団体から5万円は以前から我々生産者の原資で行われていた。これを国が後押しする形になっていた。これには酪農家の中で多いにざわついた。「いよいよ国が酪農家をつぶしにきたぞ!」と。これを見てまた思った。「牛はモノじゃない」と。
11月15日茨城県土浦市にて「安心安全な国産牛乳を生産する会」の主催で開かれた『最悪の酪農情勢を乗切るには』座談会に参加させてもらった。この酪農危機を乗り越えるための、東大教授の鈴木宣弘先生の講演と各関係業界から有識者を集めての座談会だ。そこで鈴木宣弘先生の講演を聞いた訳だが、少し疑問があった。内容としては国はカレントアクセスなどの乳製品輸入を辞めて農業政策にもっと予算を多くするべきだ、といった内容だったと思う。賛同だった。もっと酪農家を守ってほしいと思った。先生もしゃべりきれない量の情報があると言っていたがその一部は吸収できたと思う。その中で言っていた「高い輸入乳製品をなぜ輸入するのか、即刻辞めるべきだ」とおっしゃっていた。自分が見たデータでは決して高い訳ではなく、この円安でも国産よりも少し安いくらいだったはず。ここに疑問があり全て受け入れることに疑問が残った。また輸入機会の提供ということでそれを入札しているのは日本国内にある商社だ。輸入を辞めろと言ったらこの商社らが商材を失う事になるのでは?とも思っていた。輸入よりも高い国産脱脂粉乳を買ってくれとは言えないだろう、と思っていた。しかしそれでも国に対して日本人の農産品を応援してくれないのか、という気持ちがあった。
その後の座談会で印象に残った言葉を書き記しておく。
茨城の酪農家 Nさん
「消費者にいかにこの現状を伝えて味方になってもらうか。血の通った座談会にしたいと思う」

関東生乳販連OB Hさん
「意見を個々で言うのではなく一つにまとめる、一点に集中していかないと」
「飲用乳の乳価は全国の指定団体は関東に右ならえ。関東の酪農家さんは飲用乳すべての価値を左右する重要な立場にある」 

北海道十勝の大牧場社長 井下さん
「乳価は+50円ないと未来は無い」「現状ではこれからの日本の酪農は成り立たない。若い人がやっていくことが出来ない」
「年間で1000頭飼っていて1億円の赤字だ」

北海道十勝の酪農家 川口さん
「今言わなきゃいけないのは減産ではない。まさに今日明日を生きるための補助金だろう」

安心安全な国産牛乳を生産する会 加藤獣医先生
「2008年のデモの時は日比谷音楽堂に3000人の酪農家を集めた。力づくだった。今は体力がもうない」
「消費者団体なども集めて座談会を開いて牛乳をいかに高く買っていただけないものか、よく話してから乳価交渉などを行うべきだ」

などだ。
座談会においていろいろなテーマで話されたが結果これといってまとまった動きを見せる話までは進展しなかった。だが上記の言葉は私の中で生きていた。皆同じ想いなのだ。特に北海道の大牧場社長井下さんの想いは胸が打たれた。脱脂粉乳の在庫過多を解消すべく自身で脱脂粉乳在庫を買い取って海外へ寄付したと言うのだ。なんという事か。こういったやり方があるだろう!とまさにやって見せたのだ。凄い事だ。そんなにも動いているのか。加えて更にまた大きく動きたいと言っていた。私は大変熱い想いになって井下さんに質問した。「大きく動くって事ですけども具体的にどのようにしますか?」と。「まだ決まってはいませんが、どうにかしないといけない」といった答えだ。「同意です」とお伝えした。世間に風穴を開けることが出来るなら協力したいし自分も動きたい!と思っていた。同じなのだ。しかし方法が無いのだ。でもどうにかしないと酪農家が壊滅してしまう。会場内の誰もが同じく方法論を持たず試行錯誤してたと思う。大変心を押されるような気持ちになった。加えてこれは全国的な深刻な問題であることを再認識したこと、また、北海道の生乳の減産計画「生産抑制」によって苦しんでいる酪農家さんの生の声を始めて聞いた。いたたまれない気持ちになった。この時に少し後ろめたい気持ちになって毎日出荷させてもらってありがたいんだなと思った。その後、土浦での座談会を後にする。

翌日16日、佐久間牧場に西岡さんと尚恵さんと集まった。お互いの経営状況を見せあってなにか改善点が無いか話すためだ。だが結果的には経営うんぬんではなく、業界の問題に対する話がほとんどになったのだが、やはり解決策が見つからない。ただし一つだけはっきりしていたことは乳価をいかにして上げてもらうか、と言うことだ。どういったアクションが出来るか話に話したが、結果的に私らに出来ることは署名を集める事しかないだろうと思った。その場は満場一致で千葉県内で乳価値上げの署名を集めて千葉県酪連に要望書を提出しよう!という結論に達した。酪農家の意見を一つにまとめることが重要だと思ったのだ。帰ったら要望書を書くぞ!と息巻いた。
そうそう。その時に佐久間さんから言われた事がある。「酪していきぬくラジオ」って知ってる?と。なんぞそれ?となった。どうやら酪農家が毎日ポッドキャスト配信(インターネット上のラジオ配信)をしている、とのこと。聞いてみて!と。ふーん、暇見て聞こう程度に思った。これがこばちゃんを知るきっかけだ。
その後、自宅にて要望書を請願書として書き上げた。内容としては経営が厳しいから乳価をあげてくれ、といった内容だ。請願書としたのは千葉県酪連に出すものなので通常、国会などの国に対して出す請願書というのとは趣旨が違うが最も重い要求文書であることを重視した。本来請願書とはそんなに簡単に出せるものでは無いとは知らなかった。が、ともかく形にした。
その後「酪していきぬくラジオ」を聞いた。なんということか。こばちゃんはラジオの中で乳代清算書を読んで晒していた。184杯目

「9月分の振込金額は0円です。初めて赤字が出ました。-55万です」と。

後から知ったがこばちゃんは酪農家としては成績は良い方だ。一頭の平均乳量で33k~36kなどの数字は良い経営と言っていいと思う。更に岡山県の乳価は千葉県と比べて高い。これでも赤字でやってけない、と。同じかよ、と思った。思わずメッセージを送ってしまった。またこうも言っていた。

「コストが上がった分をなぜ酪農家がすべて負担しないといけないのか、絶対おかしいでしょ」
「この状況皆解ってるでしょう。世の中が一次産業者に対してあまりにも(冷たい)知らんぷり。そんな気がしてなりません」
「今だからこそこの現状を世の中の人たちに解ってもらわないといけないじゃないですか、声あげていきましょうよ」
「声を上げれる人が声をあげましょう」
「僕は酪農で生き抜くって覚悟がある」

そうだ!完全同意だった。

まずは関東で乳価を上げないと。ここで関東の人間が誰も動かなかったら日本全国の酪農家が困るのではないか、そんな気持ちに突き動かされていた。

後日、請願書を組合に送った。組合から各酪農家にFAX送信してもらって署名を集めようとしたのだ。よし集めるぞ、と思った矢先、同じ組合の方から電話がきた。安心安全な国産牛乳を生産する会で2008年日比谷デモで中心的は働きをした酪農家さんだ。「これではダメだ、もっと大きく動かないと」といった事を言っていた。確かに生産者が騒いでも封殺されるような気もした。消費者団体などを巻き込んでもっと大きな運動にしよう、と言うのだ。なるほど、納得した。そこで先だって土浦でお会いした加藤獣医先生とともにミーティングを行うということで参加させてもらうことになった。

2022年11月22日
ミーティングは普通のレストランで行われた。参加者は県上部団体の方などの錚々たる面子、そしてなぜかそこに私。そこで話された内容としては消費者団体にもっと一緒に動いてもらうよう動く、というのがメインテーマで先に決まっていた粗飼料に対する一頭1万円の補助じゃあ足りないからもっと多く欲しいという要望書を関東生乳販連から出してもらおうという計画だった。そこに私の役目は無い。

だがその時に加藤獣医先生から一枚の紙キレを渡された。11月30日畜産危機突破緊急中央行動と題されたデモ活動行うという内容だった。「子牛、鶏などを連れて農水省前に集まろう!」と書いてあった。「よし、行ってきます」と快諾した。その時はまさかマイクを持つことになろうとは思っていなかった。

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