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【勉強会レポート】 シリコンバレー発:バイオテックベンチャーの創り方

202­4年4月24日、JHIHは、遺伝子検査のバイオスタートアップであるBillion To One Inc.でCPO(Chief Product Officer)を務めるShan Riku(陸 翔)さんを招き、「シリコンバレー発:バイオテックベンチャーの創り方」をテーマにした勉強会を開催した。

💡陸(榊原)翔 Riku Sakakibara Shan氏  
BillionToOne 社、Chief Product Officer

中国・上海生まれ。8歳で渡日し、小・中・高を日本で過ごす。大学からはマサチューセッツ工科大学に進学し、化学を専攻。マッキンゼー社東京支社勤務を経て、ハーバード大学ケネディ政策大学院にてMPA/ID、スタンフォードビジネススクールにてMBAを取得。クックパッド社米国新規事業立ち上げ責任者を経て2015年より米国バイオテックベンチャーに身を置く。 2019年よりBillionToOne 社(遺伝子検査のバイオベンチャー)にてプロダクト、マーケティング、メディカル・アフェアーズ、クリニカル・アフェアーズの事業責任者を務める。

## バイオベンチャー領域で新しい時代が到来

Riku氏はまず、「バイオテック産業革命」と題し、バイオテックの歴史から紐解いた。ヒトゲノム計画が始まった1990年代当時、一人のゲノムを全て解析するためには、数百億円ものコストがかかっていた。しかしその後、技術の発展によりコストは急速に低下し、今では1000ドルを切るまでになっている。また、解析速度も飛躍的に上がり、全エクソーム解析は24時間以内に可能となったため、現在では遺伝子解析やゲノム解析が日常的に臨床現場で使用されるようになってきた。

実際、2020年に発表された中国の論文では、新生児の治療現場で24時間以内の全エクソーむ解析を基に治療方針が変更された事例が報告されている。このように全世界で臨床現場での遺伝子解析の活用が広がっているという。

これらの進歩に伴ってバイオベンチャーを設立するコストも格段に低くなってきており、また、バイオベンチャーへの投資の規模も過去10年で約8倍に増加しているという現実がある。ここでRiku氏は、IT分野とバイオテック分野の比較をし、「今、バイオベンチャー領域に新しい時代が到来していると感じる」と述べた。

IT業界の歴史を振り返ると、コンピュータが誕生した1960年代、コンピュータも非常に大きく、システムはベンダーに数億円をかけて作成されていた。それが2000年代に入ると、コンピュータは一人一台にまで普及し、インターネットが広がり始め、数百万円でシステムやウェブサイトの作成を外注できるようになった。そして2010年代には、オンラインを通じて誰でも簡単に、数万円以下、あるいは無料で一日でウェブサイトを開設できる時代となった。

この流れはバイオテック分野にも見られる。研究開発といえば、昔は大手製薬企業がCRO(開発業務受託機関)に高額の資金を投じて外注するのが一般的だったが、2000年代に入ると、バイオテックベンチャーが他のバイオテック企業に数百万円のコストでプロジェクトを外注するようになり、今ではオンラインで数万円で研究を始めることができるようになってきている。


例えば、100-150塩基のDNAオリゴを注文したい場合、必要な塩基配列をweb画面に入力するだけで注文でき、数日後には製品が届く。さらに、ラボの業務もクラウドを通じて完全に外注できるようになっているという。かつては手動での実験が必要だったが、現在では大型ロボットが自動で実験を行ってくれるため、人間は実験計画を立て、プログラミングするようにプロトコルを書き込むだけでよくなったのだ。

このように、現在ではクラウドを通じて実験が完全に外注できるエコシステムが創り上げられた。このようなサービスができたことで、今ではバイオベンチャーもIT企業のようにガレージでの創業が可能となった。その一例として、つい最近、起業したRiku氏の友人のエピソードが紹介された。彼女に創業の経緯を尋ねたところ、オフィスもラボも持たずに、メンバー全員がリモートで働いているとのこと。それにもかかわらず、現在、Phase Iの臨床試験にまで進んだシード化合物があるという。まさに、良いアイデアと適切な知的財産、優れたチームメンバーが揃っていれば、ガレージからでも完全に新薬を作成することができる時代が到来しているのだ。


## リーンスタートアップの手法をバイオテクノロジーに応用

次にRiku氏は、バイオテックへの資金調達の変遷について解説を行った。バイオベンチャーの資金調達も、先ほど触れたインターネット革命のようなテクノロジー化の波が押し寄せている。1970年代、個人投資家が自らリスクを負って大学の研究者と共に投資することで、Genentechのような企業が誕生した。

その後、2000年前後から「ベンチャークリエーションモデル」が登場した。これは、ベンチャーキャピタル(VC)が技術シーズと市場ニーズを分析し、VC内でアイデアをインキュベートしながら、実現可能性を検証していくというモデルである。

最も有名な例として挙げられるのが、‎Modernaをインキュベートしたベンチャー育成企業「フラッグシップ・パイオニアリング」である。この会社は、CRISPR遺伝子編集技術を用いた治験を初めて実施したEditas Medicineという会社も上場させた。フラッグシップ・パイオニアリングでは年間数十のアイデアをインキュベーションし、毎年数社をスピンオフさせており、現在までに70社から80社ほどの会社が生まれているという。

この流れに加えて、2015年ごろからは「テックベンチャーモデル」も台頭してきた。このモデルは、リーンスタートアップの手法をバイオテクノロジーに応用したものであり、数千万円のシード投資で初期検討を行い、事業マイルストーンを踏むごとに徐々に資金調達を進めるというものである。ベンチャークリエーションモデルではVCが事業創造の主導権を握るのに対し、テックベンチャーモデルでは起業家主導の資本構成になっているのが特徴である。その一番の事例が、Y Combinatorのもとで大きく成長した「Ginkgo Bioworks」だ。彼らは2014年にY Combinatorでのプレゼンを経て本格的に資金調達を始めた。Y Combinatorのプログラム終了後には900万ドルを調達、その後次々と資金調達を行い、最終的には約8億ドルを調達し、2022年に上場を果たすまでに成長した。Y Combinatorは他にも多くのヘルスケア企業に投資しており、累計500社以上のヘルスケア関連のスタートアップがインキュベートされている。


## BillionToOneとは

次にRiku氏は、自身が勤めるBillionToOneの紹介を行った。世界20カ国以上の医師に向けて遺伝子診断や対外診断、遺伝子検査の診断薬を提供する企業であるBillionToOneは2016年の創業。2017年にY Combinatorのインキュベーションプログラムを受け、現在はシリーズCの調達を終えたところであり、社員数は約400名にまで増えたという。ちなみにRiku氏は2019年1月に、R&Dリサーチャー以外では初の社員として入社した。

主なサービスは、産婦人科向けの出生前診断テストと、オンコロジスト向けのリキッドバイオプシーテストの診断薬の開発および販売。医師は患者に対外診断薬を処方し、患者から採取した血液サンプルをBillionToOneのラボに送る。その後、検査結果を医師に返すという流れだ。


2021年にはシリーズBの、2022年にはシリーズCの資金調達を果たし、2023年にはラボの拠点を2カ所に増やしたことで、今は年間約200万サンプルを処理できるまでに成長したという。BillionToOneはリーンスタートアップの手法を臨床および対外診断薬の開発に適用している。つまり、アイデアの早い段階からプロトタイプを作成し、市場に出し、医師の反応を見ることで改善のサイクルを繰り返している。幸いにもFDAの申請を必要としない製品であるため、早ければ数カ月で製品をローンチし、医師からのフィードバックをもとにバージョンアップを続けているという。

## 次のModernaを日本から生むために

最後にRiku氏は、日本におけるバイオベンチャーの展望について私見を述べた。彼女は、「日本はバイオベンチャーの集積地となりうる可能性を秘めている」という。バイオテック産業はハードウェア産業と同じように物理的なモノを介した外注が多々発生するため、産業集積地が生まれやすい。
現在、米国においては、ボストンとサンフランシスコのベイエリアがバイオテクノロジーの大きな集積地となっているが、東京にも世界レベルの研究機関・研究人材が集まっており、街の住みやすさからも集積地に向いているのではないかと述べた。

また、他の重要な要因として、「擦り合わせ文化」の重要性についても触れた。バイオテックの研究開発ではデリケートな工程が積み重なるため細かい調整が必要だが、日本人はこの擦り合わせが得意であり、これは強みとなる可能性があるという。


一方で日本が抱える課題として、言語の壁や市場アクセスの問題、そして失敗を寛容しない文化が挙げられた。言葉の壁に関しては、AIをはじめとした技術の進歩によって越えやすくなっている。また、市場アクセスに関しても、日本国内だけでも魅力的な市場規模はあるため、PMDAや厚生労働省が規制を適切に調整することで、一定の解決は可能だろうと述べた。

失敗に対する寛容性については、成功事例が生まれれば、周囲もその流れに感化され、どんどんハードルを乗り越える企業が増えることが期待される。「ここで紹介した事例が刺激となって日本から次のModernaが生まれることを心から願っている。」と述べ、講演を締めくくった。

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