男根を模した縄文時代の祭具「石棒」をめぐる飛騨市の取り組み〜文化財のオープンデータ化
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男根を模した縄文時代の祭具「石棒」をめぐる飛騨市の取り組み〜文化財のオープンデータ化

都竹淳也

縄文時代の祈りの道具「石棒」をめぐる飛騨市の取り組みを岐阜新聞で紹介していただきました。SNSでも話題になっています。ぜひお読みいただきたい記事です。

石棒プロジェクトのきっかけ

この石棒の取り組み、もともと飛騨市宮川町の「みやがわ考古民俗館」をもっと注目を集めることができないかということで、市の学芸員の発案で始まりました。

この民俗館、飛騨市役所から車で30分余、富山県境からの方が近いという旧宮川村エリアにあります。今は人口600人ほどの地域です。ここに旧宮川村が30年ほど前に整備したのが、この考古民俗館です。立派な博物館で、相当見応えがあります。

ところが、何しろ街からも、メインの道路からも外れており、来館者が少ないのはもちろん、周辺人口が少なすぎて、常駐してくださる高齢者すら探せないという困難が立ちはだかり、年間で開館するのは30日程度という状況です。

普通に人を集めるのには困難があるとすれば、その博物館の特色ある展示物にスポットを当てて、話題を作り、関心ある人のコミュニティを作り、コアなファン作りを進めていこうというのがこの取り組みの目的です。

石棒をテーマにするって大丈夫なの?

その特色ある展示物というのが「石棒」。館のエリア「塩屋」地区では、この石棒が大量に出土しているだけでなく、縄文の時代にの石棒工場であったことがわかっており、ここで作られた石棒が全く物流というものがない時代に北陸まで流通していたことがわかっています。

文化財としては一級品です。この石棒がなんと1074本も収蔵されているのです。すごいんです。

しかし、何しろ見ての通り立派な男根像です。普通に見れば、「キワモノ」です。

最初、この取り組みを始めた頃、さらにしばらく経ってからも、担当学芸員の三好清超君が私のところに来て、「市長、この石棒のプロジェクト、本当に飛騨市がやっていいんですかね。何か言われませんかね。」と確認に来ました。

私は、「何が問題あるの?文化財でしょ。大いにやればいい。どんどん好きにやりなさい。」と繰り返して言っています。

そこからの展開は、この記事にあるとおりです。飛騨市の関係人口プロジェクトの代表的な事業でもあり、今や各種メディアに続々と取り上げられ、先日はNHKの全国番組でも紹介されました。

文化財の二次利用?いいじゃないか。

その中で出てきたのが、この石棒の3D化という話でした。

昨年11月20日に、文化財3D化の第一人者である野口淳先生をお迎えしてのオンラインのトークに参加して、この3D化の話を詳しく聞いたのですが、その際に、飛騨市が幅広い二次利用を認めていることは珍しいということを逆に伺いました。

https://youtu.be/EcLsnAKd8-Y

トークの中でも二次利用の話になったのですが、その時に思ったのは、

◯この埋蔵文化財は確かに法的には飛騨市の所有になっているけども、元々は縄文時代の人が作ったもの。それが土の中に埋まっていて、それを現代人が掘り出して、飾っているわけで、気持ちとしては縄文時代の人の所有だと思う。

◯仮に「縄文時代の飛騨市民のもの」だと主張することもできなくはないが、それにしても、現代の飛騨市役所が自分のものだから使わせないとかなんとかいうこと自体がおこがましい。

◯縄文時代の人に敬意を払って、むしろ「いい形で使わせてもらってありがとうございます。こんなに良くなりましたよ。」と胸を張って言えるような活用を考えることこそ、我々のすべきことではないか。

ということでした。これが私の考えです。

現物に手を加えるのなら問題ですが、当然そんなことはないわけです。だったら、自由にやればいいじゃないかと。特にこのみやがわ考古民俗館の場合、それで注目されるなら、飛騨市としても大歓迎です。

そんなわけで、3Dデータ化された石棒は、手軽に使えるようになっています。商用利用も結構ということにしています。どんどんとご利用いただければと思います。


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都竹淳也
岐阜県飛騨市長の都竹淳也です。1967年飛騨市古川町生まれ。斐太高等学校、筑波大学社会学類卒業後、岐阜県職員を経て、2016年から飛騨市長に就任。「元気であんきな誇りの持てるふるさと飛騨市」づくりを目指し、現在2期目の市政に取り組んでいます。