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国産材チップにシフトする中越パルプ川内工場

原料基盤を輸入チップに依存してきた製紙メーカーが、国産チップの調達に梶を切り始めている。原油高騰などで世界的な資源獲得競争が激化し、国内でも、木質ボード用及び燃料用のチップと競合する中で、製紙用チップをいかに安定的に確保していくかが大きな課題になってきた。そこで、遠藤日雄・鹿児島大学教授は、中越パルプ工業(株)(本社・東京)川内工場(鹿児島県薩摩川内市)を訪ねた。同社の楠原勝市・工場次長と子会社である中越物産(株)の津迫利郎・原材料・林材部長(取締役)との対話を通じて、製紙メーカーが抱えているチップ問題の現実と対応方向が明らかになる。

中国、インドの台頭で需給はますますタイトに

遠藤教授
  チップの需給が引き締まり、製紙メーカーが対応に追われている。その理由は何か。

楠原次長
  大きいのは中国の経済発展だ。現在、紙(板紙を含む)生産量世界一は米国で年間約9000万トンだが、今年、中国は米国を追い抜いてトップに躍り出るだろうと言われている。ただ中国の場合は、米国や日本のように「白モノ」(上級紙)の需要はまだ少なく、ダンボール原紙や板紙など産業用のウエイトが大きい。したがって、原料は古紙に依存しているが、その一方で新聞紙や家庭用紙の生産量も増えている。これに対応するためにはパルプから紙生産ということになり、その分チップの需要が拡大することになる。

遠藤
  中国では製紙工場の建設ラッシュが続いているようだが。

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チップの調達状況を説明する楠原次長(中央)と津迫部長(右)

楠原
  そうだ。例えば上海では、Asia Pulp&Paper(APP、シンガポールに本社をおく世界最大級の紙パルプ企業の1つ)を中心に、日本を含む諸外国との合弁工場が建設されている。クラフトパルプから上質紙を生産する工場だ。かつて日本へチップを輸出していた海南島にも、100万トンクラスの製紙工場が建設された。ここの川内工場が30万トンだから、3倍強の生産能力をもった工場になる。

遠藤
  今後、世界の紙需給はどうなっていくのか。

楠原
  中国に続くのはインドだろう。国民1人当たりの年間の紙消費量は米国300㎏、日本250㎏、ぐ〜んと落ちて中国が50㎏。これに対して、インドはまだ10㎏(2006年)だが、経済発展に伴って紙消費量はまちがいなく増加する。

遠藤
  日本の紙事情はどうなっているのか。

楠原
  日本の紙生産量は年間3100〜3200トンペースで推移しているが、2000年以降は伸びていない。これまではGDP(国内総生産)の伸び率に連動するかたちで紙生産量も増えていたが、このパターンが止まってしまった。

遠藤
  なぜか。

楠原
  いくつか原因はあるが、例えば、新聞用紙が減っている。

遠藤
  そういえば最近の学生は新聞を読まない(笑)。大手の新聞でも夕刊廃止の動きがある。なるほど、チップの需給がタイトになっているのは日本の紙需給より、中国やインドなど発展途上国の事情によるものであることがわかった。

3年前から外材チップ入手難、燃料用との奪い合いも

  中越パルプ(株)は全国に3か所の製紙工場をもっている。富山県高岡市にある能町工場(塗工紙を中心に45万トン)及び二塚工場(新聞用紙を中心に20万トン)と、川内工場だ。川内工場は上質紙10万トン、塗工紙9・5万トンを中心に、クラフト紙5万トンなどを生産している。同工場ではベストセラー『ハリー・ポッター』シリーズの書籍紙の大部分を供給している。

遠藤
  川内工場の国産材チップ全盛期はいつ頃だったのか。

楠原
  バブル崩壊後の平成3年頃だった。それ以後、豪州、北米を中心に海外へ原料基盤を移していった。現在は南米チリや南アフリカからもチップを輸入している。

遠藤
  外材チップに依存し始めたのは価格が安かったからか。

楠原
  1980年代中頃までは、国産材チップ、とくに広葉樹チップはダントツに使いやすい原料だった。しかしそれ以後、外材がユーカリなどの植林木に代わり、均質なチップが入手可能になった。日本国内でも技術革新によってユーカリチップの利用が進んだ。これに「プラザ合意」による円高・ドル安の為替相場が定着し、外材チップの輸入に拍車がかかった。

遠藤
  その外材チップの需給がタイトになっている。

楠原
  それを実感し始めたのは3年前から。弊社の場合は富山に2工場もっているが、富山の北洋材製材の縮小で針葉樹の製材(背板)チップが入手難になった。

遠藤
  今年1〜6月のロシア産丸太輸入量は62%の激減だ。一方で、国産材製材工場の規模拡大がチップ需給をさらに引き締めている。

楠原
  そのとおりだ。製材規模の拡大と表裏をなすかたちで、製材品の人工乾燥化(KD化)が進んでいる。KD化の燃料となる重油の価格アップを軽減するため、木屑焚きボイラーを設置する工場が増えた。その燃料用チップとの競争を強いられる。また、弊社では一部家屋解体の廃材チップを使用しているが、これがバイオマスボイラー燃料と競合している。どうしても、チップ工場からの供給に頼らざるをえないのが実状だ。

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「チップからパルプを製造する過程で出る黒液(煮汁)は重油の代わりになる。生産量を増やしたい」と説明する楠原次長(中央)

国産原料確保へ中越物産が動く、課題は担い手育成

  中越パルプ川内工場にはかつて、他の製紙メーカーと同様に、原材料部門(いわゆる山林部)があった。外材チップ輸入全盛期には肩身の狭い思いを余儀なくされたが、ここにきて、再びこのセクションが脚光を浴び始めている。一昨年、原材料部門が中越物産(株)として分社化し、国産材チップの集荷に乗り出した。

遠藤
  川内工場では国産材チップはどの程度使用しているのか。

津迫部長
  針葉樹では45%が、広葉樹では15%がそれぞれ国産材チップのシェアだ。針広合わせると23%が国産材チップとなっている。一方、外材チップ(針葉樹)はダグラスファー、広葉樹はユーカリが多い。

遠藤
  国産材チップの割合は増えているのか。

津迫
  最低のときは18%だったから増えている。川内工場は上級紙生産がメインのため広葉樹の比率が高いが、その一方でスギ間伐材などの針葉樹チップ使用拡大に向けた設備対応にも取り組んでおり、針広合わせて国産材チップは今後も増えていくだろう。

遠藤
  価格の面ではどうか。

津迫
  ピーク時の70%にまで回復している。ただ、国産材チップのシェアは伸びるが、価格がべらぼうに上がることはないだろう。

遠藤
  どうしてか。

津迫
  例えば、ダグラスファーチップ価格は米国の住宅着工戸数や製紙業の動向によって左右されるが、国産材チップは安定取引がベースになっているのでこれに連動しない。また、ダグラスファーとスギチップでは強度が違う。同日の談というわけにはいかない。

遠藤
  中越パルプは他社に比べて国産材チップにこだわりをもってきたと聞いている。

津迫
  紙パルプメーカーにとって、原料基盤は固定的ではない。森林資源の賦存状況や立地条件、為替相場の変動や政治の動向に左右されやすい。だから、国産材チップ利用をゼロにするのはまずい、「火の種」だけは残しておこうという思いが強かった。最盛期には鹿児島県内に30のチップ工場が稼働していたが、現在は12工場だ。

遠藤
  ここにきて、離島を含む薩摩半島の貴社関連のチップ工場がリニューアルしたり、生産増に入っている。こうした国産材チップの需要増に山側の素材生産は対応できているのか。

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国産材チップの利用量が着実に増加している

津迫
  それが最大の問題だ。伐採・搬出の担い手をどう育成するのか。今後、環境に配慮した伐採・搬出をするため、架線集材の見直しも必要になってくるだろう。少なくなった架線集材技術者をどうカバーしていくのか。最近、公共事業の縮小などで、土木建設業者が素材生産事業に参入する動きが出ている。こうした新規参入労働力も含めて、伐採・搬出の担い手をどう組織化していくのか、真剣に取り組んでいかなければならない。

(『林政ニュース』第348号(2008(平成20)年9月10日発行)より)

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