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リテラシー講座1:情報氾濫の時代に検証より重要な能力

玉石混交の情報が大量に氾濫する時代には、情報の真偽を検証する「ファクトチェック」の能力だけではなく、より広く現代のメディア環境を理解し、活用する「リテラシー」が欠かせません。

リテラシーは「読み書き能力」を意味する言葉ですが、現在は、様々な言葉と結びついて「その分野について理解し、活用する能力」という使われ方をしています。「メディアリテラシー」「情報リテラシー」「ニュースリテラシー」「デジタルリテラシー」などです。

日本ファクトチェックセンター(JFC)はファクトチェックの実践や普及だけでなく、リテラシー教育にも取り組もうとしています。今回の連載講座では、そもそも現代におけるリテラシーとは何かという基礎から解説します。

キーワードは太字にし、最後に一覧にまとめています。そちらもご参照ください。 

激増する情報とプラットフォーム

不確かな情報やデマや誹謗中傷などは、昔から存在しました。それが瞬時に大量に拡散し、民主主義社会への脅威とまで認識されるようになったのは、近年のことです。

背景にあるのがテクノロジーの発達による社会の変化です。インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディアなどの発展は、私達の生活を便利にし、様々な恩恵を与える一方、避けられない副産物として、多くの問題をもたらしました。順を追って見ていきます。

ネット上で私たちが接する情報は増え続けています。YouTubeオフィシャルブログによると、YouTubeにアップされる動画は毎分500時間を超えており、この動画プラットフォームだけでも、消費する以上の情報が溢れる情報氾濫の状態です。

日本国内でも、インターネットのデータ量は右肩上がりで急増しており、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年11月からの2年間だけでも、国内の情報量(トラフィック)は2倍になりました(総務省資料)。

総務省(2022)「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計結果(2021年11月分)」より

文章や画像、動画や音声など様々な形態をとる情報の流通に大きな役割を果たしているのが、大量の情報やサービスなどを集め、整理してユーザーに届けるプラットフォームです。

上述した動画プラットフォームのYouTubeや短尺動画で特に若い世代に人気のTikTok、あらゆる情報が集まるGoogle、SNSのTwitterやInstagram、ECサイトのAmazon、アップストアなどが人気のApple、日本であればニュースを収集して届けるYahoo!JAPANやLINE、SmartNewsなどもそれにあたります。

便利なアルゴリズムが生むフィルターバブル

膨大な量の情報を整理し、各ユーザーが望むであろうものを選別して届けることは、人力では不可能です。そこで必要になるのがアルゴリズム。どの情報を誰に届けるかをプラットフォームが高速に自動選別するための処理手順や計算手法のことを指します。

YouTubeやTikTokを見ていて、次に何の動画がオススメされるのか、Googleで検索したら、結果画面にどんな情報が出てくるのか。これらを決めているのが、各プラットフォームが独自に開発しているアルゴリズムです。

1分間に500時間以上の動画がアップされるYouTubeでも、このアルゴリズムによって、各ユーザーが自分好みの動画を自動的にお勧めされることになります。野球が好きな人には野球、音楽が好きな人には音楽など、みなさんもお勧めされた経験があるでしょう。

非常に便利な発明ですが、一方で問題もあります。私達は各プラットフォームのアルゴリズムがどのように働いているのか、その詳細を知りません。アルゴリズムが機能しているということ自体を知らない人も少なくありません。

プラットフォームのアルゴリズムで、選別された情報ばかりを受け取るようになっている

まるで目に見えない透明の膜(フィルター)が泡(バブル)のように自分を包み、その膜を通って来た情報だけに触れることができる。そんなフィルターバブルの中に我々は閉じ込められているとも言えます。

エコーチェンバーとアテンションエコノミー

民間企業が運営するプラットフォームは、ユーザーが増え、利用時間が長くなることで収益を増やすことができます。ユーザー自身も、自分が嫌うものよりも、自分が好きなものや人を選びがちです。その結果として登場するのがエコーチェンバーアテンションエコノミーです。

エコーチェンバー(反響室)とは、例えば、ソーシャルメディアのフォロー、フォロワーの関係の中で、自分と同じような思考や興味関心の人とばかり繋がり、同じような話題や意見ばかりが狭い部屋の中で反響して聞こえてくるような現象を意味します。

アテンションエコノミーとは、人々の関心や注目が価値を持つ経済を意味し、「関心経済」などとも訳されます。ネットメディアやプラットフォームの世界で言えば、人が多く集まり、長く利用することで、広告収入などが上がる状況がまさにアテンションエコノミーと言えます。

アテンションエコノミーの中で、コンテンツ制作者はより派手で目立つ記事や情報を作ろうとし、プラットフォームはそれらを好むユーザーに大量に供給してエコーチェンバーを生み出して、個々の反響室の中で意見が先鋭化していきます。

同質の意見や言説ばかりに触れ続けて、異なる考えを受け入れにくくなる

意見の先鋭化は他の意見に対する排他性に繋がりかねません。政治的な対立や価値観の対立において、お互いの意見が極端に離れていく極性化が懸念されます。

誤情報/偽情報による環境悪化

この状況をさらに悪化させるのが、誤情報偽情報です。誤情報とは「誤った情報」、偽情報は「意図的に誤っている情報」を指します。

一般的には「フェイクニュース」などという呼び名が広がっていますが、誤情報/偽情報はニュースという形をとっているとは限りません。ネット上のコメント、ソーシャルメディアの投稿、口コミ、政治家や著名人の発言、広告やフィクションの世界の中でも、誤情報/偽情報と呼べるものは存在します。

誤情報はたんなる事実の誤認や誤解などから生まれる一方で、偽情報は意識的に作られます。制作者の意図としては、以下のようなものがあります。

1.広告費などの収入につなげるための経済的意図
2.世論や選挙などで優位に立とうという政治的意図
3.対象を混乱させるための攻撃的意図
4.注目を集めたり、社会を騒がせたりすることを狙った快楽的意図

例えば、A党とB党が対立しているとして、B党が不利になる情報であれば、それが事実ではなかったとしても、A党の支持者は信じ、拡散しがちです。それによって情報の作成者は経済的な利益や政治的な利益を得ることも可能です。

2016年の米大統領選では、偽の情報を掲載した擬似ニュースサイトが現れた
(画像は、ローマ教皇がトランプ氏支持を表明したという虚偽の記事)

正確な事実だけしかなかったとしても、情報氾濫への対応は難しいのに、そこに誤情報/偽情報が広がることによって、合理的な判断が難しくなったり、憎悪(ヘイト)が高まったりします。

対策としてのリテラシー

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、主にソーシャルメディア上で拡散する不確かな情報の検証作業をしていますが、それだけでは誤情報/偽情報対策には不十分です。不確かな情報は無数に存在し、検証作業が追いつかないからです。

しかも、今後は生成AIによって無尽蔵に偽情報が生み出される状況も懸念されています。必要なのはファクトチェックだけでなく、個々人がネットを有効に活用するためのリテラシーです。

情報環境のキーワードが知られていない

ここまで説明してきた中に出てきたキーワードは、偽情報/誤情報の問題やリテラシーに関心がある人にとっては、よく聞く言葉です。ところが、現代の情報環境を理解するために必須のこれらの概念はあまり知られていません。

電通総研が2022年12月に公開した「情報摂取に関する意識と行動調査」(全国15~79歳の計2,800名対象)によると、フェイクニュースという言葉を知っている人は90%を超える一方で、フィルターバブル、アテンションエコノミー、エコーチェンバーの認知度は2割を切っています。「内容もよく知っている」と答えた人はそれぞれ2%程度に過ぎません。

電通総研「情報摂取に関する意識と行動調査」より

この連載では5本の記事を通じて、現代におけるリテラシーとは何か、身につけるべき能力は何なのかなどをこれらのキーワードと共に、基礎から解説していきたいと思います。

キーワード一覧

情報氾濫
プラットフォーム
アルゴリズム
フィルターバブル
アテンションエコノミー
エコーチェンバー
極性化
誤情報・偽情報
フェイクニュース


講座目次

1.情報氾濫の時代に検証より重要な能力


筆者略歴

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