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痴漢と言われても身分証を見せれば現行犯逮捕されない、ことはない【ファクトチェック】

痴漢容疑をかけられた際に「身分証明書を見せれば現行犯逮捕は無効」などという対処法が、Twitterで拡散しています。これは誤った情報です。

検証対象

2022年8月29日、Twitterアカウント「一目置かれる雑学」(@trivia_hour)が、痴漢犯罪に関して、こう投稿した

「痴漢ですって言われたら 身分証名証を見せて『私は身分を明かしました。現行犯逮捕は無効です。これ以上不当に私を拘束するなら監禁罪であなたを訴えます』と言えばいいらしいです。そうすればあとは向こうが『痴漢をされた』という証拠を出さない限り警察は動かないそうです」

アカウントは23.7万人のフォロワーがおり、このツイートには、6000件超のリツイート、5.3万件超のいいねが付いた(2022年10月5日時点)。リプライなどでは「誤った情報」と指摘する声も多い一方、「はえーすっごい」「勉強になる~★」といった声や、拡散によって痴漢犯罪が増えるのではとの懸念も出ていた。

検証過程

身分証の提示で逮捕されない?

最初に、身分証を提示すれば現行犯逮捕は無効になるのか。

現行犯逮捕については刑事訴訟法217条で「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り」と定められている。ツイートはこの条文を「住所・氏名を明らかにすれば現行犯逮捕はできない」と解釈しているように読める。

エジソン法律事務所(東京)の大達一賢弁護士はこう解説する。

現行犯逮捕の要件は、1. 現行犯人または(罪を犯してから間がないと明らかに認められる)準現行犯人であること、2.犯罪と犯人が明白であること、3.逮捕の必要性があることと考えられています。3に関して「逮捕の必要性がない」のは、「容疑者が逃亡する恐れがなく、かつ、罪証隠滅の恐れがない」などの状況であるとされています。(刑事訴訟規則第143条の3

ツイートは、身分証を見せたら自分の住所が明らかになるので逃亡の恐れがない、という考えに基づくものだと思います。しかし、そもそも住所が定まっていても逃亡しないとは限らず、身分証の住所と実際に居住している住所が異なる人は多数います。このため身分証の住所を提示することに決定的な意味はないため、「現行犯逮捕が無効になる」ということにはならないと考えます。

さらに、形式的な理屈としても、現行犯逮捕が実行された以上、たとえ嫌疑が晴れるなどして身体拘束を解かれたとしても、それにより既に実行された現行犯逮捕が遡及的に無効になるわけではありません。

つまり、「身分証を見せたら現行犯逮捕は無効」というわけではない。

監禁罪で訴えられる?

次に、「監禁罪で訴える」ことはできるのか。

監禁罪に関しては、刑法220条に「不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する」とある。大達弁護士はこう解説する。

監禁罪が適用されるのは「一定の場所からの脱出を困難にすることを類型とする罪」であるのに対し、ツイートが想定しているのは(物理的な攻撃を加える)有形力の行使による一時的な身柄拘束であり、適用罪名が異なり、逮捕罪(監禁罪と同じ刑法220条)が適切かと思います。逮捕が一定時間の継続した身柄拘束を伴うのに対し、時間が継続しない一時的な身体拘束に過ぎない場合には、暴行罪(同208条)が適用されるとも考えられます。

もっとも、その逮捕が不当だったか否かは、ほとんどの場合、事後的に判断されることになります。仮に事後的に不当だったと判断されたとしても、逮捕当時、逮捕した者が正当な逮捕だと誤認をしていた場合には、結果として正当行為(刑法35条)を思い違ったものとして、逮捕罪や暴行罪の故意がなかったとして罪が成立しないという結論になる可能性も高いと考えています。なお、誤認に過失があれば、民事上の損害賠償請求の対象にはなると思います。

つまり、現行犯逮捕をした人が、その行為が誤っていた場合であっても、ただちに監禁罪や逮捕罪に問われるわけではない。

判定

「痴漢容疑をかけられた際に身分証明書を見せれば現行犯逮捕は無効」「『監禁罪で訴える』と言えばいい」という言説は、誤りと判定した。

あとがき

JFCが警視庁刑事総務課に現行犯逮捕について問い合わせたところ、「逮捕要件については、警察署内での指導・研修は行う。ただ、それぞれ状況が異なり、一般の方に法律に関する説明をしていると業務が成り立たないため、(一つ一つ想定されるケースに)個別の回答はしていない」と答えた。

法律に関する誤情報は、拡散によって犯罪が誘発される可能性もあります。今回のケースでは、「監禁罪」という言葉が痴漢の被害者や目撃者の訴えを委縮させる危険性もあります。JFCでは法的に誤った解釈をした情報についても、専門家の協力を得ながら検証をしていきます。

検証:金子祥子
編集:藤森かもめ、野上英文


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