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定食じゃなかった

新潟のローカルグルメにタレカツ丼というのがあって、丼のカツにソースをかけたり卵でとじたりするのでなく、カツが甘辛い醤油味のたれにくぐらせてある。カツ丼が生み出されてから日本のどこかで誰かが同時偶発的に思いつきそうなものだがどういういきさつか新潟名物になっている。実家に住んでいた頃晩ご飯でたまに出てきていたし、新潟市内にはチェーン店もあった。

関西に引っ越してきてから食べる機会がなかったのだが、京都をぶらぶら歩いていてタレカツ丼の店をたまたま見つけた。その時は店には寄らなかったのだが、家に帰って調べてみると大阪市内にも電車で1本で行ける範囲で店を出していることがわかり、そうと知ると無性に食べたくなって行ってみることにした。場所は谷町である。

大阪に土地勘のない方に説明すると、谷町という場所は基本的に官公庁や企業ビルが並んでおり、少し南に降るといきなりラブホ街になる不気味な区画である。土日祝日は人気もまばらで、営業している飲食店は限られるのだがタレカツ丼の店はありがたいことに土日祝日も営業をしていた。居酒屋やバーを中心に飲食店が数店同居しているテナントビルだった。平日の夜なら賑わっているだろう。

先客は女性1名のみだった。品のいい50代ぐらいの店主が単身で切り盛りしている。メニューは基本的にタレカツ丼(ロース)ないしはタレカツ丼(ヒレ)、かタレカツの定食だった。枚数が増えると料金が上がる。ちなみに大阪ではヒレ肉のことを「ヘレ」と呼称するが、単なる間違いなんじゃないかといぶかっている。

メニューを眺めていると、店主が「日替わりはヒレ・ロースが合い盛りの定食です」と説明してくれた。サラダと小鉢、みそ汁もついてくる。私は平均的独身成人男性の正規労働者だからたまの外食ランチ代に不自由はしておらず、せっかくだからヒレもロースも食べたいし、サラダやみそ汁がついてきた方が栄養面でもプラスであると、丼より少しだけ値の張る合い盛り定食を注文した。

豚バラの煮込みの小鉢をつつきながら待っていると、メインのヒレとロースが2枚ずつと、サラダ、味噌汁、白飯があとから提供された。生野菜を先に摂ると血糖値が抑えられ太りにくいとためしてガッテンでやっていたから、先にサラダから手をつけ、それからカツにかじりついた。関西らしく、くどくない出汁メインのタレでおいしかった。地元で食べていたものはもっと砂糖ではっきりした甘さだった気がする。白飯にも当然合うが、ふと思った。お前はタレカツ丼を食べたかったのではなかったのか?と。

カツそのものはおいしい。おいしいが、よくよく記憶をたどれば、タレの染み込んで薄茶色になったご飯に惹きつけられていたのであって、定食にしてしまえば魅力が薄れてしまう。なまじ金銭的にいくばくかの余裕があって、加えてトンカツを食べようとしているくせに太りたくはないという浅ましきダブスタ根性の発露がこの失態を招いた。なにがガッテンいただけましたでしょうかだ。太ろうがハゲようがわしわし揚げ物食らって早死にするのも悪くないじゃないか。ガッテンしたっていつか死ぬ。

自らの決意に忠実に生きよう。今度は絶対に丼にしようと決めた。胃袋が充分に満たされて店を出ると、突如として現れた警察官数名に取り囲まれ、留置場で身柄を拘束されることになった。最近は朝食の味噌汁を垂らし、鉄格子のボルトを毎朝少しずつ錆びさせています。

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