不定期連載「ミッシェル・ガン・エレファントと僕」第1回

「○さん、ミッシェル・ガン・エレファント(以下TMGE)って知ってる?」

学生時代、1998年のとある時期。当時高専3年次だった僕はよんどころない事情により留年、多くの方のサポートにより2回目の3年生をスタートさせた頃であった。
地獄のようだった環境は一転し、しかし言い換えれば二度と失敗はできない環境ではあったが、やたらイキッている者もいないフリーダムな環境が僕に適していたと言える。もっとよかったことはヲタクに寛容な環境であったということだ。スクールカーストの下から二番目である「ヲタク」は淘汰されずに全カーストが共存しているまさに理想郷(悪く言えば全くと言っていいほどまとまりがない)のような場所であった。

そんな環境が始まり数か月、冒頭の言葉を同じクラスのK君からかけられたのだ。いや知らないな、エレカシなら知ってるんだけど。確かそう返した気がする。
次にK君が放った言葉はまったく予想外であった。

「多分○さん気にいると思うよ。すげえよ、6秒で終わる曲があるよw」
「なんだそれwww」
「その曲のヴァージョン違いもあってさ。20秒」
「貸してwwwwww」

昨年の盆休みに彼も交えてクラスの人間数人で飲んだのだが、今では某企業の敏腕営業マンなんだとか(ただしγ-GTPは3桁)。僕の好みと興味をどストライクに突いてくる営業トークはこの頃より健在だったということだ。

さて、そのきっかけとなったK君による営業トークによる翌日。
彼は僕に2枚のアルバムを手渡してきた。それがTMGEのアルバム「カルト・グラス・スターズ(1st)」、そして「チキン・ゾンビーズ(3rd)」であった。

これら2枚が、この当時の僕の年齢が倍となってもまだ聴いていることになる、文字通り自らの血となり骨となったバンド・TMGE(1991年結成、1996年メジャーデビュー、2003年解散)との出会いである。

TMGEについての説明は省略する。いくつもの媒体でアホほど語られているし、今でもなおライブ映像が残っているからだ。知らない人はまずこれを見てほしい。

ちょうど僕がTMGEと出会った頃の夏、東京の片隅で地獄絵図が繰り広げられていた。いや地獄絵図と呼ぶには生ぬるい、とケンシロウのように言い切ってしまいたくなるそれはまさに惨劇、あるいは世界大戦のようでもある。灼熱の環境下で次々と倒れ運び出されていくナイス暴徒な若者たち。ここまでの凄まじいエナジーを生み出す彼らのライブを僕が間近で感じることになるのはそれこそ解散の年なのであったが…話を戻すことにする。

1998年、学生寮の部屋。お目当ての6秒の曲「アイブ・ネバー・ビーン・ユー(Jesus Time)」が収録されている「チキン・ゾンビーズ」をCDラジカセのトレイに入れてとりあえず一曲目から再生ボタンを押した少年は、その音に耳を疑うことになる。

──なにこれ。

一曲目「ロシアン・ハスキー(シベリアンじゃないことに気づいたのはしばらく後)」それはまさに音の暴力と呼ぶに相応しいものだった。
ギターって力強かったり美しかったりするでしょ。違うよこれ凶器だよ。ロードローラーってあの重量でゆっくり走らせてアスファルトを填圧するためのものでしょ。誰が100km/hで走られせろって言ったよ、これヒト死ぬじゃねえか。
ベースってこんなバキンバキンに歪めていいもんなの?低音の魅力とかよく聞くけどさ、魅力もへったくれもねえじゃんこれ暴力だよヒト逃げだすよ。ドラムもなんだかシンバルがバッシャンバッシャンうるせえしよw…

…と、今まで聴いていたバンドの音って何なんだろう、と心のどこかで考え始めたその時、遂にボーカルの声が飛び込んできた。

これ歌なんかwww
スゲエ声だなおいwwww
ってか歌詞意味わかんねえwww

その時は最後まで聴けずに途中で音を止めた記憶がある。今まで聴いてきた音楽とあまりにかけ離れたワイルドさ。これが数年後の僕なら、この「醤油ラーメンをとお願いしたのにラーメン二郎を出された感じ」みたいに振り返るのかもしれない。

それからしばらくしてもう一枚のアルバム「カルト・グラス・スターズ(1st)」をようやく聴くに至った。全体通して「うるせーバカ」と挑発しているかのような3rdの「チキン・ゾンビーズ」と比較して、まだまだ(比較的)落ち着いたサウンドに仕上がっているのだが、それにしてもこんな音楽性のバンドが日本にいたのかとただただ驚くだけである。
この当時はミリオンヒットJ-POPが全盛期であり、TKサウンドやB'z、Mr.Children、GLAY、L'Arc~en~Cielらが出す作品ことごとくが空前のヒットをたたき出す毎日のまさに邦楽バブルと言えた時代である。ポップでいてオサレなそれらの楽曲群は、知っていることこそが常識かのように世間に浸透していった。

ところがTMGEはどうだ。
「逢いたくて でも逢えない 嫉妬に狂いそうになる」
そんな男と女の事情なんてどこにもない。
「吐きたいね 吐いちゃいな」
「くさってるから 刺されても痛くない」
…「それがどうしたオラオーライ」と言わんばかりの意味不明の歌詞。そこにはおよそキラキラドキドキのティーンの青春劇などは微塵も存在しない。国語の作文でこんな文章を書く子供がいたら、先生の寝酒が増えていく一方であろう。異端も異端、こんなバンドがメジャーデビューしていることが不思議でならなかった。

ウインカーなどない、バックギアにも入らない、発火寸前のオンボロ車"TMGE"。そこのけそこのけ轢き■すぞといった具合に豪快なエンジン音を立てて突っ走り続ける。オンボロ車が通った後には処理にも困るようなおびただしいオイル漏れの跡。それがいくら洗おうが擦ろうが落ちやしない廃棄物そのもの。そんな始末に負えないものが走り抜けていく頃には、耐性のないキラキラしたティーンは眉を顰め「コワーイ」と泣き出すような物騒な音が響いている。
当時の世を席巻するマジョリティが作り出した"音の常識"を完全に逸脱した爆音。がなり屋たちの爆音に初めは戸惑っていた僕は、気づけばすっかりその音に魅せられてしまっていた。

「言葉の意味はよく分からないが、とにかくすごい自信だ」
かのゆでたまご先生は不朽の名作「キン肉マン」の中でこの迷言を作り上げているが、それを地で行くのがまさにTMGEだったのだ。
いつしか6秒の曲を聴きたいという当初の目的も忘れ、そのアルバムを何度も何度も聴き、更なる音源に手を出していったのはそれから間もなくのことであった。

つづく

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