経済安保推進法成立(基幹インフラ役務の安定的提供の解説)

1 経済安全保障

 近時、「経済安全保障」に注目が集まっています。
 2022年5月11日、国会において成立しました第208回国会閣第37号「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(以下、「経済安保推進法」といいます。)第1条では、目的の中で以下のように記載されています。

国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針を策定する

 また、第208回国会参第5号「総合的経済安全保障施策推進法案」第1条では、経済安全保障施策について、以下のように定義されています。

我が国の安全保障が、防衛、外交、経済、科学技術、文化等の各分野の施策を総合的に講ずることによって確保されるものであるとともに、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い我が国の安全保障を確保するための経済分野の施策

 さらに、否決されましたが、第208回国会衆第10号「経済安全保障に関する諸施策の実効的かつ総合的な推進に関する法律案」第2条では、以下のように定義されていました(2022年4月7日衆議院否決)。

「経済安全保障」とは、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保をいう。

 このような定義・目的から考えますと、「経済安全保障」は、国際情勢が変化している中、経済と安全保障を切り離すことはおよそ不可能であることから、経済施策と一体となって安全保障の確保の推進を実施していくことが求められていることと考えられます。

2 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律

(1)概要

 今般成立した経済安保推進法は、幅広く経済安全保障の確保を推進するため5つの項目が設けられています。同法では、5つの章立てがあり、①基本方針、②重要物資の安定的供給、③基幹インフラ役務の安定的供給、④先端技術の開発支援、⑤特許出願の非公開となっています。
 このうち、特に、③基幹インフラ役務(特定社会基盤役務)の安定的供給には、基幹インフラの重要設備が外部から行われる役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されることを防止するため、重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査、勧告・命令等をすることとなっています。この防止に、サイバーセキュリティの確保も含まれていると考えられます。

(2)特定社会基盤事業者に対する審査

 経済安保推進法法の審査の対象となる事業者は、特定社会基盤事業と特定社会基盤事業者から構成されます。
 特定社会基盤事業とは、特定の事業のうち、特定社会基盤役務の提供を行うものとして政令で定めるものをいいます(同法50条1項)。特定社会基盤役務とは、「国民生活及び経済活動の基盤となる役務であって、その安定的な提供に支障が生じた場合に国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの」とされています。
 特定の事業としている分野には、例えば、特定の電気事業やガス事業、電気通信事業、金融事業等があり、重要インフラとは重なる分野もありますが、異なる分野もあります。
 特定社会基盤事業者とは、特定社会基盤事業を行う者のうち、その使用する特定重要設備の機能が停止又は低下した場合に、その提供する特定社会基盤役務の安定的な提供に支障が生じ、これによって国家及び国民の安全を損なう事態が生ずるおそれが大きいものとして主務省令で定める基準に該当する者を、主務大臣が特定社会基盤事業者として指定することができるとされています(同法50条1項)。

このように、特定社会基盤事業の具体的な範囲は政令で定められ、特定社会基盤事業者も指定の基準が主務省令で定められることとなっており、その上で、規制対象となる特定社会基盤事業者は主務大臣が指定することになるため、法律が成立しても自社への影響が十分に評価できないことになります。これは、自社が営む事業が特定社会基盤事業に該当する場合であっても、必ずしも自社が規制対象には含まれない場合もあることになりますので、今後策定される政省令等に注視していただく必要があります。

 規制対象となる特定社会基盤事業者が特定重要設備の導入又は重要維持管理等の委託を行うにあたっては、原則として事前に導入等計画書の届出が求められ、安全保障の観点から審査を行うこととなっています(経済安保推進法52条1項)。この特定重要設備(同法50条1項)や重要維持管理等(同法52条1項)についての詳細は主務省令で定めることとされています。
 導入等計画書には、特定重要設備の概要、特定重要設備の導入の内容及び時期のほか、特定重要設備の一部を構成する設備やプログラム等のうち、特定妨害行為の手段として使用されるおそれがあるものに関する事項、重要維持管理等の委託の内容や相手方に関する事項などを記載する必要がありますが、詳細は主務省令で定められることになっています(同法52条2項)。ここで、特定妨害行為とは、「特定重要設備の導入又は重要維持管理等の委託に関して我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為」をいいます(同項2号ハ)。

審査は事前届出を受理してから行われ、その後、①特定妨害行為の手段として使用されるおそれなし、②①のおそれありとして変更・中止の勧告、③勧告に応諾して変更・中止する、③勧告に応諾せず変更・中止しない、④③をしないため変更・中止命令の4つがあります。
 審査期間は原則として、導入等計画書の届出を受理してから30日であり、場合により短縮や延長が可能ですが、特定妨害行為の手段として使用されるおそれが大きいかどうかを審査します。このおそれが大きいと認められるときは、特定妨害行為を防止するための必要な措置を勧告し、勧告に応諾しない事業者に対しては、正当な理由がなければ変更又は中止命令をすることができます(同法52条10項)。

(3)特定重要設備の導入等後

 特定重要設備の導入や重要維持管理等の委託を行った後であっても、主務大臣が、特定妨害行為の手段として使用され、又は使用されるおそれが大きいと認められれば、必要な措置をとるよう勧告をすることができ(経済安保推進法55条1項)、勧告への応諾がない又は応諾しないことに正当な理由がなければ変更又は中止命令をすることができます(同条3項)。

(4)罰則

 届出をせずに又は虚偽の届出をして特定重要設備の導入や重要維持管理等を行わせたとき、命令に違反したときなどの場合は、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金又はこれを併科されます(経済安保推進法92条)。

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