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フクザツな、家庭環境と親子関係

自分の育った家庭環境にコンプレックスがあります。
ずっと周りには言ってきてなかったし、言葉に出してしまったら、
家族の関係を壊してしまうとも思ってた。

2021年結婚の話が出て、新しく家族になる旦那さんと旦那さんの家族にはお知らせした方がいいと思い、自分の家族とも改めて向き合うことになった。
整理しておきたいので、記したいと思います。

母のはなし。

母はわたしを産む前に結婚をしていて前旦那とは子供を設けることが出来ず、嫁姑問題にも苦しめられ離婚。次に出会ったある男性と結婚を前提にお付き合いをしている間にできた子供がわたし。結局その男性とは結婚せず、シングルマザーとして出産。
34年間知らなかったこと。聞けなかったこと。
はっきり聞けなかったけど、その男性はきっと子供の認知はしていない。
母ももう連絡は取っておらず、どこで何をしているかも知らないとのこと。

子供のときの母の記憶は、、美しくて強くて冷たい人。悲しい涙を流す人。
お仕事を一生懸命頑張って、夜一番遅くに保育所にバタバタと迎えに来てくれて。
自転車の後ろカゴにわたしを乗っけて、スーパーに寄って大忙ぎで晩御飯を用意してくれて。
その間に今日の出来事を言いたくて、「お母さん!」って話しかけたら、「うるさい!黙ってなさい!」ってキリキリよく怒られたな。
男とのイロコイも何度かあって、夜中に隣の部屋で電話して泣いてたな。
わたしの顔を見ながら「大きくなったな~」ってなぜか悲しい涙を流すことも多々あった。
いま思うと、あれは母として生きる選択をしたことの葛藤と、そして一人の女として人生が制限させることへの後悔だったのかも知れない。

子供ながらにお母さんが苦労しているのはわかっていたし、迷惑をかけたくなかった。
お母さんの喜んでくれる顔が見たくて、笑って褒めてくれるのが嬉しくて、何でも一生懸命に頑張る子供だったような・・・。

運動会とかのイベントごとがあったときに、周りの子供たちは両親や兄弟、祖父母に囲まれてワイワイと楽しくお弁当を食べていたのに、
その経験をわたしにさせてられなくて、不憫で寂しい思いをさせてごめんなってまた悲しい涙をポロポロ流してた。

父のはなし。

父にとって母との再婚は三度目の結婚。これも34年間知らなったこと。
そして、二人目の元嫁との間に娘が二人います。
はっきりとは知らんけど、娘さん達は恐らく40~50代で、その人たちも自分の家族や子供がいるはず。
元嫁・元家族とは絶縁、実の子供とも何十年も会っていないらしい。
父は母と結婚するときに、連れ子のわたしを戸籍上の子供として受けれてくれました。

わたしにとって父は愛情を教えてくれた人。
大酒のみで、口も女癖も悪くて、気難しくて無茶苦茶な人やけど、
本当は情が厚くてチャーミングな魅力的な人。
父が家に来てくれてから、生活は変わった。
たくさん海外旅行に連れていってくれたり、母も明るくなって笑顔が多くなった気がする。
再婚するって聞いたときは、母との二人の生活が壊れるようで泣きまくった。
小学校の途中で名前が変わるのも嫌で仕方なかったけど、
いま思えば、父があの狭い団地に引っ越ししてきたのも、わたしと母の生活環境を守りたかったのでは・・と感じる。


親との関係

いわゆるフクザツな家庭環境で育ってきて、それでも家族は支え合って仲良く暮らしてきた。
一人娘として親に愛されていることが私の自慢で、親の期待に応えたいとも思っていた。特に父には、ここまで育ててもらった恩をすごく感じていた。

それでも、親の望む結婚が出来なかった。
結婚してからもうすぐ一年経ちますが、親の顔合わせ・入籍・結婚式のキャンセルなど、何かにつけて親とモメています。
もちろん、わたし自身の伝え方や配慮が足りない部分もあって、誤解を産んでしまっていることもありましたが、
何か問題があるたびに、親からの言動に一喜一憂して、気を遣って、結果的にすごく傷ついたり落ち込んだり。

その時に出会ったのがこのビデオ。

【印象に残った言葉】
・親にも親になる前の人生があって、悩みや苦しみを経験していると理解すること。
・自分の幸せな人生を歩もうと決断することと、その人生に存在できるのは親のおかげ。
・「~しなければならない」社会のルールは、本当に自分に必要かどうか。
ご本人も経験しているからこそ、言葉にも説得力があるし、少し前向きになれた。何度も繰り返し見てる。

親との関係性に悩んでいる人って意外に多いらしい。
わたしもまだまだ道半ばで、親からのLINEや電話に躊躇してしまうことも多々・・
でも、まずはここに曝け出して書き出して整理することで、半歩でも一歩でも踏み出せれば・・・

纏まりのない長文になりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。