英文開示の義務化について

今週はグッドスピードの調査報告書について記事にしようかと思いましたが、昨日よりXでプライム市場上場会社の英文開示の義務化が話題なので、内容を変更してお送りします。
恐らくきっかけは以下のブログだと思いますが、議論自体は昨年12月18日の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」から先には進んでなさそうですね(見逃していたらご指摘下さい)。

この点、私自身も以下の通り監査法人や事業会社で英文開示に多少携わった経験がありますので、本件につき調べた内容や、個人的に思うことをつらつらと書きたいと思います。
なお、現在も会計関連のアドバイザリーのお仕事をする中で、英文開示の作成支援にも一部携わっております。

  • 監査法人:米国上場企業の監査(日本・米国)

  • 事業会社:決算短信、四半期報告書、決算説明資料、株主総会資料(計算書類及び事業報告を含む)、適時開示資料、上場時の目論見書等について、英文での同時開示ができるよう、必要に応じて社外リソースを活用しながら内容の記載、確認、加筆修正等

なお、本記事の最後に重要なお知らせを書いておりますので、時間がない方、目次を見て興味を失った方も、「最後にお知らせです」だけでもご覧いただけると幸いです。


英文開示の義務化への流れ

英文開示が義務化するに至った背景に関しては、東証HPの「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の資料をご覧いただくのが最もわかりやすいと思います。
第12回資料:プライム市場における英文開示の拡充について
第13回資料:プライム市場における英文開示の拡充について

以下、それぞれの会議において印象に残った点を抜粋します。

第12回会議(2023年10月11日開催)

元々、英文開示に関しては、2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードで、以下の記載がありました。ただ本コードは、「comply or explain」なので、この時点では義務というわけではありません。

1-2④ 上場会社は、自社の株主における機関投資家や海外投資家の比率等も踏まえ、議決権の電子行使を可能とするための環境作り(議決権電子行使プラットフォームの利用等)や招集通知の英訳を進めるべきである。特に、プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とすべきである。

3-1② 上場会社は、自社の株主における海外投資家等の比率も踏まえ、合理的な範囲において、英語での情報の開示・提供を進めるべきである。 特に、プライム市場上場会社は、開示書類のうち必要とされる情報について、英語での開示・提供を行うべきである。

株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」(2021年6月11日)

この点、プライム市場の上場企業で「何らかの」英文開示を行っている企業は、2023年8月時点で既に97.2%と高い比率を示している一方、日本語との情報量の差や開示のタイムラグ等で、海外投資家の不満は依然として高い状況です。

株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充について」(2023年10月11日)

より具体的には以下の通り、海外投資家が英文開示を必要とする書類と、実際にプライム市場上場会社が英文で開示している書類に関して、特に「有価証券報告書」「適時開示資料」の間で大きなギャップが存在します。

株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充について」(2023年10月11日)

開示のタイミングまで踏み込むと更にギャップが大きく、最も英文開示が進んでいる「決算短信」についても、同時/同日に開示しているプライム市場上場会社は51%に過ぎない状況です。
更に、適時開示資料に至っては34%です。この点、同会議の議事録でも言及があるように「適時」開示として大きな問題があると考えられます。

株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充について」(2023年10月11日)

各論について、まず、私が把握している海外投資家の不満の最も大きいところは、情報がないというよりは、日本語との情報量の格差、タイミングの格差など、ディスアドバンテージがあるということです。そうしたことからして、9ページ目で目を引くのが適時開示資料です。79%の投資家が必要としているのに対して、企業の実施状況は48%となっており、これは適時開示という資料の重要さからすると極めて重大な乖離だと思います。また、16ページ目を見ると、投資家の88%が同時/同日の開示が必要としているのに対して、34%しか同時/同日開示を行っておらず、英語では適時開示になっていないということです。これは相当な問題だと思います。

市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(第12回) 議事録

なお諸外国の状況として、例えば台湾や韓国等、非英語圏の証券取引所においても、タイムリーな英文開示に向けた各種取組みが進んでいます。

株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充について」(2023年10月11日)

第13回会議(2023年12月18日開催)

第12回会議での議論やその後の海外投資家及び上場会社へのヒアリング等を経て、2025年3月期を目途に、プライム市場上場会社において、まずは決算情報及び適時開示情報について日本語と同時開示に努めることが望ましいという方向性で、議論が開始されました(その意味では、まだ「確定」ではなないという理解です)。
また、これで終わりではなく、その後も有価証券報告書の英文開示等、更なる拡充を行う旨の議論が開始される予定です。

株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充について」(2023年12月18日)

ただ、上記資料の最後の矢じりにある通り、完全義務化ではなく、対応が難しい場合は具体的な開示時期の開示を求める方向で議論がされております。
この点、議事録を見ると、「Comply or Explain」とは少し異なり、実施しないことを説明するのではなく、いつ実施できるのかを説明する方向です。

3つ目の矢じりは、開示の範囲・タイミングの両方に係っておりまして、企業規模等によっては、必要な体制整備に時間がかかることも想定されることから、対応が難しい場合には、具体的な開始時期の開示を求めることでどうかと考えております。開示すれば猶予される一方で、コンプライ・オア・エクスプレインとも少し違ったようなつくりとしておりまして、コンプライ・オア・エクスプレインですと、違った方法で趣旨を実現する、例えば、「ドイツ語で開示します」といった説明が許容されるものの、今回お示ししている案では、エクスプレンの内容が「いつからやるか」に限定されることになります。

市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(第13回) 議事

以上を踏まえ、現状英文開示の体制が整っていないプライム市場上場会社においては、2025年3月期からの英文開示に向けた準備が必要になるものと思います。

お役立ちツール

一方、現実的にゼロから社内リソースのみで英訳を進めることも現実的とは言えず、実際には以下のようなツールを使いながら英文開示の作成を進めることになると思います。
よりオフィシャルな指針として、日本取引所グループが「英文開示実践ハンドブック」を出しており、こちらも大変参考になりますが、記事のボリュームの関係でこちらは割愛し、主に私自身の経験を中心に記載します。
https://www.jpx.co.jp/equities/listed-co/disclosure-gate/handbook/index.html

①翻訳会社

会社を「ツール」に含める非礼をまずは詫びたいと思いますが、社内規則等で自動翻訳ツール等を使用できない場合、ゼロから英訳を行うことは大変な工数が伴いますので、一時費用と考えて思い切って外注をするのがおすすめです。特に法定開示は毎年文書が大きく変わることは想定されないため、初年度の成果物だけでもプロに任せることで、工数が一気に少なくなります。
私もお願いしたことがありますが、やはり外国語文書の専門家であり、専門用語や事例を踏まえほぼ問題のない形で仕上げてきます(勿論、社内での最終チェックは必要です)。
敢えて留意点を上げると以下の通りです。

  • 時間がかかる

翻訳会社も一つの会社の英訳に集中することは現実的に難しいですし、品質を保つために社内確認も含め、慎重に原稿を仕上げてきます。
このため、ギリギリになって外注しようとしても開示に間に合わない、という事態を避けられるよう、和文の開示スケルトンを早めに固めた上で、時間的余裕を持って依頼する必要があります。

  • 料金体系

私が経験した限りだと、料金は基本的に元の文書●文字当たり▲円という仕組みになっています。
社内に利用可能な英文があったとしても料金計算上は考慮されず、本当にゼロから作成する場合でない限り、どうしてもムダが発生します。
形のある英文が既にあるならば、英文開示の作成支援経験があるコンサル等に依頼する方が、現状の成果物を踏まえた柔軟な料金を提案してくれる可能性が高いです(品質は担当者、会社によってまちまちですが)。

具体的な翻訳会社・IR支援会社の一覧は、下記リンクから「海外IR、翻訳サービス」を選択すると出ます。

②有料の翻訳ツール

有料の翻訳ツールは、3年以上前にロゼッタの「T-4OO」ともう1つをトライアルで使ったことがありますが、T-4OOは個人的にオススメです。
医学文書、IR、法務等の文書の種類に応じた翻訳や、社内用語をデータベースに登録できることで、無料の翻訳ツール等にありがちな英訳の抜け漏れや不自然な単語選びが少なく、手直しの時間やストレスも無料の翻訳ツールよりもずっと低かった記憶があります。

HPに記載の名だたる大企業に加え、Big4監査法人の少なくとも1社でもT-4OOを使用していると過去に聞いたことがあり、セキュリティ面でも無料のツールよりも信頼できると思います。

一方、あくまでも自動翻訳であり、無料の翻訳ツールよりマシとはいえ100%の精度とはいかず、確認・校正作業ができるリソースは必要です。
とはいえ、有価証券報告書のような長文の英訳が必要なのであれば、翻訳ツール代を加味してもゼロから外注するよりトータルコストは大きく下がると思うので、社内リソースと予算に応じて検討するのが良いと思います。

③無料の翻訳ツール

最近はDeepLやchatGPT等、無料で英訳を手助けしてくれるツールもありますし、前述の「英文開示実践ハンドブック」でも有用なツールとして紹介がされております。
ただ、私個人の意見としては、以下に述べる理由から、無料の翻訳ツール1本で進めることは弊害が大きいと考えています。

  • 英文が不自然でもっさりしている

隅々まで訳すアルゴリズムになっているのか、どうでもよい部分まで丁寧に英訳されていたり、表現が回りくどく、いかにも機械翻訳ですという感じが丸わかりで、読み手としては結構イライラすると思います。

  • 抜け漏れ、重複が多い

やけにもっさりした文章を作るわりに、文章を丸々飛ばしていたり、同じ文章を2回英訳したりと、ケアレスミスが多すぎます。特に長文になるほどこの傾向が強く、かなり神経を使いながら確認・校正をする必要があります。

  • セキュリティ面

もはや詳しく述べる必要もないと思いますが、多くは開示前であろう機密文書をマスキングなしでそのまま読み込ませるリスクは高く、また社内規則でも禁止されていることが多いと思います。
一方、どこまでマスキングしたら「機密」ではなくなるのかの判断、マスキング作業そのもの手間、マスキングに伴う誤訳のリスク、もあり、有価証券報告書のような長文を読み込ませるための下処理に要する工数も結構な量になるのではと思います。

なお、具体的なDeepLとchatGPTの英訳の比較や、英語での文書の書き方のコツそのものに関しては、以下のてりたまさんのNoteが参考になります。
個人的には、上記で述べた弊害はDeepLの方により大きいと感じています。

④他社事例・事例集等

全上場会社における英文開示の取り組み状況は、日本取引所グループが以下のサイトでExcelの形で取りまとめており、類似会社やベンチマーク企業がどのような開示を行っているのか、網羅的に確認することが可能です。

以下は上記サイトに掲載されたExcelの抜粋ですが、実際は横にずっと長く、どの会社がどの開示を英文で行っているのか一目瞭然です。

この中でも、EDINETの英語ページに記載の以下の会社は、有価証券報告書のフォーマットに従い英訳を実施しており、参考にできる会社も多くあります(私も、有価証券報告書の場合はこちらの事例を参照します)。
List of links to English translations of Annual Securities Reports (ASRs)

加えて、英文開示の様式例も日本取引所グループが出しています。

英文開示の進め方

英文有価証券報告書の作成方法に関しては、既にかえるさんがブログに纏めて下さっており、私も参考にさせていただいております。

ここまで具体的には踏み込めないですが、以下では私が実際に事業会社時代に英文開示に具体的にどのように取り組んでいたのかを、文字数も多くなってきたので簡単に記載します。
なお、所属先はいわゆる大企業ではなかったため、最低限のリソースでとりあえず形にする方法、程度の期待値でお読み下さい。

①和文の開示スケルトンの作成

これはどの会社でも必要なので、詳細は割愛します。

②翻訳会社・有料翻訳ツールによるスケルトンの英訳

英文開示ができるのが社内で私一人であり、他にも仕事を多く抱えていたので、最初は予算に応じて翻訳会社と有料の翻訳ツールを駆使して、少なくとも80%以上の精度のものは自分で手を動かさず作成してもらい、私自身は内容の確認と加筆修正に専念しました。
現実的に、これしか方法がなかったと思います。

③英文の更新と和訳への反映

所属先の特種性で、決算関連の情報は日本語がわからない外国人が作成していたこともあり、②で作成した英文スケルトンを共有して文書や数値を更新してもらい、私を含む日本人は英文の変更点の確認や、和訳の更新に集中しました。
その際、先方には前述の「List of links to English translations of Annual Securities Reports (ASRs)」にある英文有価証券報告書の他社事例を共有することで、彼らにとって馴染みの薄い、日本企業の開示の雰囲気を汲み取ってもらうようにしました。
また同時開示ができるよう、和訳に要する日数もほぼ同時並行でスケジュールに組み込んでおりました。

概ね上記の流れなのですが、適時開示等比較的分量が少なくタイトな期限の場合は、先行事例を見ながら私がさっと作成することが多かったです。

(補足)ディスクレーマー

特に適時開示に関しては、私自身もネイティブではない以上、完璧な英文を即座に仕上げることが常にできるわけではありません。
この点、前述の「英文開示様式例」にあるディスクレーマーを付すことで、最悪の事態に対するリスクを回避していました。

日本取引所HP「英文開示様式例」より

少し話は戻りますが、「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の議事録でも以下の通り、日本語が正であることを前提とした上での英文開示という方向で検討がされています。

エンフォースメントについては、「日本語が正文という制度の下での英文開示」というアプローチで良いと思います。そうだとすれば、英語としてミスした場合であっても、もちろん訂正していただく必要はありますが、咎められるべきではありません。ただ、全体として内容がおかしいというのは問題なので、どこかで線引きがされるのだろうとは思いますが、いずれにしても、日本語が正文だということを基本として考えることで良いと思います。

市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(第13回) 議事録

まとめ

以上、英文開示に関する最近の流れと、具体的な取り組み方法に関して、公開資料と自身の経験に基づき記載しました。

もちろん、英文開示に積極的に取り組めばすぐに海外投資家比率が上がるというわけではなく、事業の状況やマーケットの流れ等にも大きく左右されますが、少なくともプライム市場のコンセプトの一つに「多くの機関投資家の投資対象となるのにふさわしい時価総額(流動性)」がある以上、英文開示がないことで自ら首を絞めるのではなく、可能な範囲で積極的に取り組むべきであると考えます。

宣伝にはなりますが、弊社でも上場会社に対する英文開示の作成支援を実施しております。翻訳会社ではありませんが、私だけではなく、私より英文開示に関する経験が豊富な公認会計士等が支援を行います。
具体的な所属先はNote及びSNSでは公開しておりませんが、英文開示の作成支援が必要なプライム上場企業の方等いらっしゃいましたら、XのDMや本記事のコメント欄からお声かけをいただけますと幸いです。


最後にお知らせです

この度の能登半島地震により被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。

英文開示のニーズがあるという方もないという方も、このNoteにお越しいただいたきっかけに、できる範囲で構いませんので、寄付をお願いしたいです。私もできる範囲ではありますが、寄付をさせていただきました。
(一例として日本赤十字社のリンクを貼っておりますが、皆様が最も望ましいと考える方法で良いと思います)。

それでは今年も1年、どうぞよろしくお願い致します。
皆様にとって実りある1年になることをお祈りしております。