不正会計とグループガバナンス

会計系アドベントカレンダーの4日目を担当するJack1eです。
私の前や、恐らく後も濃厚なトピックが展開されるので、休日明けの月曜日にふさわしい(?)コラム的な読み物で行きたいと思います。

なお、ノリと勢いでトピックを選定しましたが、筆者はガバナンスそのものの専門家ではなく、文中の意見に関する部分は筆者の感想であり、何かそういうデータがあるわけではありません。


不適切会計の件数の推移

コーポレートガバナンスの強化や監査の厳格化が毎年のように叫ばれる昨今ですが、不適切会計を開示している上場企業の数は引き続き高水準を維持しているようです。
(余談ですが、東芝の不正会計以降一般化した「不適切会計」という言葉、明らかな不正も単なる誤謬であるかのような忖度を感じるので、誤謬のケースを除いて普通に「不正会計」でええやんと個人的には思いますが、不正と誤謬の事後的な切り分けが面倒だからでしょうか。以下では原則として、「不正会計」という用語を使用します。)

以下の通り、上場企業の不正に関する調査委員会の報告書も、毎週のように新しい事案が出てきています。

この背景として、監査の厳格化によりこれまで見つからなかった不正が見つかったケースや、不正に対する監査法人側の姿勢の変化(監査意見を出すためには調査委員会の設置とその公表が必要等)も関連している可能性もあり、上場企業のガバナンスが改善していないと一概に言えるものではないですが、とにかく開示件数としては高止まりしています。
不正会計の内容は様々ではありますが、本Noteではこのうち、主に子会社が関連した不正にスポットライトを当てたいと思います。

子会社不正の具体例

子会社で発生する不正の具体例として、例えば以下が挙げられます。
(一部事案の選定や理解に当たっては、以下の本を参考にさせていただきました。なお、アフィリエイトはやっておりません。)

スバル興業(横領)

子会社の社長が、その立場を利用して下請け代金の横領、及び下請代金の水増し及びキックバック等を通した横領を実施していたものです。
調査報告書において、社内の牽制機能が無効化されており、親会社による監督も不十分であったとの指摘がされています。
このような牽制機能の不存在による不正は、上場企業グループの中ではそれを実施するだけの人員に乏しい、小規模の子会社においてより起こりうるものです。
http://www.daisanshaiinkai.com/cms/wp-content/uploads/2019/03/190411_chousa9632.pdf

ホシザキ(原価付替等)

こちらは販売子会社における原価付替、協力会社への架空発注、売上の現行計上等の比較的典型的な不正事案ですが、調査報告書の原因分析において、子会社におけるプレッシャーに加え、親会社取締役が販売子会社の取締役を過剰に兼務している状況が管理部門の脆弱化を招いているとの指摘があります。
http://www.daisanshaiinkai.com/cms/wp-content/uploads/2019/02/190507_daisansha6465.pdf

サクサHD(子会社の悪用等)

こちらは以下のNoteでも取り上げたのですが、親会社の内部監査及び管理部門を管掌する取締役が、子会社の代表取締役でもあった地位を悪用して、事業子会社における架空売上の計上及びソフトウェア仮勘定の費用化の先送りを指示したことに加え、内部監査にも関与することで、結果的に不正の発覚が先送りとなりました。

子会社不正に特有の原因

上記の不正に関して、原因分析は調査報告書の中に記載がある通りですが、一旦そちらは離れて(結果的に重複もしていますが)、子会社に特有の不正が起こりうる原因について考えてみたいと思います。

①内部管理体制のばらつき

親会社(及び上場前からグループ内にあった子会社)であれば、主幹事証券や取引所の審査及びその準備の中で、内部管理体制に関してはかなり細かくチェックされます。何なら、親子間でもう少し濃淡があってもよいのでは?と思うくらいです。

一方、上場後は会計監査や内部統制監査等は原則として毎年実施されるものの、グループ企業を横断した網羅的で細かいチェックを受ける機会はほとんどなく、主として監査法人の考えるアプローチや重要性の中での監査に留まります。
特に、上場後にM&Aでグループ入りしたような会社、特に海外子会社の場合、ビジネスモデルや文化の相違等によりリスクや管理体制も異なる上、財務報告上の重要性に乏しい場合は比較的概括的な監査に留まることが多いと思います(※)。

また、グループ入り直後から四半期決算の対象になるため、管理体制の整備も決算を出せるか否かの観点が優先となり、その他のガバナンスの観点からの体制整備は後回しになりがちではないでしょうか。

更に、特に小規模な会社を買収した場合、管理担当者が1名しかおらず、社長が事業を一人で取り仕切っているケースもあり、親会社のサポートなしでは最低限の牽制機能すら設けることができない可能性もあります。

(※)この点に関しては、改正J-SOX基準の107項において、海外に所在する事業拠点、企業結合直後の事業拠点、中核的事業でない事業を手掛ける独立性の高い事業拠点が、「財務報告の重要な虚偽記載に結び付きやすい事業上のリスクを有する事業又は業務」として明文化されています。
https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-24-1-0a-20230728.pdf

形式的・詳細に過ぎると批判もある日本の上場審査制度ですが、これをグループ一丸となって突破するために網羅的に十分な人的・時間的リソースをつぎ込んできたか否かで、どうしても内部管理体制の粒度はバラつきがちであり、結果として発生した抜け穴を利用して、不正が発生する機会はあるのではと考えています。

②親子会社間での意識の相違

発行体として財務報告に対する主たる責任を有する親会社と、そうではない子会社では、どうしても日々の業務における会計に対する意識の差は出がちです。例えば、以下の不正を考えてみます。

  • 原価付け替え

上場企業で会計に携わる方であれば、原価の付替は案件毎の収益性を歪ませ、その結果会計期間において売上原価(進行基準等においては売上も)を歪ませる結果となることは常識でしょう。
それは未上場企業であっても同じですが、主体として財務報告に携わる親会社とそうではない子会社では、会計及び事業部門に対する牽制に関する意識はどうしても弱くなります。

事業側にとっては、契約通りに成果物を納入し、協力会社に対する支払を(最悪どの案件の名目であっても)完了できれば良いのですから、以下のホシザキの不正会計の通り、原価付替のようなある意味会計特有の論点は見過ごされがちではないかと思います。

しかし、販社は自らが上場会社でないことから、健全な財務報告リテラシーが備わっていたとは言い難い。不正行為を行った営業担当者にしてみれば、協力業者との貸し借り等が売上原価の簿外化として不正会計であると指弾され、ホシザキが決算発表できなくなる事態を招くことなど、想像すらできなかったはずである。

ホシザキ株式会社 令和元年5月5日付「調査報告書(公表版)」より

だからこそ、親会社が子会社の中に入り込みグリップすることで、この差を埋めることが必要です。

  • 在庫の横領

例えば、親会社の製造・建設現場において部品等を子会社が納入する場合に、親会社の現場担当者がその横領を目的に、納入先を製造現場以外の場所に指定するケースを考えてみます。
親会社グループの観点で見ると、当該在庫が個人の手に不当に渡ってしまうため、当然に防がなければなりません。

一方、子会社単体の観点から見ると、納入先がどこであろうが、在庫が引き渡され代金が(親会社から)受領できるのであれば、通常の売上であり特に何の問題もありません。

このように、連結グループというマクロな観点でNGだとしても、子会社というミクロな観点ではそう捉えられないケースも多々あります。
このような場合、親会社としては子会社に対して、グループとして留意すべき事項に関する浸透を行わないと、子会社から「特に問題ないと思っていました」と言われておしまいです。

③突如として増すプレッシャー

元々は未上場企業として顔の見える範囲からのプレッシャーで事業を行っていた会社が上場企業にグループ入りした場合、突如として数多の顔の見えない投資家等の利害関係者からのプレッシャーを、間接的にですが受けることになります。

その点につき、グループ入り前に納得していれば大きな問題にはならないと思いますが、元々M&A自体がごく限られた者を中心に内密に進む以上、一定のレイヤー以下の従業員にとっては、その覚悟を持つ暇もないまま上場企業グループの一員となります。

そのような変化に応じた意識の切り替えもないまま、増える管理業務への対応と並行して予算等へのプレッシャーが急に増す中で、長年の業務の中で(意図せずとも)存在する内部統制の抜け穴という聖域を使い、不正な手段で乗り切ろうという発想は、出てきてもおかしくないと思います。


若干こじつけですが、①機会、②姿勢・正当化、③動機・プレッシャー、で、不正のトライアングルの完成です。

グループガバナンスの方針の例

以下は、筆者が見てきた、M&Aでグループ入りした企業に対するガバナンスの方針(主に中堅以下の上場企業もしくは上場準備企業)を、雑ではありますが簡単に分類したものです。

放任型

これは基本的に、グループ入り後も事業運営にはあまりタッチしない、基本的にこれまでと同様で良いという、ある意味では甘い誘い文句を手段の一つとしてグループ入りしてもらった企業に対する対応です。
役員派遣は行いますが、上述の経緯からうまく入り込むことができず、管理体制の整備はおろか、事業シナジーの達成も微妙なケースです。

グループ入りした企業の方も、言うても何らかの良い変化はあるはずだ、との思いや買収元の経営者のセールストークに期待したものの、期待した変化は現れないままに日々押しつけられる管理業務に辟易した結果、グループ内での不和が起きるという、ある意味最悪のケースです。下手すると、経営管理費用の徴収すら拒んだりするケースなんてのもあります。

流石に上場企業でここまでのケースはあまりないと思いますが、PMIに十分入りこめず、経営者の暴走を見逃してしまうというケースは、前述のスバル興業の不正会計のように様々あるのではないでしょうか。

入れ替え型

これは前のパターンとは逆に、グループ入り後に経営者も親会社の社長等に交代し、内部管理体制も親会社のルールに原則として従ってもらう等、子会社というよりあたかも支店のような位置づけに作り替えてしまうケースです。当然、その辺りの前提は合意した上でグループ入りすることを前提にしています。

親会社に圧倒的なリーダーシップがあり、再編後も従業員が大きく離反することがないのであれば、必要な内部管理体制の運用ができる土壌もあると思いますし、共通点が多くなることで効率性に業務の遂行ができるという意味でも理想的であると思います。
ただし、そのような魅力や推進力がなければ空中分解して終わるうえ、形式だけ整えて運用で手を抜かれるような、「仏作って魂入れず」のような管理体制では意味がありません。そのため、親会社の力量が試されます。

バランス型

実際は前の2点のどちらかに寄せるというより、「放置型」よりは実効的にグリップを握りつつも、子会社の状況や特性に応じて、経営陣の交代も含めてドラスティックに入り込むケースや、モニタリングは継続しつつも日常の運営は任せるケース等を織り交ぜるパターンがより現実的ではないかと考えています。これは会社毎で使い分けるのは勿論のこと、同じ会社でも状況が変わればモードを切り替えることも含みます。

どの方針でグループガバナンスを実施するにせよ、前章で述べた通り、親会社と子会社には避けられない意識や環境のズレがあるため、各社の状況に応じた最適な方法で並走することが、不正会計を防ぐことに留まらず、グループ経営を成功させるためには必要と考えています。

理想的なグループガバナンスとは

本論とは少し離れますが、グループガバナンスに関する指針として、少し古いですが2019年にMETIから以下の実務指針が出ています。
約150ページと少し長く、いわゆる「攻め」と「守り」の両方をカバーした、とてもよく出来ている実務指針だと思います。

一方で、以下の通り、本実務指針は一般的な内容に留まるものであり、グループガバナンスの観点で何をすべきかは企業グループごとに異なるものであると述べています。

本ガイドラインでは、グルーブガバナンスの実効性を確保するために一般的に有意義と考えられる具体的な行動(ベストプラクティス)や重要な視点を取りまとめているが、グループ経営の在り方は極めて多様なものであり、ガバナンスに関する課題解決のために何をすべきかについては企業グループごとに異なるものであるため、ガイドライン記載の取組を一律に要請するものではない。

経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」より

そもそも、グループガバナンス自体、最良な形でグループ経営を行うための手段の一つに過ぎません。

そのグループ経営における重要なポイントに関して、敢えて自分の言葉で述べるならば、

  1. 親会社の経営陣の能力が、上場企業に対する期待、敢えてこれも自分の言葉で述べるなら「投資家等の利害関係者の期待に見合う長期安定的な事業成長が達成できること」に見合うものであること

  2. 子会社の経営陣の目線が当該親会社の目線と一致していること

であり、グループガバナンスは主に2.を達成するために必要な仕組みの一つであると考えています。
他方で、1.を達成するための仕組みの一つが、現代のコーポレート・ガバナンスではないでしょうか。

結び

本Noteでは、主に子会社における不正の具体例に触れながら、共通する子会社特有の会計不正の要因や、グループガバナンスの観点で何を意識するべきかについて考えてきました。
親会社と子会社の環境の違い故に避けられないズレというものがどうしても存在すること、それを埋めるためにまずは親会社自身が高い目線を持ち、同時にグループ全体としてもその目線に合わせられるよう、共に汗をかくことがポイントである点が、最も伝えたかったことになります。

以上、最後までお読みいただき、ありがとうございました。