IR/SR1年生時代の備忘録

「どうやってIPOを達成したのか?」というNoteはよく見かける一方で、「その後の実務」が語られることってあまりないと思います。
IPOと異なりイベント性がないことや、上場企業の足元の話を公開することに対するリスク等、色々要因はあると思いますが、上場がゴールではない以上、当然に「上場後」の話も見据えた上で準備を進めることが大事だと思います。

というわけで、関連実務を離れてもう何年か経ちますが、自身の備忘録も兼ねて書くことにしました。
なお、以下は私が実際に経験したことやその中で知った他社の事例をまとめたレベルに過ぎません。また、私自身もIR/SRが未経験の中、上場企業の諸先輩方や外部の専門家のお知恵を借りながら、手探りで進めたレベルです。
このため、あくまでも「最低限」であるとご理解いただけますと幸いです。

上場後~最初の四半期決算

沈黙期間を明確にしておこう

新規上場のお知らせが出るとすぐに、様々な機関投資家や、時にはアナリストの方から面談の問い合わせが入ります。
上場直後はある意味ボーナスタイムというか、最も注目が集まるタイミングでもありますので、意気揚々と面談をアレンジしたくなると思いますが、未公表の決算情報を誤って一部の投資家に共有しないよう「沈黙期間」の設定及び運用は明確にしておく必要があります。
概念としては理解していても、IRサイトがリリースされる前だったり、上場までのバタバタで意識が疎かになりがちなので、面談アレンジの際に注意する必要があります。

なお、沈黙期間の定めは企業次第ではありますが、未公表の決算情報等を特定の投資家だけに共有しない等という趣旨から、下記freeeの事例のように、各四半期の「決算期日から各決算発表日」までとする事例が多いです。そもそも設定を忘れていた、ということがないようにしたいですね。

当社は、決算情報の漏洩を防ぎ、かつ情報開示の公平性を確保する観点から、各四半期の「決算期日から各決算発表日」までをIR沈黙期間として定めております。この期間中は、決算及び業績見通しに関する質問への回答及びコメントを控えることとしております。但し、当該沈黙期間中であっても、投資家の皆さまの投資判断に多大な影響を与えると判断した重要事実が発生した場合や、諸法令や適時開示規則に基づき開示が必要な場合は、適時適切な情報開示を行います。

freee IRポリシー 3.沈黙期間について  https://corp.freee.co.jp/ir/irpolicy/

決算説明会のアレンジはお早めに

上述の通り、上場直後はボーナスタイムなので、最初の決算に関しても注目が集まりやすい一方、メイン参加者の投資家やアナリストはこの時期大変忙しく、他社の説明会との重複等でどんどん日程が埋まります。
最初の決算発表なので少しナーバスになるのはわかりますが、なるべく多くの方に参加してもらえるよう、日程は可能な限り早めに抑えましょう。
その際、自社のターゲット投資家、アナリストが別の決算説明会に行ってしまうことを回避するため、開催日時は特に下記2点の説明会と重複しないよう、留意したほうが良いと思います。
①コンプス・競合の決算説明会
②同業種の大型株の決算説明会

具体的な集客ツールとしては、まずは恐らく上場企業のほとんどの方が使用している「みんせつ」になると思います。
上場直後に先方から営業メールが入ることが多いと思いますが、多くの機関投資家、証券会社が利用しており、(当時)無料で以下の対応ができる神ツールなので、忘れずに導入しましょう(私は有料ツールは利用しませんでしたが、有料でもっと色々な機能が利用できるようです)。
①決算説明会の案内のカレンダー登録(毎回何社かの機関投資家・アナリストは、この登録を見て申し込みを行っていました)
②他社の決算説明会の日時の確認(重複の回避)
③機関投資家・アナリストとのIR面談の直接のアレンジ

ただ、これだけだと多くの方には認知されないので、ロードショーやIM等で既に会っている投資家の方には、メールで直接案内を出した方が良いと思います。
最初はそこまで数は多くないと思いますが、上場後のIR面談を重ねると連絡先も増えてくるので、案内先はどんどん増えていきます。

加えて、どこまで協力してくれるかは発行体の魅力次第ですが、証券会社の方にも集客の依頼をすると同時に、決算発表後のIR面談のアレンジもお願いしておきましょう。
MiFIDⅡの関係?で証券会社がアレンジできる余地は小さくなっているという話も聞いた記憶がありますが(この辺り理解が乏しいです)、やはりリーチできる投資家の数は圧倒的です。

ただ、多くの投資家は複数の証券会社と付き合いがあるので、同じ人に複数の証券会社から案内が入ってしまうと投資家の方もうんざりしてしまいます。なので、複数の証券会社にアレンジを依頼する場合、投資会社レベル、可能であれば担当者(PM・アナリスト等)レベルでアレンジの分担をすることが望ましいです。
同じ投資会社でも、証券会社によって担当レベルでは付き合いの深さは異なるようなので、(これは回数を重ねないと感覚がわからないですが)、誰から誰に、いつどんな方法でお声かけをするか、試行錯誤をすることになります。そうすることで、証券会社のコミットの具合や、投資家の興味の程度も少しずつわかってきます。

これでも足りない場合は、コストはかかりますが、IR支援会社等にお願いして集客をしてもらうのが良いと思います(私は利用しなかったので、効果の程はわかりません)。

具体的な実務は上場企業の先輩に聞く

決算説明会のアレンジをしたはいいものの、ここからの課題も山積です。
①オンラインの場合、Zoomウェビナー等は誰がどの権限でどう使うか
②英語対応をどうするか(同時通訳、Zoomの切り替え等)
③国内向けと海外向けの説明会のアレンジの要否
④説明会動画を公開するか否か
⑤個人投資家向けの説明会の方法
等、ロジ周りだけでも色々考えることがありますが、この辺りのノウハウは本に書いてあるわけでもなく、それこそIR支援会社にお願いしないと、実務がどうなのかはよくわかりません。

ただ、上記はどの上場会社も歩んできた道なので、もし上場会社のIR担当にお知り合いがいれば、直接教えてもらうのがより良いと思います。
似た規模の会社であれば、大抵同じ悩みを過去に抱えており、それをクリアしたノウハウを持っています。

ちなみに、決算説明会の書き起こしはScripts Asia(今はJPX総研の子会社)に毎回お願いしていたのですが、この会社も上場企業の方から教えてもらったものです。日英の書き起こしをものすごいスピードで仕上げてくれるので、大変助かりました。
(何故か会社HPが出てこないので、東証のHPリンクを貼ります)。

日々のIR活動

日程調整で意外と取られる時間

上場後の専任のIR担当の要否は企業によって様々考えがありますが、決算前の資料の作成や決算後のIR面談だけではなく、日程調整だけでも意外なほど時間が取られます。
なので、専任とまではいかなくとも、ロジ周りに関しては社内のサポートを借りることで、IRに主体的に関わるメンバーは、投資家を含む資本市場に向き合う時間をなるべく増やした方が良いと思います。

面談記録はしっかりと

IR面談は一回で終わるばかりではなく、興味を持ってくれた投資家やアナリストに関しては、それこそ毎四半期面談が続きます。
その際、毎回同じ話をするのも生産的ではありませんし、一方で誰とどんな会話をしたのかは、多くの投資家に会っている以上全て頭の中で把握することは非現実的です。
このため、面談の議事録を作成することは勿論のこと、その日時、担当者名、連絡先、(わかる範囲で)保有割合、面談アレンジの経緯等を、スプレッドシートで別途まとめておきましょう。面談の頻度やタイミングで興味・関心も何となくわかりますし、どうアレンジされたのか次第で、次回以降の面談にどう繋げれば良いのかもわかってきます。
加えて、どんな投資家(AUM、投資対象、保有方針等)に関しては事前に証券会社等から聞いておき、面談終了後も記録に残しておくことで、相手の趣向に合わせた面談を実施することが重要です。

個人投資家からの問い合わせ対応

ある意味最もストレスフルな業務です。私も株価の急落時は、IRへの問い合わせに毎回ビクビクしておりました。
怪文書や罵詈雑言も一度や二度ではありませんし、何故か陰謀論の開陳に1時間以上付き合わされたこともあります(勿論、それ以上に建設的な議論をして下さる方も沢山いらっしゃいました)。

問い合わせの多くは電話であり、事前準備が難しいことや、脅しに屈して将来情報等の言うべきではない情報をポロっと漏らすリスクを回避するため、経験の浅い担当者任せにせず、ある程度責任を持てる方レベルで真摯に対応するべきだと思います。

SR・株主総会

このNoteを読もう

SRに関しては、私が多くを語るよりも、下記3本のNoteを読んでいただくのが一番だと思います。私も参考にさせていただきました。

実質株主判明調査

未上場の時は誰が株主であるかは株主名簿を見れば一目瞭然ですが、上場後の株主名簿の名義は信託の名義人やカストディアン(ステート・ストリートや日本マスタートラスト等)になることが多く、株主名簿を見ても結局どの投資家が入っているのかよくわかりません。


日興アイ・アール「実質株主判明調査」
https://www.nikkoir.co.jp/customer/investigation/

この点をクリアにするため、IR Japanや証券会社・信託銀行のグループ会社等が実質株主判明調査を提供しており、株主名簿が更新される半年ごとに実施することがあります。
ただ、ヘッジファンドを中心に、調べたところで結局よくわからない点も多く、また初期はロックアップの関係でそもそも株主があまり動けない状態だったので、うまく活用できていたかというと…?という状態でした。
開始時期や頻度は会社の状況に応じて、で良いと思います。

まとめ

もう遠い昔の話ですし、IR/SR業務も結局1年ぐらいしか担当しませんでしたが、会計士の仕事に近いようで遠い資本市場に対する理解や、会計とはまた異なる専門家との協働という意味で、上場準備と同様にとてもよい経験をすることができました。
少しずつ注目されてきたIR/SR業務ですが、当時の大変ながらも良い思い出を少しでも風化させないよう、これで筆を置こうと思います。