秘伝のタレの恐怖

秘伝のタレが怖い。
うなぎ屋や焼き鳥屋によくある何十年もの間毎日少しずつ継ぎ足して使っている製法秘伝のあのタレだ。
例えば、こんなこともあるだろう。

「今日は老舗のうなぎ屋さんにお邪魔しました。早速ご主人にお話を伺いたいと思います!」
レポーターはマイク片手に、にこやかにカメラに向かって話をする。
ここは、生放送の昼番組「直撃!食べたい昼御飯」の収録現場。昼時とあってうなぎ屋の席はお客さんで埋まっている。
「こちらのお店のうなぎのタレは、昔から継ぎ足して使っている秘伝のタレだそうですが、いつ頃からお使いになっているのですか?」
レポーターは、うなぎを焼く主人にマイクを向ける。
「初代からだから、もう百二十年になりますねえ。戦争中は先代が『このタレだけは』と壷を持って戦火から逃げ回ったそうです」
主人は、忙しそうにうなぎを壷に入ったタレに浸して焼きながら、誇らしげに答えた。

私はこのタレってどうだろうと思う。一体何が入っているのか分からない。そのタレは初代の試行錯誤の汗と涙の結晶かもしれないが、本当に初代の汗と涙が入っているかもしれない。風邪をひいた先々代がくしゃみした拍子に鼻水を飛ばしたかもしれないし、50年前に飛び込んできたセミが壷の底で死んでいるかもしれない。

「三郎や、昨日外した入れ歯が見つからないんだよ。知らないかい?」
とテレビの収録に気が付かずに店の主人の母親であるおばあさんが奥から出てきて、主人に尋ねた。
「知らないよ。今テレビのインタビュー受けてるんだから後にしてくれよ」
主人は困ったように答え、焼いているうなぎを引っくり返す。
「あらあら、元気なおばあちゃんですね」
とレポーター。
「本当にそれだけが取り柄で」
と二人和やかに笑いあう。

ご主人よ、笑っている場合ではない。ばあさんの入れ歯はその壷の中だ。

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