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いったいどんな趣旨があって開催するのか、という話

2020年2月28日、私たちは2週間後に迫っていたWGP2020の中止を決定しました。その後、3月30日、東京オリンピック・パラリンピックが1年延期されることも発表されました。 

以後、だれもがコロナ禍と呼ばれる状況で生活し、スポーツ界はときに「スポーツどころではない」雰囲気を感じ、ときに「それでもなお、スポーツの価値を」と意気込みを繰り返してきました。 

私たちが、再び国際大会を、と構想したのは早々でしたが、そのような状況に、 
・本当にできるのだろうか 
・やる意義はなんだろうか 
・どうやってやれるのだろうか 
と課題は多く、こうして参加国を発表したいまも、社会の状況に心が揺れ動かされながら過ごしていることに変わりはありません。 

身近に感染者が出れば心配になり、医療職の知り合いの話を聞けば心苦しくもなります。 
他方で、選手たちのこの環境下でのトレーニングや、まさに人生を賭けたがんばり。何年ものあいだ、その様子を見てきているなか、できる限りの環境を準備することは私たちのミッションでもあります。 

そして、このような逡巡する気持ちを、私たちは吐露しにくいままここまできました。 
どちらかの立場のみを語れば、どこからか批判されるかもしれない。 
超大型のスポーツイベントに対する風当たりも強くなるなか、心中穏やかではない状態が続いていたのです。 

でも、どうしてこんなに発信がしにくいのか? 
そんなときに、私がたまたま見たテレビ番組がNHKスペシャル『令和未来会議 あなたはどう考える? 東京オリンピック・パラリンピック』(3月21日放送)でした。そこでの議論は割愛しますが、論客の皆さんがしきりに伝えていたのは「スポーツ界は、社会とのコミュニケーションが足りていない」ということ。 「説明」とか「やりますという決意」といった一方通行のメッセージではなく、「コミュニケーション」という双方向性が足りていない。 

私にも省みるものがありました。 
双方向のコミュニケーションに心配だったということは、私が社会を信頼していなかったということ。ひいては、ブラインドサッカーを長年支えてきてくださったファンやサポーターの皆さんも信頼していなかったということ。 

であれば、私たちのこの心情含めて、率直に社会に問題提起することも、本大会の意味でもあるのではないか、と。 

・選手たちはがんばってきたのだから、やらせてくれ 
・パラリンピックが控えているのだから、やらせてくれ 
・スポーツっていいもんだから、やらせてくれ 

私たちはそういう姿勢ではなく、どんな意義があるのか、どのようにするのか、こうして伝えていきたいと思います。 

*   *   * 

そのためにも、以下、趣意書を紹介したいと思います。 
趣意書とは、新しいことを始めるときなどに、その目的や意見などをまとめたものです。継続して行われる事業で、改めて作成されることは少ないことと思います。 

そして、表現は硬いですが、この大会の開催と安全な成功を願う主要な関係者が心を込めて作成しました。 

*   *   *

ブラインドサッカーワールドグランプリ2021 
開催趣意書 

NPO法人日本ブラインドサッカー協会(主催) 
国際視覚障害者スポーツ連盟(主催) 
品川区(特別共催) 
参天製薬株式会社(タイトルスポンサー) 
一般社団法人日本障がい者サッカー連盟(後援) 

前文 
 2020年1月16日、日本で初めて新型コロナウィルス(以下、COVID19)の感染者が確認されました。2月26日、政府によるイベントや公演の自粛要請、27日には小中学校の臨時休校が決定され、以降、日本ではパンデミックと「自粛」生活の共存が始まりました。 
スポーツ界においては、オリンピック・パラリンピックの延期にとどまらず、主要な大会やイベントが軒並み中止や延期に追い込まれました。再開と第2波、第3波がしのぎ合い、どのようにスポーツが再開されていくか、議論が幅広いところは今も変わりありません。 

 ブラインドサッカー界でも、2020年2月28日にWGP2020の中止を発表以来、主要大会や事業は中止、延期、再開を繰り返し、9月〜10月の感染者数減少の谷間に「アクサ×KPMG 2020カップ」の実施ができたことは奇跡的なタイミングでした。グローバルの視覚障がい者スポーツにおいては、いまもなお、国際公式大会は1つも再開されていません。 

 他方、私たちがこれまで取り組んできた「混ざり合う社会」は、COVID19において逆風にさらされています。パラスポーツ自体の価値が相対的に低下しパラリンピックムーブメント自体が下火になっていること、COVID19においてむしろ分断されやすい社会状況になったこと――自粛要請期、私たちのもっとも重要なステイクホルダーである視覚障がい者が日常社会から分断されていたことも重要な示唆と言えます。 

 COVID19とそれがもたらす現社会状況が、私たちが目指すべき社会へのベクトル(力と方向づけ)を低減させてよい理由は一切ありません。むしろ、このような状況がゆえに、「あり方」と「やり方」を現社会状況に適応させ、一層「混ざり合う社会」を目指していく必要性を訴え、みずからアクションを起こしていくことこそ必要ではないでしょうか。
  
 「競技会」は、スポーツの熱源です。競技会があるから選手の切磋琢磨がある。応援の声が生まれる。人の心を動かし、社会が動く。競技会があるからこそ「混ざり合う社会」というビジョンに強く貢献できます。 

 そしていま、ブラインドサッカー界は競技会なしの1年を経て、あらためてその力を建設的に取り戻し、社会に価値を伝えていくべく、新しい「あり方」と「やり方」で国際競技会「WGP2021」の実現を目指します。 

社会との約束
 もちろん、本大会の意義が実現できるからと、感染者数の拡大や医療の圧迫などがあってはなりません。私たちは、安全と安心への最大限の配慮を行い、実際に取り組み、本大会が社会から理解され、応援される存在になるよう務めることを約束します。 

 同様に、スポーツ界ではそのプロセスややり方の説明が不十分と批判されています。結果的に安全な大会を果たすのみならず、過程にある議論や背景の説明を果たすことを目指し、より透明性高い説明責任を果たしていくことを約束します。 

日本ブラインドサッカー協会(主催)にとって 
 日本ブラインドサッカー協会(以下、JBFA)は、本大会において、2つの顔があります。 

 ひとつ目は、運営委員会として、運営主管の立場です。上記のお約束を守り、安全に、感染症を拡大させないように大会を運営できるかは、JBFAの責任です。同時に、視覚障がい者スポーツ界において、国際公式大会は1年以上、一つ足りとて開催されていません。感染症対策に万全を期すことが、いかに難しく、コストのかかることなのか、いまなおJBFAも課題に直面しています。しかし、それを乗り越えていくことが、他の視覚障がい者スポーツの再開につながる、貢献できると考えます。 

 ふたつ目は、日本代表の派遣組織としての立場です。長年、本当に多くの皆さまの応援をいただき、日本代表を育てていただきました。ホームで開催されるパラリンピックに向け、強化は佳境に差し掛かっています。パラリンピック本番まで約3ヶ月となるWGPを最大限に活用し、皆さまに育てていただいた代表を磨き上げていきます。安全を担保された大会で、全力を尽くす。それによって、皆さまに感謝をお伝えし、この社会の雰囲気をより良く変化させる力があると信じます。 

国際視覚障害者スポーツ連盟(IBSA)(主催)にとって 
 IBSAは、ブラインドサッカーのみならず、視覚障がい者の柔道やゴールボールなども統括する国際競技連盟です。IBSAスポーツにとって、1年を超えて、国際公式試合が開催されていません。国際パラリンピック委員会(IPC)はじめ、IBSAでも感染症対策のガイドラインを定め、安全な再開を目指しています。しかしながら、厳しい感染症対策は資金も労力も多大に必要です。いま、世界で再開されている興行化されているメジャースポーツと異なり、IBSAスポーツでそのような対応を十分にとり、大会を主催することは困難です。 

 本大会は、IBSAスポーツのなかでも、もっとも早く、そして多くの国が参加を予定する大会となります。本大会の実施の知見がモデルケースとなり、ブラインドサッカーのみならず、多くのIBSAスポーツ再開にあたって、大きな助けとなることでしょう。IBSAもこれまで以上に大会運営組織と連携し、感染症対策をいかに実施していくか準備を進めていきます。 

品川区(特別共催)にとって 
 品川区は2016年4月にJBFAとパートナーシップ協定を締結し、区内でのパラリンピックムーブメント、および共生社会の実現を、ともに推進してきました。WGPでは、2018年の第1回大会から特別共催として参画しているほか、協定の趣旨に基づき、区内学校での体験や区民向け体験会、地域リーグを含む、各種イベントを実施してきました。 

 本大会開催は、感染症予防の観点から無観客になり、これまで多くの関わりをもち、ブラインドサッカーを応援する機運が高まっていた区民の皆さんにとっては残念なものです。しかし、区としては十分な感染症対応を取ることに全面的に協力し、安全安心な大会開催に協力していきます。 

 また、無観客試合が、機運醸成に寄与するか否かは、取り組み次第です。これまで応援してくださった区民の皆さまが、大会の盛り上げやリモートでの観戦に関わることで、共生社会の実現に貢献できるものと考えます。このような難しい社会状況の中であるからこそ、前向きに、適切に啓発していきます。 

Santen(タイトルスポンサー)にとって 
 WGPはJBFA、IBF Foundationと2030年までの長期パートナーシップを結ぶSantenにとっても重要な大会です。SantenとJBFAの共通ビジョンである「“見える”と“見えない”の壁を溶かし、社会を誰もが活躍できる舞台にする」は、Santenの長期戦略にも組み込まれ、WGPはその具現化の重要なイベントです。 

 本大会は、世界各国からのエリートアスリートの参加が見込まれる大会であり、彼らの“ハレの場”の支援は、見えない・見えにくい人たちにとっての希望となり、観るものの障がい者観を大きく覆すものです。彼ら彼女らの強みに気づき、社会が多様性をより広く受け入れていくためにも、安全安心な開催方法を支援し、本大会の成功を全力で支えます。 

 同時に、パートナーとして、社内の従業員および世界の患者さんとそのご家族、全てのステークホルダーに、本パートナーシップの輪を広げ、Inclusion社会の実現を目指します。 

日本障がい者サッカー連盟(JIFF)(後援)にとって 
 JIFFはJBFAを含む7つの障がい者サッカー競技団体とともに、サッカーを通じたインクルーシブ社会の実現を目指しています。また、日本サッカー協会と連携し、サッカー界との連携も深めてきました。地域のサッカーを愛する皆さんが、障がい者サッカーにも当たり前に取り組んでいくこと。それがパラリンピックムーブメントの中で、大きく前進してきました。 

 しかし、コロナ禍では多くの障がい者サッカーが活動停止を余儀なくされました。それは、まだ組織基盤としてコロナ禍で活動を推進できるほど体制が強固ではないこと、基礎疾患のある選手やスタッフもいるため感染症に特に対策を講じる必要があること等が背景としてあります。 

 これまでの強化や普及の活動が一時的に足踏みを余儀なくされているなか、こうしてブラインドサッカーが国際大会を日本で開催しようとする動きは活動再開の後押しとなり、困難な状況にあっても、安心・安全にサッカーが続けられる環境があることを社会に示してくれるものと期待しています。 

 障がい者サッカーは、障がい者にピッチでプレーする機会を提供することだけがミッションではありません。サッカーを通じて、障がいがあってもなくても、一人ひとりの個性が尊重され、社会に活力を創造していくことにつながります。コロナ禍で、障がい者が社会に取り残される面が多々あるなか、本大会が、障がい者のみなさまに加え、多くのサッカーを愛するみなさまとともに、改めて共生社会を考え、推進する契機となるものと信じ、JIFFも開催実現に協力してまいります。 

*   *   *

そうはいっても、本当に感染症を予防して大会が開催できるのか、次回以降、対策の概略をお伝えしていきたいと思います。 

見えない闘いは、ここにもある。 
果たして、開催すべきだろうか。 
果たして、世界は待ち望んでいるだろうか。 
世界が「見えない」闘いにある今、私たちにできることはあるのだろうか。 
答えが見えない中で私たちができることを。 
社会と、皆さんとともに実現できるやり方で。 
それこそが、私たちにとっての闘いなのだから。 


文責 
松崎英吾(NPO法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事兼事務局長) 
宮島大輔( Santen ブラサカグランプリ 2021 運営委員長)