『私は言葉なんて知らなかった。』


まだ言葉なんて知らなかった

あの頃の私は

「いやだ」と言うかわりに思いっきり泣き叫び

「だいすき」と言うかわりにあなたに思いっきり抱きついた

今こうして新しい言葉を覚えるたびに

大事なものが一つ一つ消えていくような気がするの

誰かに罵声を浴びせられた時も

お医者さんに余命を告げられた時だって

言葉に惑わされることもなく、言葉で傷付くこともなかった

この手紙にありったけの言葉を書いて、ビンに詰めて

満月の夜に海に流すの

私から言葉が消えて

思いだけが残りますように、って

病室に差し込む月明かり

どんな言葉よりもやわらかい


さよなら、、言葉。


おかえり、、永遠。


もはや私は私ではなくなり、この美しい夜空の秘密と共に溶け去る


……、

……、

……。


私は言葉なんて知らなかった。


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