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Kについて

頭がおかしいと言えば、私は真っ先にKという友達を思い浮かべる。彼女は中学生の頃から当然のように未成年飲酒や未成年喫煙、援交をしていた馬鹿野郎だ。小学生の頃に喧嘩をしたことがあったが、その時に包丁を向けられたことがある。羽も生えていない雛鳥を踏み殺したり、今年のエイプリルフールでは『彼氏酒瓶で殴った!でもエイプリルフールだから全部嘘になるし本当に良い日だよな!』とか言ってぎゃはぎゃは笑いながら走っている動画が送られてきた。本当に殴ったのかは知らないけれど、Kはそういうことをしでかしてもおかしくない人間だった。付き合う人間だって、ツイッターで「あ〜女殴りたい。首絞めたい。セックスしたい。誰かDMください!」となぜかすぐにDMを求める自称DV系メンヘラ彼氏ばかりだった。Kに「なんでそんな奴と付き合うの?」と聞いたら「謝るのが好きだから」と言われたことがある。あの女、私には是が非でも謝らないのにな。

ところで、不登校の友達が多いんですけどね。Kも例外なく不登校だった。たまに学校に来たかと思えば、なぜか体育の授業を終えて着替える時間になると、必ず私に喧嘩を売ってきた。それはもうバカスカと思い切り蹴って大声で罵倒してくるもんだから、応戦してバカスカ蹴り返して罵っていた。Kの家に泊まりに行った時は、いきなり心霊スポットに行ってくると出て行って、部屋に一人にされたことがある。何か持って帰ってきたら嫌だなァと思ったので、帰ってきても家に入れなかった。体育の授業で創作ダンスというものがあった。2クラス合同なのだけれど、隣のクラスはクラスの女子全員で踊ると言うのに、私のクラスの女子はなぜか私とKとF(血が滲む話でリスカしてた女子)と、もう一人の女子をハブった。なぜ。私が全員でやればいいじゃんと言ったが、「いやほんまごめん。無理。ごめん」と、Kたちを見てから私に申し訳なくなさそうに謝られた。つまりは彼女らが嫌なので、友達であるお前が引き取れという話だった。嘘つけよ。あたしのことも嫌いだったんだろ。NOと言える人間で大変よろしいですね。Kは結局本番も来なかったし、私たちは三人で孤独に『Toxic』を踊った。ちなみに私はビックリするほどダンスが下手だ。

恋人に猛アタックをしていたころ、Kみたいな人間と友達だと知られないように必死に隠していた。本気で類友だと思われたくなかったのだ。恋人にバレるわけにはいかなかった。在学中は結局疎遠にはならなかったけれど、中学を卒業してすぐにLINEを全部消した。Kだけじゃなく友達全員のLINEを消した。みんな嫌いだったからです。たぶん人生で一番楽しかったけれど、人生で一番煩わしい記憶でもあったからです。消して消して消して、その後Kが家まで来て、またLINEを交換させられた時はさすがにビビったが、また消して。完全に中学のことは無かったことにしようとした。高校生になれば「やっぱ学校のガラスって頻繁に割れるもんじゃなかったんだな」って感動していたし、そうやって穏やかな学生生活を送ろうと思っていた。
そんなある日にKと会った。私は自転車通学だったから、登下校はKが住む地域を通らなければならない。Kと恋人は同じ地域で近所に住んでいたから、下校の際はKの家の近くを通らなければ恋人の家には行けなかった。Kは卒業式に見た時よりも髪が少し長くなっていたくらいで、ほとんど変わっていなかった。私も高校の制服を着ているだけで、メイクもしていなかったし髪型も変わらない。
「暇なら遊ぼ」
と言われて、私は何も考えずに自転車を降りてKについて行った。何か適当なことを言って帰ればよかった。なんのためにLINE消したんだろうな。私は馬鹿だから、たまにはいいかとしか思っていなかったんだろう。玄関を入ってすぐ左手にあるKの部屋に入った。
全然知らない男がいた。前髪が長い男だった。すぐに新しい彼氏だって分かって、分かったけど、全然意味が分からなかった。帰ろうとしたら「あー、いい。コイツ追い出すから」とKは言って、男の荷物を全て玄関の外に投げた。男も驚いて、何してんの?は?意味分からんねんけど。なんなんマジ。キショいってお前。みたいなことを言っていた気がする。あまり覚えていない。全然知らん男はKの髪の毛を掴んで下に引っ張り下ろした。Kは振り切ってさっさとどこかに向かったかと思えば、包丁を持って戻ってきて、「いやお前がキモいから。はよ消えろや」と笑いながら脅していた。Kのことは頭のおかしい女だと思っていたけれど、やっぱりイカれてんだな。Kがこういうことをするのは私にだけだと思っていた。ほら、友達だから許されるノリみたいなのがあるでしょう。Kが包丁を持って脅すのは、私にしかしないことだと思っていたのだ。コンパスの針を刺そうとしたり、熱々の半田ごてを当てようとする同級生たちのおかげで私はすっかり慣れているから、私だからKは許されているのだと思っていた。
男は帰っていった。私は包丁を握る手を見つめながら男のことを少しだけ聞いた。やっぱりツイッターで知り合って付き合うことになった大阪の男らしい。Kのせいで裏垢男子はみんな大阪人だと偏見を持つようになってしまった。大阪には申し訳ない。そう言えばFは元彼に酒瓶で殴られていたし、もやししか食べさせてもらえなかったと言っていた。その男も大阪人だった。

Kのことが少し怖くなった。K自身やKの行動がというより、Kのこの先を考えるのが少し怖かった。高校はちゃんと行くのか。大学には行くのか。行かないなら就職するのか。就職しないならバイトはするのか。コイツのこの生活はいつまでが有効期限なんだろう。死や宇宙について考えているうちに不安になるのと似た感覚だ。逆恨みされて刺されたらどうすんだよって思った。Kが刺されて死んだって、全然悲しくならないんだろうけど。
すると突然なぜか「もうお前と友達やめる。死ね」とKが言ってきた。「帰ったるわボケが。ゴムしろ馬鹿」とだけ言って、私は帰った。帰るよ、そりゃ。なんのために全員のLINE消したと思ってるんだよ。友達をやめるためだ。私はもう中学時代のような頭のおかしい連中と関わりたくなかった。中学のことは全てなかったことにして、窓ガラスが割れない代わりに人間関係が壊れやすい高校で、不本意に強くなってしまったメンタルで生きていこうと思っていたのだ。

自転車にまたがって走り出そうとした時、追いかけてきたKはハァハァと少し興奮気味で、「これあげる」と言って私の手に何かを落とした。見ると3匹の蚊の死骸だった。「死ね!」と叫んで帰った。どいつもこいつもいらない土産ばっか渡してきやがって。


2022-7-31