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血が滲む話

私の小中時代の思い出は中々強烈だった。小学校4年生のとき、いきなり怒り出してコンパスの針で刺そうとしたうえに、号泣しながら3階から飛び降りようとしたクラスメイトの男子がいた。もう4年生にもなれば皆慣れたのか、号泣しながら大激怒している彼から少し離れたところで、「アイツ、キレたら何するか分からんよな」「いや毎回自殺しようとしてるやろ」「この高さで死ねるかァ?」なんて会話をしていた。以前書いたホイコーローの話では記載してなかったけれど、火を消すクラスメイトたちは本当に冷静で、燃えていることに気付いたときでさえ、さっさと机を離してバケツの水をぶっかけていた生徒もいれば、気にせずノートを写していた生徒もいたくらい、こういうことに慣れていた。私も淡々とノートを写していた一人である。この頃は真面目だったな。感心。他の思い出は書き出すと長いので省きます。

強烈な記憶の中の一つ。中学二年生の頃、腕に傷を付けていた友達がいた。所謂自傷行為、リストカットというやつをしていたわけで。べつにリスカをしていた理由なんて興味がなかったし、向こうも何も言わなかった。中学二年生という魔の時期だったからなのかもしれないし。普段から死にたいとか辛いとか言っていることもなく、舌ピを開けた時に出た大量の血で赤く染まったティッシュの写真を突然送ってきたり、リスカをしたせいでボコボコザラザラとした腕を触らせては大声で笑ったりするような女だった。彼女は今も健やかに問題を起こしながら生きている。
ある日の放課後、その友達はついに泣きながら教室で腕を切りだしたことがあった。私は部活をサボっている部員を呼びに行っていただけで前後の出来事など知らなかったけれど、たまたま自分の教室を覗いたら二人の友達がいて、片方が「もう死にたい!死ぬ!」と泣きながら腕を切っていたのに対して、もう片方が手拍子をしながら「OKでーーす!」と言っていたのを目撃した。夕日でオレンジに染まった教室と、ずっと前に冷房が切られたせいで蒸し暑かった空気と、セミの絶叫と、 バレー部の走り込みの甲高い掛け声で、「マジでクソみたいな風情」とか思っていた。やっぱ人間暑いと頭がおかしくなるんだ。

そういうわけでなぜかリスカを体験してみようってことになった。どういうわけかは中学二年生の時の私に聞いてほしい。中学生とは馬鹿で愚かでどうしようもないから、その場のテンションでやっちまっただけだろうな。さっきまで号泣していた友達はケロッとした顔で「いつもあたしがやってるみたいにやるわ」と言って、私の腕にカッターナイフを押し付けてきた。
結論を申しますと、切られた後は痒かった。夏だし、私は別にリスカなんてする理由もないし、親や他の友達に見つかったらどうなるか分からないし、痕が残られても困る。あまりにも私が文句を言うもんで、友達は頼りない細い線ができるくらいの力でカッターを引いた。それが3、4本。そもそも痛みに強いので切ったときは大して痛くもなかった。数日もすれば消えて無くなるような傷で、カサブタができたころが痒いなぁとしか思わなかった。友達に「マジで痒い。痒いからお前もやめたら?」と言うと、「じゃやめる」と軽く返された。結局彼女がやめたのは中学三年生の冬頃だけど。高校生のうちにしていたのかどうかは知らない。彼女の腕には薄らと茶色い痕が残っている。

この話を書いて思い出したが、私がいつも使っているカッターナイフは、中学校を卒業してしばらくした頃に友達に貸してくれと頼んだら、「もう使わないからあげる」と言われてそのままもらったものだ。友達は「あたしがリスカしたときに使ったやつだけど!笑」と笑いながら帰っていった。きめェ~と悪態をつきつつ何も気にせず使って、それから切れ味が悪くなった頃にふつうに入れ替えた。