見出し画像

名もなく貧しく美しく (1961) 東宝

松山善三監督

松竹から東宝に移った
松山善三の第一回監督作品。

主演は 松山監督の奥様である
高峰秀子さんと 小林桂樹さん。

耳は聞こえず、口もきけない者同士の
感動的な人間愛のドラマだが
この種の映画は 観客を呼べないというジンクスがあったが

高峰・小林の手話猛特訓、地方キャンペーン
試写会、大スペースの新聞広告等々
文部省の特選推薦もあり ジンクスを破って大ヒットとなった。

またこの映画は
当時の皇太子殿下、美智子妃をはじめ 皇族方がご覧になった。

劇場の二階正面の前列に 皇太子殿下と美智子妃
その左右に 松山監督と秀子さん。

その後ろから 女官、侍従、皇室関係者・・
あとは最後列まで びっしりと護衛で埋まり
ロビーへの各扉にも 私服の護衛がついたそうで
大変な騒ぎだったそうだ。

そして翌年からの数年で 皇太子ご夫妻は
高峰秀子さん主演の映画を 三本もご覧になり
美智子様と高峰さんの間には 深い親交が結ばれたようです。

秋子(高峰秀子)は 幼い頃の病気で聴覚を失ったが
聾学校で手話を学び
相手の唇の動きを見て 不明瞭だが会話も出来る。

終戦間近い 昭和二十年
当時、秋子は あるお寺の嫁だった。

ある時、空襲の中で助けた
アキラという孤児を 嫁ぎ先に連れて帰り 育てていたが

留守中、アキラは家族によって 孤児院に入れられ
その後、夫が病死すると 秋子も離縁された。

しかし 実家に帰っても
優しく迎えてくれたのは 母・たま(原泉)だけで

姉(草笛光子)は 障害を持つ妹を嫌い
弟(沼田曜一)は 身を持ち崩した前科者で
ふたりは 秋子に冷たかった。

ある日、秋子は聾学校の同窓会で
片山道夫(小林桂樹)と 出会う。
道夫は生まれつきの聾啞者で 話すことも出来きない。

はじめてのデートは上野動物園。

以前から秋子を 知っていたという道夫は
戦争により 動物がすべて処分された
空っぽの檻の前で プロポーズした。

秋子は躊躇するが
その帰り、駅の改札で 呼び止められた道夫は
聞こえぬがゆえ、気づかず通り過ぎ 駅員に殴られた。

秋子の必死な、たどたどしい説明で
何とかその場を切り抜けた二人。

ここで秋子は 結婚を決意する。
「私たちのような者は 一人では生きていけません」

やがて二人の間に 元気な赤ちゃんが生まれる。
「聞こえてる、聞こえてる!」

だが、ある夜 夫婦はこの子を事故で死なせてしまう。

雪の降る夜、ふと目を覚まし
ハイハイで 布団から抜け出した子は
玄関の土間に落ち 火が点いたように泣き叫ぶが
両親は寝入ったまま 気づかなかったのだった。

失意の中、路上の靴磨きで生計を立てる夫婦。

しかしやがてまた、男の子が生まれ
今度は 秋子の母・たまも 同居することになった。

夜は道夫の腕と
仕切りの向こうで寝ている 母の腕を紐で結び
子供が泣くと 母が紐を引いて知らせた。

道夫は印刷工場に職を変え 秋子は洋裁の内職
かつかつの暮らしだが 平穏な日々が過ぎていく。

こうして 貧しいながらも必死に育て
小学生に成長した 息子・一郎だったが
だが、成長と共に次第に
障害を持つ両親を 疎んじるようになる・・・

この映画で 心を揺さぶられるのは
夫婦がお互いに 心底からの思いやりを持って
ひたむきに 世の中に立ち向かっている姿です。

言葉にすると 薄っぺらいのですが
その姿が美しいです。

秋子の弟に 道夫がお給料を騙し取られたり
内職の為のミシンを奪われたことに 秋子が絶望し
死を覚悟で 家を出るシーンがあります。

追いかけて 同じ電車に飛び乗った道夫が
ふたつの車両を挟んだ 連結部のガラス越しに
秋子を説得するシーン。

この映画のクライマックスと 言えるシーンですが
道夫の説得が 観る者の胸に強く響きます。

秋子「私たちは、もうおしまいです」
道夫「なぜ、あなた一人が 苦しまなければならないのですか」
秋子「私たちは苦しむために 生まれてきたような気がします」
道夫「どうしても行くのなら 僕も一緒に逝く」

この道夫の ぎりぎりの想いを 台詞ではなく
観客は 手話で、字幕で読まされるのです。

また、素晴らしいのは
原泉さん演じる 秋子の母・たまです。

たまは、いつも明るく前向きです。
しかし勿論、幼い頃の秋子に障害を残してしまった
母親の責任を 片時も忘れることはありません。

ラストに近づいて 高学年になった息子・一郎は
両親を思いやる 精神的な成長を見せますが

母の内職の仕立て代が あまりに安いことに怒り
悔しがります。

「お父さんも、お母さんも 耳が聞こえないから
 みんなに騙されるんだ!」

このとき、たまは言います。
「騙されたって、損したって、こうしてみんなで無事に
ご飯が頂ければいいじゃないか」

そして静かに続けます。
「おまえにも いつか分かる時が来る。
 お母さんたちは いつも下に下にと
 謝るように生きてきた。
 そんな思いで泳いできた。
 おばあちゃんは偉いと思うよ」 

優れたいい映画でした。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?