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旅の始まり

小学校に行き始めた頃から、私は自分が周りの人たちから3センチくらい浮いているような感覚をおぼえるようになった。私の言うことが周りの友だちや大人たちに理解されないことや、反対にみんなが当然として受け入れていることがなんだか私にはしっくりこないことが増えていった。

中学生・高校生のときは、与えられた課題をこなすのに毎日必死だった。勉強、部活、スピーチコンテスト。○○が好きなんだ、将来は○○がやりたいんだ。輝く目で語っていた友達が、試験前になるとそろって同じ科目を勉強している姿は不思議に思えたけど、そんなことは気にしないで私も勉強に集中しようと、自分に言い聞かせた。私の周りでは、みんな、良い大学に入って、卒業して、手に職を持つというひとつのゴールに向かっているようだった。それじゃあエスカレーターに乗るために一生懸命助走つけてるみたいじゃない、と思った。

でも私は、そんな自分の声に聞こえないふりをした。私にとっていちばんこわかったことは、自分のことばがだれにも伝わらなくなることだった。だから私は、伝わらないことは、はじめから言わないことを選んだ。そして気づいたとき、私はもう自分のほんとうの声が何なのか分からなくなっていた。

でも、ある時とある恋愛小説を読んでいてふと気づいた。自分のことばで語ることをあきらめてしまったら、ほんとうに理解しあえる相手とも出会えないのだということを。そしてそれは、私が求めていたたったひとつのことだった。

だから私はもう一度、さがすことにした。

声の出し方を、忘れてしまうまえに。

こうして私の旅が始まった。自分のことばをとり戻す旅が。

(2020年6月)


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