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気持ち。

 私は深夜1時を越えると寝れなくなってしまう。自分を責め立てるだけの今日の反省会を終えた後、勝手にこの世の中の被害者の会を設立して頭の中で活動し始める。だから夜中は怖い。夜の暗さに甘えて弱音を吐いてしまう自分も、闇に囲まれて実際の立ち位置を見失う自分も全てお昼の私とは全く違う。

 この日も確かそうだった。一人反省会を終えてから、ネットサーフィンをしていた。
「思うようにいかない毎日。それでも私たちは救いあえる。」
 そんな言葉が目に入った。やわらかい日差しの中、暖かい空気を纏った男女二人が映るポスターが目に入った。これが「夜明けの全て」との出会いだった。
救われたい。ある意味、刺激を求めていたんだと思う。辛い毎日に向き合わなくてもいい何か。私を夢中にさせてくれる何か。もしかしたら、この映画は私を夢中にさせてくれるかも。そんな祈りをこめながら映画館へ足を向けた。

 本編が始まった冒頭。雨の中、バスのロータリーに傘も刺さずに倒れこむ藤沢さん。時間通りに進むバス。それに乗り込む人々。当たり前の行動の中に、彼女だけ取り残されていく。社会に適応するってこんなに小さいことから始まっていたのかもしれない。雨に打たれながら倒れ込む彼女を支えれくれるのは母親だけ。PMSを患っている彼女は、ごくたまに感情が爆発してしまう。自分でも良くないと思いながらも「私、何か間違ったこと言ってる?」と言ってしまう。
 実はこのセリフ、私も言ってしまったことがある。どうしても我慢できなくて、「なんで私だけ我慢しなきゃいけないの!?私、間違ったこと言ってる?そんなに、ダメなこと!?」と泣き叫んだことがフラッシュバックした。なんでこんなことを言ったのか今はもう覚えてないけど、笑
 劇中で何度か繰り返される藤沢さんの怒りに似たような泣き叫ぶシーン。自分を見ているようで、理不尽な怒りをぶつけてしまった罪悪感に襲われて涙が止まらず、ゆっくり鑑賞することができなかったので一度離席することに。それくらいしんどい場面だった。

 そんな藤沢さんと相容れなかった山添くん。彼はパニック障害を患ってしまい前の職場の上司の紹介で自分のペースで仕事ができる栗田化学へ。きっと栗田化学へ来たばっかりの彼は、自分がパニック障害になったことも栗田科学へ来ることになったのも(前の職場は大企業そうだった)全部受け止めきれずにいたんだと思う。味がノイズになってしまうため刺激だけを求めて炭酸水を飲む彼。その、ペットボトルのキャップを開く音が気になってしまう藤沢さん。藤沢さんは叫びなき、山添くんは知らんぷり。社会を生きていくのに余裕のない二人は何回も何回もぶつかってしまう。

 私もずっと藤沢さんと同じような経験をしている。教室の端の方で話している友達の声が煩わしく聞こえてしまい自分じゃどうすることもできなくて泣くことしかできなかった小学生の頃。今だって完全に自分がノイズと感じてしまう音をなくせるわけじゃない。イヤフォンをして大音量で自分の世界に入るという対処法を身に付けたけれど、いつでもどこでもそれが通じるわけじゃない。だから苦しい。

 藤沢さんと山添くんはお互いわからないながらになんとか寄り添っていこうとする。恋人ほどお互いを干渉せず、友達ほど無責任じゃない距離感で。自分の生きづらさはどうにかできないもどかしさを抱えた彼らだからこそ、相手の生きにくさに敏感で寄り添おうとする。パニックになって会社に帰ってきた藤沢さんに、山添くんは「藤沢さん、しばらく一人で怒っててもらってもいいですか。」と声をかけた。不器用極まりないけれど、宥めず藤沢さんが寂しく感じないように真正面から向き合おうとするのは山添くんだけだったのかもしれない。

 私にも私の山添くんがいてくれた。私の山添くんは女性だったし、今は遠くへ行ってしまったけれど、今も私の原動力だ。尊敬する遠くの存在の人でもあるし、お姉ちゃんみたいな柔らかく近くにいてくれる人でもある。困ったときに相談したら、ゆっくり背中をさすりながら「大丈夫だよ」と言ってくれる。アドバイスを求めたときは忖度なく真っ直ぐな言葉をくれる。ちなみに私の山添くんは口下手じゃないし、どちらかというとみんなに好かれているような人。だから尊敬する人。

 話は映画に戻るが、藤沢さんは会社の人たちにお菓子を配るシーンがある。「気が使える」という言葉で一掃できてしまうんだろうけれど、私には自己犠牲に見えて仕方がなかった。何かを差し出して感謝されることでしか意味を見いだせない。きっと私の価値はそこじゃないのに、どうしても体感しないと安心できない。きっと藤沢さんはそんなふうに感じていたのじゃないかなと心配になる。お節介かもしれないけれど。自己犠牲で生きてきた藤沢さんと、合理的であまり踏み込まれたくない山添くんは正反対だけど暖かい人、知らないことを受け入れていく 真正面からものを見てくれるという点で同じ人だったんだと思う。
 きっと藤沢さんと山添くんが生きづらさを抱えてなかったとしても分かり合えたんだろうな。

 ここまで読んでくれている人がいるとしたら、あなたも随分暖かい人だと思う。きっとあなたも藤沢さんや山添くんと同じ世界線の人間なんだと思う。私は、PMSでもパニック障害でもないけれど、電車に乗るのが困難な時がある。人混みにいるとイライラしてめまいがする時がある。だから勝手に山添くんに共感したりした。時間通りに来る電車に乗れない、目的地じゃない駅で途中下車してしまう自分が社会のサイクルに馴染めてないと感じて辛いんじゃないかなって心配になってしまった。

 「夜明けより暗い瞬間はない。」元はシェイクスピアのマクベスに由来しているらしいけれど恥ずかしながら私はこの映画で初めて知った。夜明けが一番暗いにしても雨が降ってなければ星が見えるかもしれない。雨が降っていても遠くでは星が輝き続けている暗闇なんてことはない。でも光が弱いから、暗闇に感じてしまうのかもしれない。月が1.3秒のラグを持って地球に届くように、誰かの優しさが今届いてないだけでもう少し後になって届くかもしれないし、私が誰かに差し出している気でいる優しさもまたラグを持って誰かに届くかもしれない。届いてほしいね。

 もしかしたら雲で隠れて星の明るさが霞むように目の前の生きにくさで誰かの暖かさが見えなくなってるのかもしれない。でもきっと晴れたら気づけるはず。誰かを助けるなんて烏滸がましくて、楽だなって思ってもらえるもののお手伝いができればいいなと思っている。

 山添くんも、藤沢さんも、私も、私の山添くんも、そして読んでくれているあなたも。明日が暖かい空気で満たされますように。あなたらしく生きれますように。

 長文、乱文にて失礼しました。

P.S『夜明けの全て』もう一度見にいこう。松村北斗くんめっちゃかっこいいよね。


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