佐藤弓生の「近・現代詩おぼえがき」第8回:雨の詩の匂い
雨の匂いというとまっさきにアポリネールの視覚詩「Il pleut」を思い出した。
窪田般彌訳では「あめがふる」と表記された題の五行の詩で、活字は原文と同じく左上から右下へ、流れるように斜めに配置されている。その最初(左端)の行では
あめがふる おんなたちのこえが おもいでのなかでさえも しんでしまったように
と、いかにも湿った追憶がこだまする。
詩は匂わないけれど(詩集は紙の匂いがするけれど、電子書籍ではそれはない)、ランボーの〈Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青、〉(「母音」金子光晴ほか訳)という断定や、音のひとつひとつに色彩を見いだして「色光ピアノ」を実現化しようとしたスクリャービンの無謀を考えると、詩に匂いを感じるくらいはありふれたことという気がする。
日本語では文字を上から下へ辿るのは自然なことだから、すんなり雨のイメージに入ってゆける。でもアルファベットを縦に並べるのは不自然なことだから、百年前のフランスではこの詩はとても斬新に映っただろう。自然さは感傷に、不自然さは革命になる。日本の詩歌を横書きにすることはスタイリッシュではあるが、革命まではいたらない。日本語にとって感傷は宿命だろうか。
calligramme "Il pleut" 画像引用元
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ilpleut.png?uselang=ja
初出:「KanKanPress ほんのひとさじ vol.2」(特集 雨の匂い)2016年6月
http://www.kankanbou.com/kankan/item/726
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