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香港の黄昏の工場街を歩く・観塘編

 1950年代~80年代にかけて、香港はプラスチック製品(ホンコンフラワーや玩具や日常雑貨などなど)、衣料品、部品やOEM商品などなどさまざまな「香港製造」製品を世界各国に送り出していた。
 そのためあちこちに「工場街」が存在する。たとえば東九龍エリアの新蒲崗、観塘、九龍湾、油塘や九龍西側の大角咀や長沙灣、香港島なら柴灣や黄竹坑などなど(ほかにもいろいろある)。
 さらに工場街にはいくつもの会社の工場が入った「工廠大廈」「工業大廈」と呼ばれる工場ビルが建っている。土地が狭く、地価が高い香港ならではの超集約的なビルなのだ。
 70年代、80年代初めの工場街は活気に満ちた場所だっただろう。かつての香港映画にはこの時期の工場やそこで働く若者たちがしばしば登場した。
 しかし、80年代後半あたりから香港にあった生産拠点はコストの安い中国大陸に移りはじめ、香港の製造業は徐々に斜陽化。工場街もじわじわと衰退していき、21世紀に入ると、工場ビル内には空き室が増え、工場街全体の「シャッター街化」も進んだ。
 いまや工場街地域の再開発(活化)が大きな課題となっており、政府や土地やビルのオーナーや中国大陸のディベロッパーが金儲けのチャンスを狙って虎視眈々としている状況だ(個人の感想です)。

 そんな香港の工場街をここ数年、散歩するようになった。
 もともと消費の街ではなく、モノづくりの場である工場街は基本的にぶっきらぼうで、ちょっと殺伐とした雰囲気にちょっと惹かれるところがある。
 静かになってしまった工場街で、香港独特な工場ビルを眺めつつ、往時の賑やかな状況を想像してみたり。これから大きく変化していくだろう工場街という香港現代史の重要な場所をいまのうちに見ておこうという思いもある。

大型工業エリア観塘を徘徊 

 たとえば観塘の工場街。地図で見るとMTRの観塘駅から牛頭角駅(当時はもちろんMTRなど走っていなかったが)の線路の下側(南側)に広がるちょっと雑に切ったピザの切れ端のようなエリアだ。
 かつての啓徳空港からも近く、港もある観塘は1950年代に埋め立てが行われ、南側に大型工業区が作られたのである。

 観塘の駿業里という細い道(北側の商業地域へ抜ける階段あり)から駿業街へと歩いていくと、えらく年季のいったビルが建ち並んでいるのが見えてくる。時々ふるーいビルの横にピカピカの超高層ビルが入り混じったちぐはぐな光景だ。

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       【全体に灰色っぽい雰囲気?の工場街】

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       【唐突にピカピカのビル、唐突にアート】


 やがて登場するのが駿業街と鴻圖道の角にある新榮大廈。62年竣工。茶色い外壁の古び方がいかにも歴史を感じさせる。観塘工業地区が賑やかだった時期を知っているビルだが、今は1階にいくつかの小さなレストラン、2階に雀荘が営業しているくらいで、小さな工場や作業場がいくつも入っていたような上層階は静か。ほとんど稼働していないようだ。キュートな看板の華悦海鮮酒家はすでに閉店している。

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     【62年竣工。歴史を感じさせるシブイビル新榮大廈】
 

 新榮大廈はなんといって形が面白い。ブロックのおもちゃで組み立てたかのよう。直方体の4分の1の四角柱が切り取られV字型のようになり、低層階では四角柱の半分の三角柱が復活し、三角形のテラスがあるという形(図形苦手だったので、間違っているかも)。
 この三角柱部分にレストランなどが入って栄えていた雰囲気である(
 建てるうえでは効率的ではない形だと思うが、上層階の風通しがよく、工場が入るとしたら機能的。実は観塘では上層階がV字形、低層階で三角柱で両翼がつながったような構造のビルをいくつも見かける。

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 歴史を感じさせる新榮大廈の向かい側にはがらりと趣の異なるコンクリートっぽい「世紀工商中心」が。丸みのある部分は階段か? 83年竣工で、新榮大廈より20年ほど若く、ドライでモダンな感じだ。工場と商業のどちらもOKなニューウェーブなビルだったと思われる。だがこのビルにも新榮大廈と同じように低層階にテラスがあるのだった。


海邊街?の工業ビル

なお、観塘の工場街を歩いていると高層階V字、低層階に踊り場のある古い工場ビルとちょくちょく出くわす。60年代、70年代の工場ビルの流行の形だったのだろうか?

さらに観塘の工場ビルを見て回る

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牛頭角観塘工業青ビル

      【偉業街にある大好きな工場ビル・美嘉工業大廈】


 観塘に初めて来たとき、ひと目見て工場っぽいビルだと思ったのが偉業街の美嘉工業大廈だ。
 全体が濃い青色で塗られ、フロアを仕切るような柱はちょっと暗めな赤。ビル全体が横に広がっている。
 72年、観塘工場街の隆盛時に誕生。その時の工場街の雰囲気をこの青い壁は示しているのか?かなり古びてきているが、毎回見惚れてしまう工業大廈だ。窓から灯りが見える部屋もけっこうある。
 ちなみに香港の工場街、壁が青色や水色に着色された玩具っぽい工廠大廈がけっこう多い。

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【美嘉工業大廈の隣のビル。壁をつたう煙突?が気になる】
 美嘉の隣にあるクリーム色のビル(階段部分など一部オレンジ)も玩具っぽい形で好きだ。よく見ると、下の階のほうから煙突(通気口?)風なものが壁を伝って屋上まで伸びている。

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 青色系列の工場ビルでは創業街にある美亜工業大廈も印象的だ。窓下の水色が軽やかで、なんだか小粋な雰囲気。こちらはキッチン用品のメーカーのビルで、旗艦店も入っている現役感の高い工業大廈である。

ゆったりとした角丸の工廠ビルも

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 観塘工場区のピザの切れ端の鋭角部分、牛頭角駅近く観塘道沿いにあるのが麥史威(Maxwell)工業大廈。ゆったりとしたカーブの角丸ビルだ。1967年、暴動の年に竣工。その後の香港の工業や経済発展と共にあったビルの一つだが、こうした大きくゆったりとした工業ビルは広い通りにあまり面していない観塘ではここだけの気がする。てっぺんに英語でMAXWELL、そして緩やかに丸い壁部分に漢字縦書きで「麥史威工業大廈」とあるのも素晴らしい。
 階段部分の小さな窓(田のマークのよう)、低層階の細かく区切られた窓など、毎回見入ってしまうのだった。 








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