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タバコ

昔一本だけタバコを吸ったことがある。

5年前の二十歳になったすぐの時だった。

びっくりする程むせてしまい、大しておいしくなかった。だけど貰いタバコだったもんで、きちんと一本吸い切った。

感想を聞かれて正直にまずかったと答えると、ケタケタと笑っていたのが印象的だった。

以来私はタバコも吸わず、むしろ嫌いな方なんだよね。でもなんとなく、タバコを吸うのがかっこいいと思える時もある。

このかっこいいってのは昔のCMでよく見たダンディな男性がタバコを咥えたり、マフィアのドンが葉巻を吸ってるのがかっこいいってのではなく、ここで言いたいかっこいいはしがれた老人の吸う安タバコのことである。

タバコは浮浪者から貰ったものだった。アルミ缶やスチール缶をゴミ袋に詰めてチャリを漕いでるあの人達だ。

福岡の某所をフラフラしてると、チャリに乗ったおじいさんがフガフガ私に話しかけてきた。

宗教家や酔ったおっさんに絡まれることはよくあったので、浮浪者に絡まれるのも想定の範囲内ではあったのだけど、お金取られるのは嫌だななんて思ってた。

浮浪者は笑顔でフガフガ言ってたので、敵対的ではない人なんだとか思った時に、日焼けした缶ピースから一本抜き取り渡された。縁石に座り、貰ったライターで火をつけた。

そんでまずかったって言ってあげた。ピースを吸うその人を見ていると、決して憧れる存在でもなければ、好かれる存在でもなかったと思う。
でも、フィルターギリギリまで吸い切ろうとするみそぼらしいその人を見て、強いこだわりを感じた。

缶を売って生活しているような人間で、日焼けすぎた缶ピースから震えた手でタバコを取り出し、ひしゃげた声で昔話を語り、未来ある若者の時間を浪費させている。

でも私の目にはその人がかっこよく見えた。
缶ピースという言葉を覚えたのも、そのときだった。

2回目に聞く機会があったのはそれから数ヶ月後のことだった。
私はたまにプレバトという俳句番組を見ているのだが、その中で梅沢富美男さんが『缶ピース線香がわり墓洗ふ』と言った句を残した。

お盆に父の好きだった缶ピースを墓前に供え火をつけて祈るといった旨の句であった。

番組中では添削の鬼である夏井いつき先生から語順の間違いを指摘され、梅沢さんがそれに突っかかるといったバラエティーとしては美味しい展開となった。

ただ、数年経った今もこの俳句を覚えているのはこの句にあの人を重ねているからであろう。

5年前に爺さんだったあの人が今も生きているかは分からない。

この思い出を風化させない為にも、僕は2本目のタバコに火をつけることはないだろう。

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