魚とみず③

『魚(うお)とみず』 徳田公華

※本作は2018年の函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞応募作品です。応募した作品を加筆せずにそのまま掲載しております。

【登場人物】

池田 青葉(いけだ あおば・27)   雑誌の編集社の会社員
池田 柊花(いけだ しゅうか・29)   青葉の姉 
北原 海斗(きたはら かいと・5)   麻実の息子

池田 圭子(いけだ けいこ・55)   青葉の母
北原 麻実(きたはら まみ・25)   新田の孫

池田 博史(いけだ ひろし・享年58)   青葉の父
橋本 泰介(はしもと たいすけ・28)   青葉の彼氏
新田 茂吉(にった もきち・62)   池田家の隣に住んでいる、元教員

森野 梨華(もりの りか・21)   青葉の勤める会社の後輩
山田(やまだ・45)      青葉の勤める会社の上司

(②の続き)
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◯木古内・あおき和洋亭苑前(昼)
    青葉たちが乗った車が駐車場に入ってくる。
    車から降りる青葉。青葉の前を家族連れが歩いていく。
青葉「……」
柊花「……」 

◯あおき和洋亭苑・中(昼)
    店員に案内され、奥の座敷に座る青葉たち。
柊花「さて、今日は何にしようかな」
海斗「うーんとね」
青葉「……ここ懐かしいね」
海斗「?」
青葉「お墓詣りの後は、いつもここでご飯食べてた」
柊花「……お父さんね、死ぬちょっと前に 『あおきのハンバーグ食べたい
 な』って、ずっと言っててさ」
青葉「いつも無表情で黙って食べてたのに」
柊花「あれは美味しさを噛み締めてたみたい」
青葉「……お姉ちゃん」
柊花「なに?」
青葉「お父さんの葬儀、行かなくてごめん」
柊花「……」
青葉「全部お姉ちゃんに丸投げしてごめん」
海斗「ぼくもね」
青葉「え?」
海斗「ぼくもハンバーグ食べるの」
柊花「……私もそうしようかな」
青葉「じゃあ、私も」
柊花「青葉はご飯大盛りね」
青葉「え」
柊花「食べられないのにお父さんの真似して『私も大盛り! 』って言って
 たから」
青葉「そうだっけ」
海斗「ぼくも!」
柊花「えっ、大盛り?」
海斗「うん!」
青葉「絶対食べきれないと思うよ」
海斗「ぼくね、たくさん食べなきゃダメなの」
青葉「なんで?」
海斗「大きくなって柊花ちゃんと結婚する」
柊花「海斗〜」
    海斗を抱きしめる柊花。
青葉「お姉ちゃん、無事に結婚出来そうでよかった」
柊花「……何年待てばいい?」
青葉「計算するだけで恐ろしい」
    青葉をこっそり叩く柊花と満足そうな海斗の表情。
      ×     ×     ×
    肉汁がしたたるハンバーグと大盛りのご飯。

◯帰り道・車の中(夕方)
    運転する柊花。青葉は窓の外を眺めている。
    すやすやと眠っている海斗。
青葉「海斗くんってさ」
柊花「私の子供」
青葉「え」
柊花「だから、仕事辞めたのさ」
    一瞬の沈黙の後、柊花が笑い出す。
柊花「嘘。あんたって、変なとこ素直だよね」
青葉「……仕事は?」
柊花「まとまった休みもらってるだけ」
青葉「そう」
柊花「海斗は隣の家の子」
青葉「隣って、新田さん?」
柊花「新田のじいさんとこの孫みたいよ」
青葉「新田さんって子供いたっけ?」
柊花「娘が一人いて、娘さんは離婚した奥さんと一緒に住んでたみたいだけ
 ど」
青葉「そうなんだ」
柊花「先月くらいに突然その娘が来て、海斗を預けっぱなしってわけさ」
      ×     ×     ×
    バター飴を見ている海斗。
海斗「お母さんにあげたいなぁ」
      ×     ×     ×
青葉「……」
    海斗の側には袋に入ったバター飴。
青葉「いつ迎えに来るの?」
柊花「さぁ。新田のじいさんに連絡もないみたいよ」
青葉「そんなに仕事忙しいんだ」
柊花「仕事だとしても最低限、連絡ぐらいすると思うけどね」
青葉「……」
柊花「……子供は親を選べないし、親も子供は選べない。でも愛情を注ぐこ
 とは誰にでも出来ることなんだけどね」
青葉「……」
    海斗の寝顔を見つめる青葉。

◯池田家・外(夜)
    柊花が後部座席の海斗を抱き上げる。
    トランクから荷物を降ろす青葉。
青葉「海斗くん、どうするの?」
柊花「ちょっとうちで寝かせてから帰すよ。新田のじいさん今日遅くなるっ
 て言ってたし」
青葉「そう」
柊花「あんたはどうする?」
青葉「……」
柊花「明日の朝に帰るんでもいいんじゃない」
青葉「……」
柊花「ほら、海斗が風邪引いちゃうからドア開けて」
青葉「……うん」 

◯同・家の中(夜)
    海斗を抱き上げた柊花が入ってくる。
柊花「ただいま。あれ? 真っ暗だわ」
    玄関からそろそろと歩いてくる青葉。
青葉「……ただいま」
青葉「……お母さんは?」
柊花「また湯の川にでも行ったんじゃないかな?」
    海斗をソファーまで運ぶ柊花。
青葉「……」
柊花「青葉、疲れたっしょ? 先、お風呂に入っちゃえば?」
青葉「……うん」
柊花「シャンプーとか適当に使って」
青葉「ありがと」
    青葉、着替えを持って出て行く。
    ソファーで眠る海斗の寝顔を見つめる柊花。
柊花「……」
    家のインターホンが鳴る。
柊花「新田のじいさんかな」

◯同・廊下(夜)
    脱衣所に向かう青葉。
    途中、圭子の部屋へと入っていく。 

◯同・圭子の部屋(夜)
    誰も居ない圭子の部屋。
    棚には姉妹の七五三の写真や柊花の成人式の写真が飾ってある。
    目線を上げると、壁に一枚だけ飾られた写真がある。
    写真には小学生の姉妹と優しく微笑む母、笑顔の父が写っている。
      ×     ×     × 
圭子「……あんたと話すことはない」
      ×     ×     × 
    その写真をそっと壁から外し、二つに破り捨てる青葉。
青葉「……」

◯池田家・玄関(夜)
柊花「はいはい」
    ドアを開けると海斗の母、北原麻実(25)がいる。
    麻実の顔には殴られたような痣。
麻実「……どうも。海斗がお世話になったみたいで」
柊花「あぁ、海斗のお母さん?」
麻実「はい」
柊花「どうもどうも」
麻実「海斗は?」
柊花「一日中、遊んでたから疲れたみたいで、寝ちゃってるわ」
麻実「起こしてもらってもいいですか?」
柊花「いま?」
麻実「はい」
柊花「でも、疲れてぐっすり寝てるみたいだし、もう少しだけ寝かせてあげ
 てもいいんでないかい?」
麻実「……」
柊花「お茶でも飲んでいったらいいしょ」
麻実「そういうの迷惑なんです」
柊花「……」
麻実「早く海斗を返してください」
柊花「一個だけいいかな」
麻実「なんですか」
柊花「……海斗のお母さんはあんたしか居ないんだから。もう少しだけ一緒
 にいてあげてよ」
麻実「分かってます」
柊花「本当は寂しくても、それを表に出さずにずっと待ってたよ。あんたの
 こと」
麻実「……私は私の人生も大切なので」 
柊花「海斗にとっては今この瞬間も大切な人生なんだからさ」
麻実「……」
柊花「海斗のこともっとちゃんと見てあげて」
麻実「分かってますから」
柊花「いや、あんたは何も分かってないわ」
    思わず、麻実の腕を強く掴む柊花。
麻実「離してください」
柊花「あのね、子供は親からちゃんと愛情を注がれるべきなの」
海斗「柊花ちゃん、お母さんが痛いって」
    視線の先に寝起きの海斗。
柊花「……」
    そっと手を離す柊花。
麻実「……海斗、お母さんと一緒に帰ろう」
海斗「うちに帰る?」
麻実「そう」
海斗「お兄ちゃんは?」
麻実「……今朝、出て行った。ほら行くよ」
海斗「うん」
麻実「……お世話になりました」
海斗「……」
    出て行く、麻実と海斗。
柊花「……」 
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(④へ続く)

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