魚とみず⑥
『魚(うお)とみず』 徳田公華
※本作は2018年の函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞応募作品です。応募した作品を加筆せずにそのまま掲載しております。
【登場人物】
池田 青葉(いけだ あおば・27) 雑誌の編集社の会社員
池田 柊花(いけだ しゅうか・29) 青葉の姉
北原 海斗(きたはら かいと・5) 麻実の息子
池田 圭子(いけだ けいこ・55) 青葉の母
北原 麻実(きたはら まみ・25) 新田の孫
池田 博史(いけだ ひろし・享年58) 青葉の父
橋本 泰介(はしもと たいすけ・28) 青葉の彼氏
新田 茂吉(にった もきち・62) 池田家の隣に住んでいる、元教員
森野 梨華(もりの りか・21) 青葉の勤める会社の後輩
山田(やまだ・45) 青葉の勤める会社の上司
(⑤の続き)
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◯池田家・居間(夜)
青葉が居間に入ってくる。
柊花が発泡酒を飲んでいる。
柊花「おかえり」
青葉「ただいま」
柊花「ご飯は?」
青葉「外で食べて来た」
柊花「そう。はい、どうぞ」
柊花から発泡酒を受け取る青葉。
青葉「……お母さんは?」
柊花「まだ帰ってない」
青葉「そっか」
柊花「いい年して、家出癖あるのもどうかと思うわ」
青葉「……」
柊花「明日お父さんの墓参り行くけど」
青葉「……」
柊花「青葉」
青葉「?」
柊花「今回はさ、どうして帰ってきたの?」
青葉「それは……だってお姉ちゃんが」
柊花「葬式の時は帰ってこなかったのに」
青葉「……」
柊花「ま、いいけど」
青葉「……聞かれたの」
柊花「何を?」
青葉「青葉の家族はどんな家族なのって」
柊花「何て答えたのさ?」
青葉「答えられなかった。だって、私は家族のことを何も知ろうとしてこな
かったから」
柊花「……でも、あんたは結局いつも愛されてるんだよね」
青葉「え?」
柊花「昔から、ずっと」
◯(回想)池田家・外
博史が脚立にあがり、外壁のペンキを塗り直している。
近くで遊んでいる幼い青葉と柊花。
博史「二人とも暑くないかい?」
柊花「うん」
青葉「ジュース!」
博史「いまジュースもらってくるから、少し待っててな」
玄関の方へ走っていく博史。
青葉が脚立に近付いていく。
段に足をかけ青葉の足が段に引っかかり、脚立ごと倒れてしまう。
脚立が倒れる大きな音に振り返る柊花。
その音を聞き、博史と圭子が慌てて家から飛び出てくる。
圭子「青葉! 青葉!」
博史「……」
◯元の場所
柊花「あれからずっと二人とも青葉に付きっきりでさ。ケガが治った後も、
また青葉がケガするんじゃないかって。家族で居ても、二人が見てるのは
いつも青葉だった」
× × ×
幼い柊花が立ち尽くしている。
青葉と博史と圭子が楽しそうに話している。
× × ×
青葉「……」
柊花「お父さん、青葉が担当した記事を切り抜いて大切に保管してた」
× × ×
圭子の部屋にあった二冊のアルバム。
新しいアルバムには青葉が担当した記事の切り抜きが貼ってある。
× × ×
柊花「看護師さんにこっそり頼んで、雑誌を買ってきてもらってさ。どんな
に小さい記事でも切り抜いてたって」
青葉「……お姉ちゃんも知らなかったの?」
柊花「私に悪いからって、私の前では見ないようにしてたみたい。別にもう
今さらいいのにさ」
青葉「ごめん」
柊花「それは、何に対して?」
青葉「……」
柊花「あんたはいつも知らないうちにたくさんの人に愛されてて、本当にず
るいわ」
青葉「……」
柊花「だから、あんたには海斗の気持ちも分からないってこと」
青葉「……お姉ちゃんのこともちゃんと見てたと思うよ、お父さん」
柊花「そうゆうの別にいいから」
部屋から出て行く柊花。
青葉「……」
◯池田家・玄関(昼)
起きてくる青葉。
玄関には青葉の靴だけ置いてある。
青葉「……」
◯船見坂近くのお寺(昼)
柊花と圭子がお墓詣りをしている。
そこへやってくる青葉。
青葉「お母さん、お姉ちゃん」
柊花「……」
圭子は構わず、手を合わせている。
青葉「……遅くなってごめんなさい」
無言で帰ろうとする圭子。
青葉「死ぬ前に人は何を思うのだろう。自分は何を考えるのだろう」
圭子「!」
青葉「圭子がずっと側にいてくれて、柊花は昔からずっといいお姉ちゃんで
いてくれて、本当にありがとう。青葉は青葉で東京で元気でやってるみた
いで安心した。子供達が未来を生きてくれる。今はもうそれだけで十分だ
と思える」
柊花「……」
青葉「手紙、読んだ」
柊花「手紙?」
圭子「……」
× × ×
アルバムの一番後ろのページに
何かが挟まっているのを見つける青葉。
青葉「?」
博史から家族に向けて書かれた手紙である。
× × ×
青葉「あれって、お父さんが書いたんだよね」
柊花「……」
圭子「……お父さんが死んじゃう前に、突然手紙を書くって言い出して。そ
んな遺言書みたいなのやめてって言っても聞かなくて。でも結局生きてる
間に手紙はもらえなかったんだわ」
青葉「じゃあ、あの手紙は?」
圭子「お父さん、せっかく書いた手紙をずっとお尻の下に敷いてたんだ。
きっと照れ臭くて渡せなかったんだね」
柊花「……」
青葉「……」
圭子「病室で嬉しそうにね、青葉が書いた記事を読むお父さんを見て、よう
やく分かったの」
柊花「何を?」
圭子「この人、本当は家族のことをすごく愛してくれていたんだって」
青葉「……」
圭子「あの頃、私がお父さんのことを責めなかったら、お父さんはもっとお
父さんでいられたかもしれない」
◯(回想)病院・手術室前
若い圭子と博史がいる。
圭子「どうして目を離したのよ」
博史「すまん」
圭子「青葉に何かあったら……私もう……」
博史「すまん」
圭子「危ないことぐらい、どうして分からないの」
博史「……」
圭子「……あなたは父親としての自覚がなさすぎるわ」
◯元の場所
圭子「お父さんね、入院してからはなんだかずっと嬉しそうだった。不思議
よね、もうすぐ死ぬっていうのにさ」
青葉「……どうして?」
圭子「柊花が毎日のようにお見舞いに来て、青葉の話を聞かせてくれて。青
葉の書いた記事を何度も読んで。あの人は十分、良いお父さんだったんだ
わ」
青葉「……」
柊花「……」
圭子「……だから、青葉にはどうしてもお父さんの葬式に来てほしかった」
柊花「お母さん」
圭子「……でも、もう過ぎたことだから」
青葉「……本当にごめん、ごめんなさい」
圭子と柊花に頭を下げる青葉。
圭子「……青葉」
青葉「?」
圭子「……おかえり」
青葉「……ただいま」
柊花「……」
博史のお墓に向かって、
青葉「……お父さん、ただいま」
◯池田家・居間(夜)
キッチンの明かりだけついている。
青葉が一人で発泡酒を飲んでいる。
そこに圭子がやってくる。
圭子「あら」
青葉「夜更かしだね」
圭子「暑くて、なかなか寝付けないわ」
青葉「……飲む?」
圭子「あんたも飲兵衛なのかい?」
青葉「お姉ちゃんほどじゃないけど」
冷蔵庫から発泡酒を一本取り出して、圭子に渡す青葉。
圭子「ありがと」
青葉「こうやってお母さんとお酒飲むって変な感じ」
圭子「あんたが帰ってこないからでしょ」
青葉「そうだね」
圭子「……東京は楽しいかい?」
青葉「いろんな人がいるよ」
圭子「それはどこも一緒でしょ」
青葉「そうかな」
圭子「悪い男にだけ捕まるんでないよ」
青葉「それは大丈夫」
圭子「柊花もどうするんだかね」
青葉「お姉ちゃん?」
お風呂上がりの柊花がドアの前で、二人の会話を聞いている。
柊花「……」
圭子「酒飲みで、あれじゃあ誰も嫁にもらってくれないわ」
青葉「でも、きっとお姉ちゃんが本気出したら、すぐに相手見つかると思う
よ」
圭子「いつ本気出すのさ」
青葉「それは分かんないけど、でもお姉ちゃんは絶対モテるタイプだと思
う」
圭子「……ふふ、そうかもね。あの子は本当に優しい子だから」
柊花「……」
青葉「でも、あれは飲みすぎ。外の缶ゴミ見てびっくりしたもん」
圭子「だからさ〜。いつも言うんだけどね、飲みすぎるんでないって」
居間から聞こえてくる、青葉と圭子の笑い声を聞いている柊花。
柊花「……」
そっと居間に入っていく柊花。
柊花「あれ、珍しいね」
青葉「お姉ちゃん、はい」
青葉、柊花に発泡酒を渡す。
柊花「……ありがとう」
青葉「じゃあ、せっかくだから乾杯でもする?」
柊花「何にさ?」
青葉「……家族が久しぶりに揃った祝いでも」
圭子「だから、あんたが帰ってこなかっただけでしょ」
柊花「まぁまぁ、それじゃあ乾杯」
乾杯をする三人。
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(⑦へ続く)
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