魚とみず①

『魚(うお)とみず』 徳田公華

※本作は2018年の函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞応募作品です。応募した作品を加筆せずにそのまま掲載しております。

【登場人物】

池田 青葉(いけだ あおば・27)   雑誌の編集社の会社員
池田 柊花(いけだ しゅうか・29)   青葉の姉 
北原 海斗(きたはら かいと・5)   麻実の息子

池田 圭子(いけだ けいこ・55)   青葉の母
北原 麻実(きたはら まみ・25)   新田の孫

池田 博史(いけだ ひろし・享年58)   青葉の父
橋本 泰介(はしもと たいすけ・28)   青葉の彼氏
新田 茂吉(にった もきち・62)   池田家の隣に住んでいる、元教員

森野 梨華(もりの りか・21)   青葉の勤める会社の後輩
山田(やまだ・45)      青葉の勤める会社の上司

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◯レストラン(夜)
    仕事終わりの橋本泰介(28)と池田青葉(27)が食事をしている。泰介「あのさ」
青葉「なに?」
泰介「近々、青葉の家族に会わせてくれないかな」
青葉「家族?」
泰介「うん。そろそろちゃんと挨拶しておきたいなと思って」
青葉「あれ、プロポーズされたっけ?」
泰介「先に言うなよ〜」
青葉「ごめんごめん」
泰介「土曜の夜、空けておいて」
青葉「分かった」
泰介「ほら、青葉の実家って北海道だろ? どうせ行くなら休みをとって、
 行こうかなと思ってるんだけど、どうかな」
青葉「そう、だね」
泰介「青葉もしばらく実家帰ってないんだったら、ちょうどいいんじゃない
 かなと思ったんだけど」
青葉「……考えとく」
泰介「そっか、分かった」
青葉「……」
泰介「青葉の家族ってどんな家族なんだろうなぁ」
      ×     ×     ×
   (フラッシュ)
    女の子が倒れた脚立の下敷きになっている。
    呆然と見ているもう一人の女の子。
      ×     ×     ×
    泣き叫ぶ母親と怒鳴り返す父親。
      ×     ×     ×
    病室、静かに目を覚ます女の子。
      ×     ×     ×
泰介「青葉?」
青葉「……普通、別に普通の家族だよ」
泰介「なんだそれ」
青葉「泰介の家族ほど個性的じゃないかな」
泰介「うちはみんなキャラが濃いからなぁ」
    笑い合う二人。一瞬、曇る青葉の表情。

◯編集部オフィス(昼)
    デスクで淡々と仕事をしている青葉。
    少し離れた席で山田(45)に怒られている女性社員、森野梨華
   (21)がいる。
山田「何度言ったらわかるんだよ」
森野「すみません」
山田「すみませんじゃなくてさ、確認してってあれほど言ったよね?」
森野「はい」
山田「また確認を忘れたってことでしょ?」
森野「……いえ」
山田「覚えてたならちゃんとしろよ! 森野、これで何回目だ!」
森野「すみません」
山田「誰が悪いんだ? お前だよな? いつもお前のミスだよな?」
    山田の怒鳴り声に呼吸が浅くなっていく青葉。
      ×     ×     ×
   (フラッシュ)  
    母親と父親が怒鳴り合っている。
    そこに仲裁に入ろうとする女の子。
    頭に包帯を巻いている。
    しかし、その子は両親に一喝されてしまい泣き出す。
    その様子を影から見ているもう一人の女の子。  
      ×     ×     ×
青葉「あの」
山田「どうした? 池田」
青葉「その件についてですが、すでに先方とも話し合い、今月号ではなく改
 めて来月号にページ数を増やして掲載するということで話がまとまってい
 ます」
山田「……ふぅん、そうか。今後、また同じことを起こしたら、それなりの
 処分だからな」
森野「すみませんでした」
    自分の席に戻ってくる青葉。
    浅くなった呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
森野「池田さん、ありがとうございました」
青葉「今後は気をつけてね」
森野「はい」
    森野、自分の席に戻ろうとして、
森野「池田さんがあんなこと言ってくれるの珍しいですよね」
青葉「え?」
森野「どっちかと言うと揉め事は勘弁って感じじゃないですか」
    青葉の携帯電話にメッセージが入る。
  『お母さんが倒れた、緊急入院』
青葉「……」
森野「なんだろ、人間嫌いとまでは言わないけど」
  『これから検査。もう最期かもね』
森野「私、一人で生きてますって感じ?」
  『ちゃんと伝えたから』
青葉「(ため息)」
森野「あれ、なんか変なこと言っちゃいました?」
青葉「……明後日の取材準備は大丈夫?」
森野「あ、やばい! 失礼します!」
    慌てて去っていく森野。
青葉「……」

◯青葉の部屋(夜)
    虚ろな表情の青葉がソファーで寝ている。
    泰介が雑誌を読んでいる。
泰介「今月号もばっちり決まってるね。青葉の書く文章が好きなんだよな」青葉「……」
泰介「青葉?」
青葉「え?」
泰介「さっきから、ボーッとしてるけど」
青葉「いや?」
泰介「仕事でなんかあった?」
青葉「いつもと変わらず」
泰介「どこか具合悪いのか?」
青葉「ううん、元気」
泰介「もしかして、失恋でもしたか?」
青葉「バカじゃないの」
泰介「そうだよなぁ」
    笑う泰介と虚ろな表情のままの青葉。
青葉「……お母さんが倒れたみたい」
泰介「青葉の?」
青葉「(頷く)」
泰介「大丈夫なのか?」
青葉「緊急入院。もしかしたら最期かもって」
泰介「青葉、空港まで送る。支度して」
青葉「え?」
泰介「お母さんが危ないんだぞ! 今すぐ実家に戻ったほうが良い」
青葉「でも仕事もあるし」
泰介「後悔しない?」
青葉「えっ」
泰介「ここで仕事を選んで、青葉は後悔しない? それがいま青葉にとって
 正しい選択?」
青葉「……私は行かない」
泰介「……」
青葉「親とは縁切ったから」
泰介「……」
青葉「だから、行かない」
泰介「ごめん」
青葉「?」
泰介「俺、青葉はちゃんと人のことを大切に出来る子だと思ってたよ」
青葉「……」
泰介「もちろん家族のこともね」
    荷物を持って立ち上がる泰介。
泰介「土曜の件は、一旦保留にさせて」
青葉「ちょっと泰介!」
    部屋を出て行く泰介。
    部屋に一人残される青葉。
青葉「……」
    青葉の携帯にメッセージが入る。
  『帰ってくるなら連絡して』 
青葉「……あー、もう」

◯編集部オフィス(朝)
    青葉が山田と話している。
山田「分かった。じゃあ、居ない間の仕事の引き継ぎだけ宜しく」
青葉「分かりました。ご迷惑をおかけします」
    自分の席に戻ってくる青葉。
    森野がこっそり近づいてきて、
森野「池田さん、長期で休むんですか? 」
青葉「いや、どうなるか分からないから、とりあえず様子を見てくる感じか
 な」
森野「様子?」
青葉「母親が倒れたみたいで」
森野「え! どこか悪かったんですか?」
青葉「……分からない」
森野「突然となるとさらに心配ですね」
青葉「……」
森野「居て当たり前の人が、もしかしたら明日から居なくなる」
青葉「?」
森野「それって生き物だから自然なことなんですけど、想像しただけで怖い
 なって思っちゃいます」
青葉「……」
森野「あ、すみません! どんな状態かもまだ分からないのに」
青葉「いや、大丈夫。森野さん、あとで打ち合わせ入れるかな?」
森野「分かりました! 会議室おさえておきます」
    去っていく森野。
青葉「……」

◯青葉の部屋(夜)
    泰介に電話をかけようとするが、
    発信ボタンを押せないでいる青葉。
青葉「……」
    すると泰介から着信が入る。
青葉「……もしもし」
泰介「……ご飯食べた?」

◯近所の居酒屋(夜)
   
 青葉と泰介がいる。
泰介「やっぱりここの焼き鳥はうまい」
青葉「……」
泰介「この塩加減が絶妙なんだよな」
青葉「そう言いながら、一味たくさんかけてるじゃん」
泰介「これは辛味だからまた別だよ」
青葉「なにそれ」
泰介「塩っぱいのと辛いのは全然違うからね」
青葉「でも本来の味付けを壊してるわけじゃん?」
泰介「これは壊してるんじゃなくて、この美味しさに辛味成分を入れること
 によって、より本来の美味しさを」
青葉「ふふ、わかったわかった」
泰介「やっと笑った」
青葉「……」
泰介「青葉がこのままずっと暗い顔してたら、どうしようかと思ったよ」
青葉「あのね」
泰介「うん」
青葉「……仕事、休みとった」
泰介「そっか」
青葉「明日から行ってくる」
泰介「うん」
青葉「どうしよ、今から緊張してる」
泰介「大丈夫。きっとみんな青葉のこと待ってるよ」
青葉「それは……どうだろう」
泰介「そりゃそうだろ、家族なんだから」
青葉「……」
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(②に続く)


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