魚とみず④

『魚(うお)とみず』 徳田公華

※本作は2018年の函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞応募作品です。応募した作品を加筆せずにそのまま掲載しております。

【登場人物】

池田 青葉(いけだ あおば・27)   雑誌の編集社の会社員
池田 柊花(いけだ しゅうか・29)   青葉の姉 
北原 海斗(きたはら かいと・5)   麻実の息子

池田 圭子(いけだ けいこ・55)   青葉の母
北原 麻実(きたはら まみ・25)   新田の孫

池田 博史(いけだ ひろし・享年58)   青葉の父
橋本 泰介(はしもと たいすけ・28)   青葉の彼氏
新田 茂吉(にった もきち・62)   池田家の隣に住んでいる、元教員

森野 梨華(もりの りか・21)   青葉の勤める会社の後輩
山田(やまだ・45)      青葉の勤める会社の上司

(③の続き)
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◯池田家・居間(夜)

    お風呂上がりの青葉がやってくる。
    発泡酒を飲んでいる柊花。
青葉「あれ、海斗くんは?」
柊花「……迎えに来た」
青葉「お母さん?」
柊花「(頷く)」
青葉「突然だね」
柊花「私は私の人生も大切なんだってさ」
青葉「……」
柊花「飲む?」
青葉「うん」
    冷蔵庫から発泡酒を取り出し、青葉に渡す。
    小さく乾杯する二人。
青葉「でも、来てくれてよかったじゃん」
柊花「本当によかったのかな」
青葉「え?」
柊花「海斗はちゃんとあの人に愛してもらえるかな」
青葉「そりゃ、お母さんなんだし」
柊花「当たり前に愛してもらえると思ったら、そうじゃないこともあるよ」
青葉「……」
柊花「……ごめん、もう寝るわ。ここの電気消してね、おやすみ」
青葉「うん」
    柊花、出て行く。一人残される青葉。
青葉「……」

◯(回想)九年前の池田家・居間
    俯いている青葉(18)がいる。
    圭子が大声で博史に怒鳴っている。
圭子「あなたはいつもそう! 子供のことは全部私に任せっきり!」
博史「……青葉の好きにさせればいい」
圭子「青葉が東京に行くって言うのよ? この子はまだ子供だし、何かあっ
 てからじゃ遅いの!」
博史「……」
圭子「黙ってないで、あんたからも言って聞かせて!」
青葉「……もう少し落ち着いて話せないの」
圭子「あんたが変なこと言い出すから、こんなことになってるんでしょ!」
青葉「上京するなんて珍しいことじゃない」
圭子「あんたは考え方が甘いの! 一体いつになったら少しは私の気持ちも
 考えてくれるのよ!」
博史「うるさい! いい加減にしろ! 何回言った分かるんだ? こいつの
 好きにさせればいいだろう!」
圭子「あなたは子供のことに関心なさすぎるのよ! 私一人で子育てしてる
 わけ? この子の父親はあんたでしょう!」
博史「もう青葉も十分大人だ! 自分のことぐらい自分で決められなくてど
 うするんだ!」
     青葉の世界から音が遠ざかっていく。
     次第に呼吸が苦しくなる青葉。
青葉「……私、東京に行くから」
     構わず、怒鳴り合う圭子と博史。
青葉「私、絶対に東京に行くから。もう自分のことは全部自分でやる。あん
 たらの怒鳴り声はもうたくさん。その声を聞いてるだけで、頭がおかしく
 なる」
圭子「……」
博史「……」
    ふらふらと出て行く、青葉。

◯(回想)九年前の池田家・廊下
    ドアの外で聞いていた柊花。
柊花「……」
    居間から青葉が出てきて、柊花の前を通り過ぎていく。
柊花「青葉」
青葉「……お姉ちゃん、ごめんね」
柊花「……」

◯(回想)二年前・葬儀場
    博史の葬儀が執り行われている。
    親族席に青葉の姿はない。
      ×     ×     × 
    仕事中の青葉。携帯がずっと鳴っている。
    電話が切れ、柊花からのメッセージが次々と届く。
  『いまどこにいるの?』
  『とにかく連絡して』
  『葬儀くらいは来なさい。これ以上、親不孝しなくたっていいでしょ』
青葉「……」

◯元の場所
    そっと父の遺影の方を見る青葉。
青葉「……」

◯同・柊花の部屋(夜)
    柊花がベッドに寝転がっている。
    小さい子が書いたような絵を見つめている。
    絵には楽しそうな家族三人と少し離れたところに女の子が一人描か
    れている。
柊花「……」 

◯同・青葉の部屋(朝)
    朝早くに目が覚めてしまう青葉。

◯同・廊下(朝)
    青葉が歩いてくる。静かな家の中。

◯同・外(朝)
    青葉が玄関から出てくる。
    その前を一台の車が通り過ぎていく。
    運転席の麻実と一瞬目が合う。
青葉「……」
麻実「……」
    車が来た方を見ると、家の前に海斗が立ち尽くしている。
青葉「海斗くん?」
海斗「お兄ちゃんが帰ってきたんだって」
青葉「お兄ちゃん?」
海斗「(頷く)だから、僕まだお留守番」
青葉「……」
    寂しそうな顔をしている海斗。
青葉「海斗くん、お散歩でも行かない?」

◯池田家近くの道(朝)
    歩いている青葉と海斗。

◯公園(朝)
    ブランコに乗っている青葉と海斗。
青葉「ここの公園、お姉ちゃんが小さい頃からあるんだよ」
海斗「お姉ちゃんはずっとここに居たの?」
青葉「私は途中でここから逃げたの」
海斗「どうして?」
青葉「……嫌いな人とは一緒に居たくないでしょう?」
海斗「きらいなひと?」
青葉「……海斗君はお母さんのこと好き?」
海斗「うん!」
青葉「お留守番ばっかりさせられてるのに?」
海斗「……」
青葉「ごめん、いじわる言った」
海斗「お姉ちゃんは誰がきらいなの?」
青葉「……家族、かな」
海斗「あのね」
青葉「?」
海斗「家族はきらいになれないんだよ。だって、家族だから」
青葉「……」
海斗「お母さんがいつもそう言うの。だから、いい子にして待っててねっ
 て」
青葉「……」
海斗「だから、僕はいい子にして待つ」
青葉「そっか」

◯池田家・玄関(朝)
    手を繋いだ青葉と海斗が帰宅する。
    歯ブラシをくわえた柊花が出てくる。
柊花「海斗!」
    海斗に駆け寄って抱き締める柊花。
海斗「苦しいよ〜」
柊花「……どこもケガはない?」
青葉「ケガ?」
海斗「うん、ぼくは大丈夫」
      ×     ×     ×
   (フラッシュ)
海斗「お兄ちゃんが帰ってきたんだって」
青葉「お兄ちゃん?」
海斗「(頷く)だから、僕まだお留守番」
      ×     ×     ×
    青葉の前を通り過ぎる麻実の車。
    一瞬目が合う二人。麻実の顔には新しい痣が出来ている。
麻実「……」
      ×     ×     ×
青葉「……」
柊花「……そう」
海斗「お母さんがね、絶対に海斗のこと迎えに行くから、いい子にしててって」
柊花「……」
海斗「あとね」
柊花「なに?」
海斗「あのお姉さんのところにいてねって、言ってた」
柊花「……うん、分かった」
    青葉の携帯が鳴る。居間から出て行く青葉。

◯同・廊下(朝)
   (以下、カットバックで)
青葉「どうしたの?」
泰介「ごめん、どんな様子かどうしても気になっちゃって」
青葉「あぁ、連絡しなくてごめんね。お母さんは元気だったよ」
泰介「そっか! よかった〜」
青葉「でも、お母さんに『あんたと話すことない』って言われちゃった」
泰介「……」
青葉「もう少ししたら、そっち帰ろうかな」
泰介「……青葉はお母さんと話したいことがあるんじゃないの?」
青葉「……」
泰介「じゃあ、ちゃんと伝えないと。家族でも口にしないと伝わらないこと
 もあるんだから」
青葉「でも」
泰介「しつこいぐらいに追いかけ回して、『私の話を聞いて〜』って」
青葉「なにそれ」
泰介「それくらいしてみなよ。小さい子みたいに『聞いて、聞いて〜』っ
 て」
青葉「やだよ」
泰介「それはやりすぎか」
青葉「うん」
泰介「でも、せっかく久しぶりに帰ってるんだから、ちゃんと話しておい
 で」
青葉「……」
泰介「俺はこっちで待ってるから」
青葉「……泰介、ありがとう」

◯同・玄関(昼)
    青葉が慌てて靴を履いている。
青葉「お姉ちゃーん」
    居間から柊花と海斗が出てくる。
青葉「ちょっと出かけてくる」
柊花「え?」
青葉「車借りるね」
柊花「なに、どこ行くのさ」
青葉「……行ってきます」
柊花「青葉」
青葉「?」
柊花「たぶん湯の川の湊屋にいると思う。家出する時はいつもそこだから」
青葉「ありがと! 行ってきます」
    車の鍵を持ち、飛び出していく青葉。
海斗「いってらっしゃーい」
柊花「まったく」
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(⑤へ続く)

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