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【読書感想短文】飛ぶ教室(エーリヒ・ケストナー)

言わずと知れた名作児童文学。


今さら読みました。

きっかけは、読書講座で話題に上がったこと。


ちょっと今からすると暴力的過ぎる、というのはあれど、少年たちの生きざまが生き生きと描かれていて本当に魅力的だった。はらはらし、ドキドキし、くすっとして、ほろっとして、ずきっとして… この作品が出版されたのは1933年。約90年を経てもじゅうぶんに通用する物語を創った、その普遍性を見通す眼に驚くばかり。

冒頭、筆者という人物がこの物語を書くに至ったいきさつを一人称で語り、物語の本編へ。そして最後にまた筆者が登場し、登場人物の一人に出会う。ちなみにその登場人物は、本編の中で「飛ぶ教室」という劇を書いてみんながそれを演じている…という、入れ子のようなおもしろい構成をしている。

本編の中でも、先生などの大人が子どものころのことを子どもたちの姿に重ねられていたり、人物的にも入れ子構造になっているとも言える。

とても生き生きとしていて温かい物語であると同時に、世界が相似形の集まりでできているようなクリアな枠組みを持っていて、不思議な感覚がした。

「正直であることがどんなにつらくても、正直であるべきだ」

最初に登場する作者は、子どもには不幸などないかのような子ども騙しな児童文学に怒り、「子どもの涙は大人の涙よりちいさいなんてことはない」と言う。

抜粋をツイートしたものをはります↓

本編の物語は、子どもが生きている世界の辛さと喜び、大人の世界の悲しみと救い、そのどちらをも描いている。

ここに出てくる子どもは、大人のように責任感を持っているし、大人は、子どものような素直さを表している。


この話は大学進学前に寮生活を送りながら学ぶ「ギムナジウム」を舞台にしている。

クリスマス、寮生はそれぞれの家に帰る。

でも、帰れない子もいる

「飛ぶ教室」作者のヨーナタンは、父母がいないから毎年残る。ケガをして移動できない子は、帰れない代わりに両親が会いに来る。そして、両親がどうしても交通費を工面できなかったために残らざるを得ない子…

皆がプレゼントを買い込み、うれしそうに旅支度をする中、涙をこらえる姿は泣ける…!

私の大好きな絵本、「マドレーヌのクリスマス」を思い出した。これも、ギムナジウム生と同じく寄宿生活をしている女の子たちのクリスマスを描いたお話。

「子どもの涙は大人の涙よりちいさいなんてことはない」と、心から思う。


と同時に、子どもは大人より非力だなんてことはない、とも思う。

子どもにも大人にも、辛いことに向き合うことを伝えたケストナーは、どちらにもその力がある、と信じていたのだろう。

ケストナー自身、この物語を書いたときにはナチスに目をつけられて自分の書いた本を焼かれるという経験をしながら、書き続けていた。

子どもたちに向かって、「大丈夫、きみたちには(ぼくたちには)立ち上がれる力があるよ」と、物語を通じて伝えたかったのではないか、と思う。

寮生のクリスマスと、2021年の世界とのシンクロ

クリスマスに帰郷できないという状況は、今のコロナ禍と重なるものがある。お正月にも家族に会えなった人もたくさんいる。今の状況で苦しい思いをしている人は、大人にも子どもにもいる。

それでも、

大丈夫、きっと私たちは大丈夫だよ、そうなれるよ、とまっすぐに言える強くて優しい大人でありたいと思う。

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