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MW Transfer for Haneda 11.12 手塚治虫作品オンリー ペンと眼鏡とベレー帽6  本文サンプル

 ひどい土砂降りの日であった。
 ただでさえ、捜査に難航する荒磯なのである。
 大雨は、それに拍車をかけていた。
 だがしかし、周りの刑事たちは、それをやり遂げなければならなかった。
 何故なら波に揉まれ、布に包まれた何かが、漂っていたからである。
 刑事たちは、ダイバーの力をも借りて、それを引き揚げた。
「!?」
 ただの包みではない。
 女性の身体ほどもある。
 ダイバー達は、頑丈に縛ってある縄を解いていく…
「!!これ…は……!?」
 周りの刑事たちは、一様に戦慄した。
 中から、一糸まとわぬ、白骨死体が出現したからである…



 ここは新宿駅。
 通勤や通学等で利用する人々の往来が絶えない喧騒地だ。
 そんな駅の一角に店を構えるニュースエージェント。
 差ほど大きい売場ではないが、通り道にあるという事で電車に乗る前に新聞を買い求める客が多い。
 程なく店先に、学生服の少年が現れる…
「…!?…おぉ…等くんではないか!?」
「おじさん、久しぶりだね。」
 返事と同時に等は、持っていた硬貨三枚を出す。
 そして渡された新聞を眺め始めた。
「いや~等くん、君が新聞に掲載された時は驚いたよ。あの中田議員の暗殺未遂を止めるとは。以来、議員会館の警備はますますきつくなったそうじゃないか。」
 件の事件により、複数のマスメディアが取材に殺到し、等は一気に英雄視された。
 しかし、そんな事は彼にとって差ほど問題ではない。
 事件から一年経ち、受験を控えた学年になっても、彼の周りの不穏な空気は変わらないのだ。
 等は、さりげなく紙面を捲っていく。
「!?」
 彼は社会面に釘つけになった。 
『荒磯で白骨死体見つかる 行方不明の社長令嬢か』
 大きな見出しと共に、磯から大きな包みを引き揚げるダイバーの写真が掲載されていた。
 そして隣には、ベレー帽を被り大振りのネックレスを着けた若い女性の写真も。
 等は急いで、記事の全容を目で追った。
 襤褸布に包まれた物は、全身が綺麗に白骨化しており、体格や骨盤から女性であろうと推測された。
 そして綺麗に残された頭蓋骨から、パテ作業を行い、関係者の証言で、それは関都銀行新宿支店長の令嬢で、行方不明であった美保である事が判明したのだ。
「そうか…結局助からなかったんだ……」
 この美保が失踪してから間もなく、彼女自身による関都銀行襲撃事件がセンセーショナルに報道された。
 その中で等はこの事件は、美保による見えないSOSであったのではないかと推測していた。
 その後、中田議員と彼の所属する議員会館の爆発が起こり、美保の件は報道されなくなった。
 世間の動きと共に、彼女の事も忘却の彼方に去ろうとしていたのである。
…過ぎてしまった事はしょうがないさ…ぼくに何かできるという訳ではなし…それより…これから先、どう行動すべきかを考えるんだ…
 等は新聞を握りしめ、そのまま電車に乗り込んだ…


ピンポーン。
…やれやれ、これから出掛けなければならんというのに…
余所行きのスーツを着て、すっかり支度を整えた芳元は、渋々玄関の扉を開ける。
「!?」
 彼は少し驚いたようだ。
「おぉっ!?等か?一年ぶりだな。」
 久しぶりの弟との再会に、芳元の表情は和らいだ。
「あの事件以来だな!どうだ!?身体は大丈夫か!?」
 精一杯、彼を労う。
「大丈夫だよ、兄さん。」
「おうおう、それは良かった、」
 等にとって、自分の身の案じは二の次であった。
 彼は、兄がいつもと違う格好であるのに、違和感を覚えたのだった。
「兄さん、これから何処へ?」
「!?あぁ、なーに、これから『アジアの斧』と打ち合わせでな。良い案件が舞い込んで来たんだ。」
「!?『アジアの斧』だって!!兄さん、あの連中とまだ関わっていたのかい?」
「…!?…」
「兄さんは卑怯だ!!活動家を志している無垢な若者たちを送り込んで、テロリスト紛いの行動をさせる…そして肝心の自分の手は一片も汚さない…!!兄さんの誘いに絆されて、今まで何人の若者が犠牲になってると思ってるんだ!?」
「ひ…と…し……!?」
 思いがけない弟の言動に、芳元は困惑した。
「ぼくが一番許せないのは、犯罪と知っていながら、目をつむる事だ…!!」
 芳元を指し、等は、一気に捲し立てた。
「……」
 暫しの沈黙の後、芳元は口を開いた。
「等、一年前(あれ)から、お前がおれの事を心配してくれる気持ちは痛いほどわかる…」
 芳元は弟の肩に手を置いた。
「だがな…今回はボスからの指令で…命令は絶対服従なのだ…等も今ならおれの書く本の内容が分かる…と言った…分かるなら、おれが抗えない事も分かるだろう…」
 芳元は続ける。
「なーに、おれも人間だ。貴重な若者を無暗に犬死にさせる事はせんさ。ボスは必ず理のある任務を我々に与えるはずだ。それに従って達成するのみ。『アジアの斧』の安全の保障は必ずする。」
 芳元は等の肩を軽く叩いた。
「だから、等はもう帰りなさい、何も心配はいらんさ。」
 
 
 
 昼どきの喫茶店は、様々な客でごった返している。
 食事に訪れるサラリーマン、談話に勤しむ婦女子…
 そして中には、面談で利用する者も…
 芳元と『アジアの斧』の若者は、待ち続けていた。
 彼らに指令を与えるボスが現れるのを…
 そして、一角にもうひとり、学生服の少年が座っている。
 等であった。
 兄に帰宅を促されたものの、やはり心配で、後を追けたのであった。
 中学生の彼にとって、一人で喫茶店に入る事は勇気のいる事ではあったが、兄の動向を探る為、必要な行動であった。
 等は腕時計を確認した。間もなく午後十二時になろうとしている。
 同時に、ガラスでできた扉の前に、一つの影が現れた。
「!?」
 近くに座っていた等は、直ぐに気が付いた。
 それは、年齢二十代くらいの女性であった。
 パーマをかけた黒髪にサングラスをかけている。
「…!!…」
…ま…さ…か…!?
 等は急いで手元の新聞を確認した。
「そんなはずはないっ……!!」
 等は、もう一度、女の顔を確認する。
「美…保さんっ……!?」
 ブーツの音を響かせながら女は、まるで予め設えてあったかの様に一番奥の席に吸い込まれていく。
 そして、女が着席したとほぼ同時である。
 
 リーン、リーン、リーン。
 
 喫茶店内の電話が、けたたましく響いた。
「お客様の芳元先生、お電話です。」
 応対した女性店員が引き継ぐ。
 やがて、受話器を置いた芳元は、『アジアの斧』と共に、女のいる席へ移動する。
 一定の会話が交わされた。そして女は、店内に芳元を残し、『アジアの斧』と店を出る所であった。
「!!」
 等は急いで会計を済ませた。
 ここで彼らを見失っては、二度と遭遇できないだろう…
 女は丁度、黒塗りの車にメンバーを乗せ、出発する所であった。
「!?」
 等は咄嗟に近くに止まっていたタクシーに乗り込んだ。
「あの黒塗りの車を追いかけてくれ!!」
 学生服の子どもな上に、追跡などと、運転手は怪訝に思ったが、彼が本気である事を察し、車を走らせたのである。
 こうして、女たちと等のチェイサーが始まった。
 
 
 黒塗りの車は、高層ビル群を抜け、進んでいく。
…一体どこに向かっているんだ!?…
 只管追うしかなかった。
 こういった場合、普通なら人気のない方向へ進む物だが、車は反面、ビルディングの多い喧噪とした街並みを縫っていく。
 やがて車は、一角にある駐車場に止められた。
 そして女はすぐ隣に止まっている地味な白いタクシーに乗り換える。
 車は、更に進んでいく。
「!?どういう事だ!?運転手さん、構いません、追跡を続けてください!!」
 車を乗り換えるという事は、一目については不味い場所へ行くのだろう。
等は密かに思った。
 気が付くと、彼の背後に先ほど抜けてきたビル群が見える。
女の車は、全面にあるこれまた一際高いビルを目指していた。
 やがて、そのビルの全容が明らかになった。
「!?」
 頂上に大きく『藪下建設』の文字。
「!!」
 手元の時計を確認する、午後一時を差していた。
 女はタクシーを下り、正面の受付を進む。
「……!!」
 等は固唾を飲んで見守っていた。
 それから五分くらい経っただろうか…今度は白いボックスカーが止まった。
二人の運送業者が、荷台に積んであった大きな箱を下ろしている。
「!?」
『アジアの斧』に間違いなかった…
二人は箱を抱えたまま同じく正面の受付に消えてゆく。
…まさかまた、ビルを爆破させるのだろうか…?
 ビル爆破は彼らの常套手段であった…そしてこんな巨大ビルであれば議員会館以上の大惨事になる事は目に見えている…
 一定の時間が経った。等にとって、それは永遠のように思われた。
「!?」
 すると、先ほどのボックスカーが駐車場を抜け、ビルを背に走り出した。
「!!」
 女も正面玄関から姿を現した。
 そしていつの間にか、黒塗りの車が横づけされている。
女は乗り込み、猛スピードでボックスカーを追う。
「運転手さん!黒い車が戻ってきました!!追跡を続けてください…!!」
 タクシーも再び走り出した。
 二台の車は町を外れてゆく。いつの間にか景色は、海を見渡すばかりになった。
 やがて車は、埠頭に辿り着き、ボックスカーが停車した。
 乗っていた二人は荷台から二かかえはあるだろう荷物を下ろす。
 女がその後ろに随行していた。
「!?何だって!?海に逃げられたら万事休すじゃないか!?」
 等が追った先には、中型のヨットが停泊していた。
 そして三人は乗り込み、あっという間に出港してしまったのである…

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

『アジアの斧』と共に、海に消えた女の正体は何者なのか?

この続きは、11月12日開催、手塚治虫作品オンリー『ペンと眼鏡とベレー帽6』にて、お確かめ下さい。

作品情報

MW Transfer for Haneda

原作 手塚治虫 MW

A5版 全年齢 表紙込66頁

頒布価格 600円


サークルカット



スペースナンバーD16です!!

よろしくお願いします。



 



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