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豊田章男社長が年頭所感スピーチで見せた巨大組織を動かすための「すごい伝え方」

トヨタ社が配信している、「豊田社長年頭挨拶 ~一歩踏み出した人たちへ~」という動画が素晴らしかった。何かを伝えたい経営者、リーダーにとってヒントが満載のスピーチだったように思う。


豊田章男社長と言えば、昨年話題になった「米国バブソン大学卒業式でのスピーチ」も大変に素晴らしかった。卒業式スピーチと言えばジョブズだが、スタイルは全く違うものの、それと比べても良いくらいの品質のプレゼンテーションだった。すでに有名な動画ではあるが、もしまだ見ていない方がいたら是非見てみて頂きたい。


さて、本題に戻る。

今回の「年頭挨拶」は、前半はCESでトヨタが発表した新たな「コネクティッド・シティ」(名称:Woven City)の実証実験についてのプレゼンテーションから始まった。モビリティ社会をトヨタがリードするぞという強い意志を込めた、意欲的な取り組みの発表だった。

ただ今回私が注目したいのは、きらびやかなWoven Cityのパートではなく、後半の、会社のトップとして社員に語り掛けるパートである。

ワクワクするようなビジョンを掲げた豊田社長だが、一方で「私とは関係が無い」と関心を示さない社員がいることに対して、強烈な危機感を感じているようである。

大企業でよく見られるこうした温度差は、天下のトヨタですら存在する。いや、むしろトヨタだからこそあるのかもしれない。これから訪れる自動車業界の大変化は、一時代を築いた巨人トヨタにとっても、かつてない危機である。豊田社長もそれを十分わかっているからこそ「変わらなければならない」というメッセージを強烈に発している。

しかし、人間は、「変われ」と言っても変わらない生き物である。むしろ、「変われ」と言われるほど変わらない方向に行きたくなる。

そういう中で、豊田社長は様々な方法で社員に向けて語り掛けている。豊田社長が用いた、考え抜かれた「すごい伝え方」について5つの観点から考察してみたい。

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①率直に、素直に話す

前半戦のコネクティッドシティーの話を終えて、豊田社長は少しトーンを変えて話し始める。

長々とお話をさせていただきましたのは「Woven City」を始める私の想いを皆さんと共有することで一人でもいい、自分の仕事のやり方を変えようという人をつくりたかったからです。ここからは、私がトヨタの皆さんに感じていることを素直にお話したいと思います。

ここで聞き手は雰囲気が変わるのを感じ取る。そして続ける。

昨年の春の労使交渉で、私は「今回ほど距離を感じたことはない。こんなにも会話がかみ合わないのか」ということを申し上げました。これは組合員の皆さんだけでなく、私の後ろ側に座っていた幹部社員の人たちに対して感じたことでもあります。それ以降、「自分が感じた距離、自分と会社のギャップが何なのか」、その答えを出す旅が、昨年始まりました。

年頭スピーチにしては、ずいぶん深刻なトーンのように思える。「素直に話します」という表現を使うことによって、「社長は今から本気で何かを伝えようとしているな」というアテンションが高まっている。


②自分のことだと思わせる(自分ごと化)

ここで豊田社長は、参加者に問いかけ、手を挙げさせる。

ちなみに今日、この中で事技職に属しておられる方はちょっと手をあげていただけますか。

私が最も距離を感じているのが「事技職」の皆さんです

私はこの瞬間、「すごい」と鳥肌が立った。手を挙げさせるという手法は特に珍しい方法では無いが、今回の場合は手を挙げさせておいて、「あなた方と距離を感じているんです」と伝えたのだ。

普通、スピーチで手を挙げさせる手法というのは、どちらかというと距離を縮めるために用いるものだ。

例えば、「●●について初めて学ぶという人はいますか?」と手を挙げさせておいて、「有難うございます。今回は初心者向けの話も多いので緊張しないでくださいね」と伝えるなど、基本的には参加者と心の繋がりを作り、安心させるための方法が、スピーチの冒頭における「挙手」というテクニックだだ。

しかし豊田社長は、ある意味でその逆をやっている。こんなやり方は普通はお目にかかれないが、相手をピリッとさせ「自分ごと化」させる高度なテクニックだと思う。


③弱みを見せる

そこから、なぜ気持ちが通じないのかについての話が始まる。ここで豊田社長は「リコール問題」の時の話を持ち出す。かつてトヨタがアメリカのリコール事件で強い批判にさらされ、豊田社長自身もアメリカの公聴会に出席し、説明を求められた出来事だ。

私が示した姿というのは、格好悪くてもいい、ありのままをさらけ出す、トヨタは絶対に嘘をついたり、ごまかしたりしない。言い訳もしない。そして、誰のせいにもしない。これが、公聴会で、私が全世界の人々に伝えたことです。

この時の私の心境は、自分は国からも会社からも捨てられた、ただ自分はトヨタが大好きだ、ならその大好きなトヨタを守りたい
、というものでした。

とても印象的な話だが、ここでは豊田社長自身も苦しい思いをして戦ってきたんだという様子が伝わってくる。

成功しているリーダーに共通している要素として、Vulnerability (弱さ)を見せることだという研究がある。リーダーは強くなくてはいけないが、時として弱みを見せることも、悩める一人の人間として部下からの信頼感を高める上で大切だ。豊田社長がそれを狙っているとまでは言わないが、そうした効果がこのパートにはあると私は思う。


④相手と自分(We)が同時に変わることを提案する

そこから彼の提案が始まるが、彼はこう言っている。

トップダウンとは、部下に丸投げすることではない。トップが現場におりて、自分でやってみせることだ。私自身、これだけは絶対に実践すると決めて、必死に努力してまいります。

では、ボトムアップとは何でしょうか。現場の事情や理屈をトップに押し付けることではないと思います。トップの考えに迫り、自ら、自分の仕事のやり方を変えていくことではないでしょうか。モノの見方、考え方を変えなければ仕事のやり方は変わりません。

自分にも見えていない現実がある。トップもボトムも、そのことを受け入れる素直さ、そして、見えていない現実を見ようと努力することが大切だと思います。私は、そんなトップダウンとボトムアップを皆さんに求めているんだと思います。

冒頭にも書いたが、人間は「お前が変われ」と言われても変わりたいと思わない。「私も変わるから、一緒に変わりませんか」と提案するのが、相手を動かすためのコミュニケーションにおける鉄則だ。

しかし経営トップ、ましてやオーナー社長の多くは自分に自信があり、また本当の意味で従業員の気持ちが分からないことが少なくない。それゆえに、「従業員も経営者の目線を持て」と一方的なリクエストをしてしまうことがしばしばある。私の知る限り、多くの場合、そういった一方的な変化を求める伝え方はあまり機能しない。

豊田社長は自分(=I)だけでも、相手(=You)だけでもなく、共に(=We)変化するのを提案することで変化への抵抗感を下げさせている。


⑤相手を肯定し、「できる」という可能性を示す

そしてスピーチは徐々に結びに近づいていく。従業員の変化を引き出すために、このような言い方をしている。

「自分の仕事とは関係ない」。この意識を捨てていただきたい。これが私の正直な気持ちです。

今日、この会場に来ていただいた皆さんは自分の意志で、来てくださった方々です。これまで、この年頭挨拶というのは、昇格者や各部の部長など人事から指名された方々が中心でした。今回は違います。

大げさに言えば、皆さんは自分の意志で一歩踏み出した人たちだと思います。一歩踏み出した人たちなら、何かを感じてくれるかもしれない、そう思っているからです。
今日ここで、皆さんが感じたことをぜひ自分の殻に閉じ込めず、自分の仲間に、伝えていただきたい。

これはとてもうまい伝え方だと思う。まず、「一歩踏み出してくれてありがとう」という感謝・肯定の気持ちが伝わる。そして、「皆さんはもう変化し始めている、だから出来るんですよ」という伝えることで、変わるという事は決して難しい事ではないという印象を形成している。

似たようなテクニックとして、少しパートは戻るが、変化へのハードルを下げるという意味で、以下のような伝え方もされている。

自動織機から自動車にモデルチェンジをした歴史を持ち、いま、自動車からモビリティ・カンパニーへモデルチェンジをしようとしている我々だからこそ、やる意味があるのだと思っています。

これまでのものの見方や考え方、仕事のやり方を変えることができれば、モビリティ・カンパニーへの道筋が見えてくると思います。

これも、「新しいことをやれと言っているのではなく、既にそれをやってきた歴史がある」という視点を持たせることで変化への抵抗感を下げている。

AからBになれと言っているのではなく、Aの中にすでにBはあるんですよ、というのは、相手に変化を促すために様々な場面で使えるテクニックだ。

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以上、豊田社長のスピーチの中で印象的な部分を取り上げてみた。

この中には、彼が意図してやっているものも、たまたまそうなっているだけのものもあるだろう。

しかし日本人の経営者の中で出色のプレゼンターである豊田社長のスピーチからは、我々一般のビジネスパーソン、特に人を動かすのに苦労しているリーダーが学べることは多々あると思う。何かの参考になると幸いだ。


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