日本企業のキャリア観と「日本以外」企業のキャリア観の違い。そして個人が今からでも出来ること。

橘玲さんという作家さんの文章はとても切れ味鋭くて以前から自分は大好きなのですが、彼がNewspicksに書いていた文章が良かったです。

記事の後半で、「日本型キャリアはスペシャリストになれないので世界で全く通用しない」という趣旨の部分がありました。自分も普段から、海外で日本型キャリアとグローバルキャリアの両方を見ているので、色々と考えさせられる機会となりました。例えば以下のようなくだりです。

「会社の発展に貢献してきた人材でも、要求する水準に満たなければ金銭解雇する」というのは日本の常識では想像もできないでしょうが、「ドリームチーム」を維持するには、パフォーマンスの落ちた選手を使いつづけるのではなく、常に新陳代謝を図るのは当然です。
それに対して、日本の会社は、新規事業でも「自社」というものすごく小さな人材プールのなかでまかなうことにこだわります。これは、「あいつ、足が速いからフォワードでどう?」とか、「ゴールキーパー、体のでかいあいつにやらせとけばいいよ」というのと同じです。
日本の経営者は、これでレアル・マドリードやFCバルセロナなどの世界のトップのチームと真剣勝負で互角に戦えると信じているようです。
キャリアについて言うならば、できれば20代のうち、遅くとも30代半ばには、「自分は何のスペシャリストになるのか」を決めた方がいいと思います。それは、能力が同じでも経験の量で差がつくからです。
「ゼネラリストを養成する」という名目でいろんな部署を数年単位で異動させる日本企業の人事システムは、スペシャリストを養成するには最悪です。これでは、いつまでたってもキャリアに必要な経験が積めません。
外資系企業で広報の仕事をしている女性から聞いた話ですが、業界主催の海外イベントのあとのパーティで、みんなが楽しく談笑しているのに、壁際で一人お酒を飲んでいる日本人のおじさんがいるのだそうです。
最初は気を使って「一緒にどうですか?いろんなひとを紹介しますよ」と誘ったのですが、いつも「いや、結構です」と断られる。
なぜかというと、半年前に総務部から広報に異動してきたばかりだったりするからです。これでは、いろんな会社を渡り歩いてきた各国の広報担当者と共通の話題などあるはずがありませんから、「壁の花」になるしかないんですね。
こんな残念な事態にならないようにするには、会社内で部署を替わるのではなく、同じ専門性を維持したまま会社を替わるしかありません。こうして専門分野で知識と人脈、経験を培っていくのがグローバルスタンダードの働き方です。

日本企業で長年キャリアを積んできた方には、なかなか耳の痛い話でしょうが、この現実に対してどう向き合っていくのかを考えたいものです。

何でもかんでもグローバル礼賛するつもりはないものの、「日本企業でしか通用しないルール」にどっぷり漬かってしまう事がキャリア上のリスクであることは、やはり否定のしようが無い事でしょう。

日本企業と、欧米企業(というか日本以外はほぼ全部)のキャリアの積み方は大きく違います。

「日本以外」のキャリアシステム

日本以外、つまり今の世界標準では、個人はA社の人事→B社の人事・・というように職種を一貫させながら会社を渡り歩くことで、「自分の専門性」を明確にしながら経験の幅を広げていくのが一般的です。そうすることで、ジョブマーケットの中で採る側も採られる側もわかりやすくなるというメリットがあります。

一方で、デメリットもあります。僕がシンガポールやタイでお会いしてきた現地のHRマネジャーの多くは、「HRのことしか知らない」人が多く、日本で仕事をしていた人事の皆様に比べてずいぶん「視野が狭いな」という風に思う事が多かったです。「特定の機能に専門性が高い」というのは、「他の領域への興味や知見が薄い」という弱点と常に隣りあわせなので、そういう人材はキャリアが途中で行き詰ります。ゆえに「専門性一本槍のキャリア」の弱点も多々感じるのが正直なところです。(もちろんそうではない方も沢山います)

会社目線では、決して離職を推奨するわけではありませんが、こうした流動性が当たり前の社会の中で、オンボーディング(受け入れ)や、アウトプレースメント(再就職の手伝い)のノウハウや制度を整えています。

ちなみにこうしたやり方は、「出口を緩くすることで人が取りやすくなる」という意味で理にかなっています。ここタイでは「なかなか良い人が採れない・・・」と嘆く日系企業が多いですが、そうした企業は退職率が低すぎることも少なくありません。「出」もあるから「入」もあるというのがある意味で健全な状態です。(もちろん、辞めるのは”非”優秀人材であって欲しいので、”非”優秀人材の居心地が悪くなるような評価とフィードバックのシステム=Performance Management Systemとセットで考えることが必要です)

日本企業のキャリアシステム

一方で日本企業の伝統的なシステムは、会社の中で職種をチェンジさせジョブローテーションすることで、個人の経験の幅を広げさせます。キャリアを考える主体は長らく個人ではなく会社にありました。

このやり方は、ともするとゼネラリスト量産型と批判されますが、経営人材(に必要な広い視野と経験)を育むという意味で一定の存在意義はあったと思っています。

シニアマネジメントになってくると全社横断的な仕事や、他部門も含めた統括が仕事になってきますので、そうした幅広い経験がここで生きてきます。欧米企業ではそこを補完する位置づけでMBAというものが有用とされるわけですが、一方で現場経験にまさる学びはありません。日本企業の社内育成システムというのは「MBAに行かなくても経営者が育つ仕組み」としてこれはこれで価値があったのだと思います。(なお、欧米企業はタレントマネジメントシステムという形で、幹部候補生には期限付きのジョブローテーションを行います)

一方で個人の目線で見ると、典型的な日本企業キャリアを歩むと、営業5年→人事5年→総務5年・・などというように、ややもすると「専門性が明確でない」状態になります。そうなるといざ転職しようと思ってもジョブマーケットの中でお呼びがかからず、さらに転職しづらくなるという事が起きます。結果、持てるスキルがさらに社内最適化されていってしまうというバッドサイクルが回っていきます。

せっかく幅広い経験を得られる機会だったのに、会社に言われるがままに受動的な意識でジョブローテーションをしてしまうと、経験が専門性の醸成に繋がりづらくなります。また、目が社内に向き過ぎるせいで、自分という人間や自分のスキルがマーケットでどう位置づけられるかに鈍感になってしまい、社外で通用しづらい人がたくさん生まれてしまってきた、という面は日本企業、日本社会が大いに反省しなくてはいけません。

キャリア形成のために個人が出来ること

今からでも遅くはありません。日本企業に勤める人が出来ることを考えてみます。

1.「自分は何のプロになろうとしているのか」を自己定義する

自分は若いころ、昔の上司に「お前は何のプロになろうとするのかをまず決めろ」と言われました。今はプロじゃなくてもいい、でもまず決めることが自分をプロに近づけるのだと。そんなこともあり「人事・組織」のプロになろうと方向性を決め、その後「人事・組織×アジア」という領域のプロになりたい、なろうとチャレンジしています。

誰でもいきなりプロになれるわけではありません。ただ、プロを目指すことはできます。どの道のプロになりたいかを何となくでいいから定めることで、その道を究めるべく進んでいる人、という事になります。プロフェッショナルの道に終わりはありませから、プロとは「プロであろうとし続けている人」なのではないか、と僕は思っています。

こうした自己定義があれば、ジョブローテーションも違って見えてきます。仮に部署が変わってしまっても、自分のプロフェッショナルを磨く旅は終わりません。逆に「今の経験は、自分の専門性に何をもたらしてくれるのか」を考えるという思考になりますし、それにより得られるものが変わると思います。結果として幅の広い経営人材になれるのではないでしょうか。

2.継続的に勉強し、恥ずかしがらずに発信する

道を決めたら、月並みですがその分野の専門家になれるよう研鑽を積むことです。自分の専門領域に関する本や情報に常にアンテナを立て学び続けます。

そして、学んだことを発信します。発信については、今はツイッターやnoteなど発信するメディアがたくさんあるので本当に便利です。発信というと、「パーソナルブランディング」と捉えて苦手意識を持つ人もいますが、発信は一義的には自分のためにやることです。人に伝えるという行為は、自分の思考を明確にします。なので、とにかく自分のためにやってみましょう。(心配しなくても誰もそんなに読んでません笑)

転職活動のために発信をしましょうというつもりはありませんが、自分自身の主張を世の中に出してどの程度評価されるのか、を知っておくことは自分の現在の実力を知る上でもとても大切なことだと思います。

また、「発信力」が社会の中でますます求められるスキルになっていることは言うまでもありません。「この人ものすごく優秀だけど、シャイで、社外でほとんど知られてないなぁ・・・」という人が日系企業にはたくさんいます。そういう人は、残念ながら「優秀ではない」とみなされてしまうのが「日本以外」の世界です。

3.社外に仲間を作りそこから学ぶ。社内の付き合いはほどほどに。

「社外からも認められる人材」になるためには、様々な業界の人とのネットワークを持ちましょう。

人事なら人事のコミュニティ、経理なら経理のコミュニティ、等スキル軸でのコミュニティに参加できると学びの相乗効果が高いと思います。セミナーや研修に参加する等の機会を利用して、そこで得たネットワークを継続するのも良いと思います。そうした繋がりから、結果的に仕事やプロジェクトに誘われたり、ということも普通に起こり得る時代です。

私はタイに来て5年になりますが、タイにいる日系大企業勤務の方々は社内の人と過ごす時間が長すぎるように見えます。ゴルフなんかも盛んですが、社内コンペや業界コンペが多い。せっかくの趣味なのだから社外の人とつながれる目的にも活用できるのが良いのではないでしょうか。特に20代の若手駐在員がいやいや社内行事に駆り出されるのを見るにつけ、彼らのキャリアが心配になってしまいます。

確かに、社内行事や非公式コミュニケーション(京セラのコンペや、ホンダのワイガヤ等)は、一体感を高めるための日本企業の得意技でしたし、エンゲージメントを高めるためにこうした親睦や対話の重要性は決して下がらない、と人事的見地からも思っています。

あくまでバランスの問題です。いつも同じ人とばかり集まって飲んでいては、発想も広がりませんし、社内の常識しか知らない人になってしまいます。知識のアップデートや自分自身の相対化のために、社外とも接点を積極的に持ちましょう。

以上、長文となりましたが書いてみました。

繰り返しになりますが、必ずしも私は「グローバル礼賛」ではありません。むしろ、日本企業の一社に長く勤めるスタイルにも経営的な良さがあるという事をもう少し世界に理解してもらいたいと思っています。

が、やはり日本が世界のスタンダードからどんどん離れて行ってしまい、優秀な日本人が行き場を無くして行っていることには危機感を覚えます。

これからキャリアを歩む20代の皆さんは、社内の良いところを見つつも「世界の常識」「マーケットの中での自分」を意識してほしいと思います。また、すでに日本企業でキャリアを歩んでいる30代、40代、そして50代、60代の方も、遅すぎることは決してないので自らの軸を決め、そして外部に発信していっていただきたいと思います。私も頑張ります。


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