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「子供を見る」のではなく「子供と同じ方向を見る」こと

日本に戻って1週間ほど過ごしています。

今回の帰国の目的は、仕事の予定もありつつ、妻と結婚記念日を祝うこと、そしてもう一つは息子との対話です。

思春期を迎えた長男は、決して反抗期では無いものの、以前に比べて自分の考えを話してくれなくなりました。進路への迷いだったり、あるいは学校生活が思うようにいかないことに悩んでいるようにも見えます。中学生らしいと言えばそうなのかもしれません。

しょっちゅう帰っているとはいえ、私が離れて過ごしているせいもありそうなので、できる限り会話をするようにしています。

今日も、進路の話だったり、最近学校で悩んでいること、など色々と話題に出してみました。ですが、「うーん」「別に」みたいな薄いリアクションが返ってくるだけです。

そこで、スーパーまで散歩に連れ出して、妻と3人で歩きながら色々話してみました。

すると、ふいに「そういえば、〇〇って知ってる?」と話し始めてくれたり、スーパーで欲しいものを探しながら「これって美味しいよね」みたいな自然な会話が始まりました。あるいは、妻と私が歩きながら話す会話に入ってきてくれたりしました。

散歩というシチュエーションが良かったのかもしれませんが、家のリビングで話すよりもずっと自然体で会話することが出来ました。

子供の立場から見ると、親からあれこれと問い詰められても、よけい話す気がしなくなる。だけど、目の前の景色に反応したり、あるいは親が楽しそうにしていれば、そこには入っていきたくなる。そういう気分なのかもしれません。

あらためて、会話するシチュエーションと、親の自然なあり方が大事だなぁと感じさせられました。

子供の方ばかり見て、話そう、話そうと親が頑張りすぎてしまうのは、むしろ逆効果なのかもしれません。

子供を見るのではなく、子供と同じ方向を見つめること。そういう距離感で向き合うことで、自然と話したくなるような空気が出来るのかもしれないなと思いました。

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