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「駐在員制度の終わり」は本当か?

タイでの隔離生活も今日で終わりとなりましたが、ちょっと最近思うことについて、別な角度でのポストも一本書いておきたいと思います。

それは、「駐在員制度」についてです。

7月末からようやくタイにも臨時便が飛び始め、多くの企業が遅れての赴任者を送り出せるようになってきたわけですが、今回のコロナ騒動は、日本企業にとって「駐在員制度は今後どうあるべきか」というものについて大きな問いを投げかけるきっかけとなりました。

NHKニュースでこんな記事もありました。多くの日本企業が駐在員を帰したいけど帰せない、という状況に直面しています。

感染拡大が落ち着いたとしても、当面はウィルスを警戒しながら暮らすことになります。世界のどこの地域においても、「国を跨いだ移動のハードルが非常に高い」状況が続くでしょう。

タイだけを見ても、たったひとりを渡航させるのにも大変な手間とコストがかかります。これは企業にとって大きな負担です。私も今回、大きな金銭的・時間的コストを払いましたが、毎回の渡航のたびにこんなことはとてもできません。

また、コロナ不安の中、帯同していた家族を帰国させたり、赴任の際も単身での赴任ケースが増えています。家族帯同で赴任できないとなると、海外赴任のミッションを引き受けない人も増えてくるでしょう。

そんな環境の中で、日本企業は海外拠点をどうやってマネジメントしていくのかという命題について本気で考えていかないといけません。中には、「駐在員制度は無くしていくべき」という声も聞きますが、果たしてそうでしょうか。

駐在員制度はすぐには無くせない

本件について、私が見ている東南アジアの景色をベースに少し私見を述べてみますが、日本企業が駐在員制度をすぐになくすことは難しいと私は思っています。

一説によると、海外拠点のトップマネジメントを本国からの派遣者が担う率は、欧米企業では3~4割、大して日本企業は8割程度であるという数字を聞いたことがあります。マネジメントの現地化比率が低い東南アジアにおいては、8割どころか9割以上というのが私の感覚値です。それくらい日本企業というのは駐在員を重視した経営システムを取っています。

なぜ駐在員に頼る必要があるのかは、いくつか理由があります。

一つ目。日本企業の経営には暗黙知が多いからです。明文化されたマニュアルやノウハウではなく、哲学や熟練された技術が日本企業の競争優位性です。それらは簡単にトレーニングで教えることが出来ずにOJTを中心に伝達されます。また、暗黙知は言語化が難しいので必然的に日本語でしか表現方法が存在せず、外国人に理解するのが簡単ではない概念です。

二つ目。それゆえ、日本企業は伝統的に人材を内部調達するという経営手法を取ってきました。いわゆる昨今言われているメンバーシップ型というシステムがそれにあたります。内部調達のメリットは自社に染まった人間に任せることで判断・行動がブレにくく、他部門との調整もしやすい。一方で内部調達が中心となると、外部の人材を活用しづらくなる。海外拠点の経営を任せるのも、よくわからない外国人の方よりも、国内で経験を積んだ意思疎通のしやすい日本人となります。

三つ目。取引相手が日本人だということ。例えば自動車を作るには2万点の部品が必要と言われますが、そうした部品の調達先、そして完成した製品の販売先、はどうしても日系企業同士になりがちです。これは言葉や商習慣の問題が大きいと思います。日本文化は「ハイコンテキスト文化」なので、阿吽の呼吸で商売をしたがります。ビジネスのグローバル化が進んだ今でも、相手が外国人や外国企業だと「どうも商売がしづらい」という感覚は残っており、日本企業・日本人をビジネスの相手として選ぶ傾向があります。それらをいきなり外国人に担わせるのは簡単ではありません。

最後、四つ目は人材育成上の理由、です。メンバーシップ型の思想を持つ日本企業は、3~5年のジョブローテーションで人材を育成していきます。その中で海外拠点というのは重要なローテーション先として位置づけられています。海外拠点では国内よりも大きな重責を任され、また未知なる経験を沢山得られるので、たった5年の経験でも大きな人材育成効果があります。昨今ではトレーニーと称してより若い時点から海外に人を送る傾向も増えてきていました。海外拠点というのは、そうした人材育成の重要な場として位置づけられてきた面もあります。

駐在員制度というのはこうした背景の上に成り立ってきた歴史があり、基本的なシステムは長らく変わっていないと言えます。

駐在員制度の問題点

とはいえ日本企業の駐在員制度というのは時代に合わない、見直すべきという指摘がずっとなされ、いわゆる「人材の現地化」が提案されてきました。それは以下のような問題点からです。

一番は、駐在員制度は優秀な現地人の活躍の機会を奪うということ。日本企業のイメージをアンケートすると「日本人中心に経営していて、偉くなるチャンスが乏しい」という意見が必ず上がります。80年代~90年代のように東南アジアが途上国と言われていた頃は、現地人を下に見て仕事を与えるという関係性があったと思いますが、今はもう違います。現地には優秀な人材が多数存在しており、それらにそっぽを向かれてしまうことは人材戦略上好ましくありません。

二つめは、徐々に駐在員が現地の戦略にマッチしなくなっているということ。例えばアジアのGDPがどんどん上がってきた結果、モノを作る場所だけではなくてモノを売る場所としてアジアを見ることも重要になってきました。調達先、販売先も優秀な現地企業が存在しています。そういうネットワークを構築し活用するためには、現地人の方がうまくできるのは間違いなく、日本人に依存していることは逆に弱みとなってしまいます。

三つ目は、コストが高いということ。駐在員を一人送り出すのには手当、住居費用、帰国費用、家族の費用など多大なコストがかかります。少なくとも一人あたり2000万、大手企業になれば3000万~5000万くらいかかるケースもあるといわれます。これらは海外=危険地域とみなされていた昔の名残を引きずっており、もはやハードシップが無いような国でもハードシップ手当てが残っていたりもします。昔はそれでもよかったのでしょうが、海外が安全になり、また現地人も優秀になってくると、日本人一人に現地人を10人雇える給与を払う必要があるの?という議論にもなります。

なおこのコストについては昨今、逆転現象も出てきています。日本人の給料がこの20年殆ど上がらない間に、アジア各国の所得は大幅に上がっています。特に上級管理職層などは顕著です。日本にいる部長職が年収1,000万だとして、タイの大手企業で部長職を経験した人材を採用しようとすると、1,000万以上のオファーをしないといけないという話は、珍しくなくなってきました。人材の現地化はいずれにせよ必要ですが、「現地人=人件費が安い」という前提は今後も徐々に崩れていくでしょう。

こうした理由から駐在員制度は見直しが求められてきました。それでも、最初にあげた必要性も手伝って、一度作られたシステムというのは容易には変更できず、保存されてきました。

それでも、今回のコロナがもたらす「人間が移動できない」というハードルは、いよいよこの駐在員制度を見直すきっかけになると思いますし、またある意味でこれを奇貨とすることができれば、これまで抱えていた課題を克服するチャンスにもなるのではないでしょうか。

Withコロナ時代の駐在員制度の在り方

ではどうしていけばいいのか。コロナがどの程度落ち着くのかの先行きが見えない中で、明確な解は提示されていません。ここでは、このような方向に進むのが良いのではないかという私見を3つ述べておきます。

1.任期を長くする

シンプルなソリューションとしては、任期を2倍にすることです。これだけで少なくとも赴任時・帰任時にかかる金銭的・物理的にコストは半分になります。

かねてより、駐在員の任期(平均3年~5年)というのは短すぎるのではという意見がありました。3年では、現地に馴染み、言葉や文化に慣れて人間関係が出来たころに終わりが見えてきてしまいます。東南アジアは「関係性ベース」の社会の色合いが強く、信頼していた上司が去ってしまうというのはそのまま部下の退職リスクにもなります。

任期が長くなれば、それだけ駐在員の人選の重要度が増します。これまでは「たった3年なんだから、とりあえず海外を見てこい」的なノリで海外に興味も無ければ適性も無い人をムリヤリ赴任させるという風潮もありました。こうした人は赴任すると現地に馴染めず成果も出せません。結果、本人も部下も3年間ガマンすることになるということが起きます。

英語と多様性が弱点である大多数の日本人にとって、海外で働くということは簡単なことではありません。きちんと素養と動機のある人を人選すべきです。赴任期間を長めに設定するということは、これまでともするとおざなりになりがちだった駐在員の選抜プロセスを明確化することにもなるのではないでしょうか。

2.経験者にリモートマネジメントさせる

コロナによって全てがリモート化しました。海外拠点も、帰任者が日本から管理をする、あるいは出張ベースのプロジェクトが完全リモート化した、などの変更が増えたのではないでしょうか。

感想としては「やってみたら結構いけた。今後もリモートで良い」という声をよく聞きます。リモート化による効率化メリットは大きいですから、リモートマネジメントが促進されることは非常に良いことだと思っています。

とはいえ、リモートマネジメントは「関係性・信頼性の構築がなされた前提」の上で初めて機能すると思っています。今回、私も4か月間日本からタイのチームをリモートマネジメントをしましたが、それはこれまでに作った関係性があったからできたことだと思っています。全くベースが無い中でのリモートマネジメントはもっと大変だったと思います。

ゆえに、関係性を作るプロセスを疎かにしてはいけません。海外拠点で関係性を作るためには「私は現地の文化をリスペクトしていますよ」ということが相手に伝わることが必要となってきます。通常、駐在員は現地の人と食事をしたり、言葉を覚えたりしてそうしたプロセスを踏みますが、そうしたことが今後は簡単には出来づらくなります。

対策としては、一旦赴任させて、途中で帰任させてその後はリモートマネジメントをさせる。あるいは、海外経験者をリモートマネジメントの任に充てる、といったことが考えられます。海外赴任を一定期間経験すると異文化コミュニケーションのポイントが分かってきます。それらをベースに持っている方に任せることは、まったく未経験の方に任せるよりもずっと効果的だと私は思います。

3.現地採用人材を活用する

現地人に権限を渡していくというのは前提とした上で、ここで述べる「現地採用人材」とは「現地採用日本人」の事です。

それぞれの国には、自分の判断で海外にわたって仕事をしている、現地採用の日本人の方々が沢山います。それらの方々は、現地の言葉と文化に精通し、なにより現地に愛情を持っています。同時に日本人的な感覚も理解できますので、貴重なブリッジパーソンとしての役割を果たしています。

しかしかねてより言われるのは、現地採用日本人の処遇の低さです。先般挙げた駐在員のコストと比べると、それと変わらない、あるいはそれ以上の価値の仕事をしていても、待遇は数分の一に留まっていることが多い。せっかく優秀なスキルと貴重な海外経験を持っているのに、なかなかキャリアを拓きづらい、というのが現地採用日本人が直面している現実でした。

Withコロナ時代には、海外にいる優秀な日本人の希少性は高まるでしょう。そうした貴重人材の活用を企業はもっと進めるべきであると思います。そしてそれは、「海外で働きたい、でも駐在制度があるような大きな企業に勤めているわけではない」という日本人にとっては、新たなキャリア機会を与えることになるのではと思っています。

以上、3点を方向性として考えてみました。

もちろん、「日本人に頼らずに、現地人にもっと任せればいいのでは?」という問いも立ちます。しかし、最初に挙げたように、日本企業というのは日本人的な感覚に経営を大きく依存しています。いきなり日本人をゼロにすることはビジネス上リスクがある企業も少なくないでしょう。

現地人へのさらなる権限移譲と育成を進めていくことは全ての前提です。その前提の元に、トランジション・プロセスとして、今回上げたような「日本人のかかわり方を変容させていく」ということが必要なのではないでしょうか。

以上、今回は駐在員制度の今後についての視点を整理してみました。

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