【医療マガジン】エピソード1 直子と百田寿郎の出会い(前編)
「さぁ、本日のまとめです。『元気になりたきゃ医者いくな!』……ということで、この番組では、知らなきゃ損する情報を、知らなきゃ怖い真実を、転ばぬ先の折れない杖を、面白くわかりやすくお届けしていきます。次週もまた、知られざる医者の世界について、とっておきのお話をご用意します。見てくださいね、絶対に。それでは~っ。全国1千万の『しらこわ』ファンのみなさま、今夜も明日も明後日もぉ~、ムゥイビエン。バキュ~ン!」
偶然に出くわしたYouTubeの情報バラエティ番組。『知らなきゃ怖~い現代ニッポン10の真実』。ついつい手と目を止めて見入ってしまった直子は、フーッとひとつ、ため息をつきながら天を仰いだ。
なんだろう、この清涼感は…。
数秒前に「ムゥイビエン」と渋く発しながら、左手をピストルにしてバキュ~ンとやったキャスター、百田寿郎。失楽園でブレイクしたナイスミドル・役所広司を思わせる風貌と、歯に衣着せぬ喋り。ときたま垣間見せる少年のような天真爛漫な横顔。アシスタントの女性を優しく見つめる父性あふれる瞳…。
彼の醸し出すムードが実に心地よく感じられて、全編45分の番組の冒頭から、改めて鑑賞することにした。これができるのがYouTube番組の圧倒的なアドバンテージである。従来のテレビ放送では考えられないことで、たった今オンエアされた番組も、現在進行形でオンエアされている番組も、いつでも"追っかけ再生"(初めっから見直し)することができるのだ。
信じられないほど便利な世の中になったものだとひとり頷きながら、直子はこの歳になってもその技術革新の果実を堪能できている自分自身に感心するのだった。時代の変化に伴う新しい息吹を感じつつ、「ホント、コロナ様様だわねぇ」とニンマリせずにはいられない。
目の前では、百田がアシスタントの鶴田妃菜と、かかりつけ医についての世論調査結果について掛け合いを演じている。
「鶴ちゃんには、かかりつけ医って、いますか?」
「かかりつけ医ですかぁ…。風邪ひいた時に見てもらうドクターのことですかぁ?」
「なるほどね。まずは"かかりつけ医"の定義を明確にしなきゃいけませんよね。日本医師会がこう定義しています。『健康に関することを何でも相談でき、必要な時は専門の医療機関を紹介してくれる、身近にいて頼りになる医師』。こういうドクターのことを"かかりつけ医"と呼ぶわけです」
「何でも相談できて、他のお医者さんも紹介してくれて、頼れるぅ………。
あんまり思い浮かびませんねぇ……。あっ!毎月一度通院している美容歯科の先生ですね。ダイエットのこととか、骨盤の矯正のこととか、ウサギの栄養管理のこととか、なんでも相談に乗ってもらえるんですよぉ。すごいと思いません?」
「それはすごいけど、鶴ちゃん、もしかしてウサギを飼ってるんですか?」
「あっ、そうなんですよぉ」
そんなやりとりを見ながら、直子は二人の年齢を推理しはじめていた。
百田寿郎はウチの息子くらいかしら。鶴ちゃんは孫娘くらい???
ということは、鶴ちゃんからすると、百田は父親みたいものだわねぇ。
そんなことを考えながら、気づけば直子は、番組の音声を聴きながら、別画面で百田寿郎に関する情報漁りに没頭していった。今年の秋に喜寿を迎える女性としては、なかなかヤルものである。
この日の放送では、後期高齢者の100人中9割近くが「かかりつけ医を持っている」と回答したものの、そのうちの5割が「かかりつけ医に満足していない」こと。満足していない理由のトップが、「いろいろと相談したいのに相談できない、もしくは、相談しづらい」であること。
さらに、相談しづらい理由のトップ3が、「せわしなさそう」・「(関係ないことを訊いたら)叱られそう」・「気むずかしそう」…。
そんな内容が盛り込まれていた。
アシスタントの鶴ちゃんが、「訊きたいことも遠慮して訊けなくて、おまけに気むずかしそう。そんなお医者さんのところに、よく何年も通い続けてますよねぇ」と驚いていた。
それに対して百田が、「制度上、相談に乗ってあげてもおカネにならないんですよね。診察を回転させてナンボの世界なので、いろんな話を聴いてあげたくても、聴いてあげられないんだと思いますよ。まぁ、診察に関係ねぇ話とかすんなよぉ~的なドクターもいるでしょうけどね」
ふむふむ。妙に納得しながら、直子は、自分が出入りしている一般内科、整形外科、眼科、皮膚科の医者がどんなものか、明日から試してみなきゃねぇ…と考えていた。実に前向きな喜寿予備軍だ。
「そっかぁ。その点、美容歯科なんかは保険が効かないので全額自己負担ですからね。患者サービスというよりも顧客サービスの一環で、お客様の話にはじっくりと耳を傾けることが、経営上も不可欠なのかもですねぇ」
「さすがは鶴ちゃん。的確な視点ですね。逆に言うと、自己負担3割の医療保険制度の枠組みの中で勝負しているドクターたちは、多くの患者が望んでいる『じっくり話を聴いてあげたり、いろんな相談に乗ってあげたりという、おカネにならないサービス』をどうすれば提供していけるのか。そこが経営課題になりますよね」
「そう言えば、数年前にお母さんになった友だちが、実家のクリニックで受付のアルバイトをしてたんですね。でもですねぇ。コロナ以降、一気に患者さんが来なくなってしまって、院長のお父さんから、『もうバイト、要らないから』って言われちゃって、他のバイト探さなきゃ~とか言ってるんですよねぇ」
「鶴ちゃん、血統の良いお友達がいるんですねぇ。事実、首都圏ではじめて緊急事態宣言が出された2020年春以降、婦人科や小児科はもとより、内科・整形外科・皮膚科・眼科と、軒並み患者数が激減してるんですね。その傾向はいっこうに変わらず、2021年は、病医院の経営破綻が史上最多を記録したんです、ハイ」
「へぇ~。お医者さんでも潰れたりすること、あるんですねぇ。羽振りがいいイメージがありますけどねぇ」
「時代とともに、患者側の意識も行動も変わってきたのだと思いますよ。年配の患者さんは、大体みんな、定期的に通院して何種類ものクスリを処方してもらってね…。そんな生活が何年も続いてるんですよ。それでも症状が治らない。それどころか、クスリの種類や量が増えていくばかりで、結局、健康を取り戻せてないわけ」
「ですよねぇ。先週のゲストだった認知症の権威の先生もおっしゃってましたよね。クスリの日常的な服用が認知症の大きな要因だって」
そんな話を聴きながら、直子は思う。自分にも思い当たる節があった。コロナショックで通院を控えていたとき、毎日欠かさず飲んでいた高血圧と高脂血症のクスリがなくなってしまった。もらいに行かなきゃと思いつつも通院を躊躇するうち、規則正しい生活に努めたせいか、クスリを飲まないほうが目覚めもいいし、食事も美味しいし、心なしか肌の調子もよくなってしまったのが不思議で、こんなんだったらコロナが収束しても通院しなくていいかも……と感じていたからである。
「それでですね、鶴ちゃん。私、いいことを思いついたんですけど…。手前味噌ながら感動的なネタなんで、いいかな?ちょっと紹介しても」
「えっ。何ですか。是非是非ぃ~」
「そ? これなんだけどね」
直子は手際よく、メイン画面をウィキペディアからYouTubeの『しらこわ』に切り替えた。「医」という文字が書かれたフリップを手に、人懐っこそうな百田が穏やかに話している。
「囲いの中に矢が潜んでいます。矢を放てるよう、囲いの一面にだけ窓があるんですね。さて、鶴ちゃん。どっちの方角にありますか?」
「えっとぉ~。右だからぁ……東?」
「卓球です」
「???」
「ピンポ~ン!」と言いながら、卓球でスマッシュを決めるポーズをする百田。実に爽やか。で、ちょっぴり可愛い…。
「今日も出ました~っ!百田寿郎のオヤジギャグ」
「シャ~ッ!」
「・・・(怪訝)・・・」
「まぁまぁ…。でね。東にあるものといえばなんでしょうか?東を象徴するものと言えば何?」
「んんん。太陽!」
百田が、言葉を発することなく、卓球のジェスチャーを反復する。
「ハハハハハ。百田さん、続けてください」
「原始の時代から、東の空から昇る太陽は希望の象徴でした。その希望を、放たれた矢が射抜くのです。それが医者であるかもしれない。つまり、医療とは適切な距離感を持つべきだというメッセージが、この『医』という文字には隠されている…」
「ああ~っ!すごい、百田さん!おもしろ~い。納得しちゃいますねぇ~っ!」
三たびスマッシュのポーズをキメた百田が、「シャ~ッ!」ではなくって、こんどは福原愛ちゃんをマネて「サァ~ツ!」とやった。スタジオに笑いが起こる。
ったく、この百田寿郎というオトコは何なのだろう。ビジュアルは普通にキチンとしてる。話し方も話す内容もしっかりしてる。それでいて子どものような無邪気さがある……。面白い。痛快!タイプかも…。
そんな、直子の心模様である。 (To be continued.)
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