【百寿コンシェルジュ・神崎眞のエピソードファイル】父返る(2)

響介は、老親のためにと腹を決めて、インターネットで情報収集しまくった。まずは、どうすれば患者情報を、本人に代わって家族が受け取れるのか。これを調べるためだ。あちこちのサイトを転々とするうちに偶然目にとまったのが、百寿コンシェルジュなる老後問題の認定資格者たちが運営する『お困りごとホットライン』だった。要は、24時間365日、いつでも何でも気軽に電話相談に応じてくれるサービスだ。そして、そこの代表を務めているのが神崎という男だった。

電話してみると、響介が悩んでいた問題は簡単なことで、直系の子どもが出向けばふつうは簡単に入手できるはず。最悪でも、母親からの委任状を一枚こしらえていけば済むことだとガイドしてくれた。

が、響介も仕事が忙しく、職場から離れた救命救急センターに出向くことは容易ではなかった。そんなことを伝える響介に、神崎の事務所の職員が代行してくれる旨を教えてもらい、一万円という料金でやってもらえるなら、頼んでしまったほうが手っ取り早いと判断したのだった。

翌々日には必要な情報を入手してもらったのだが、結果的には、あの段階でもっと先のことまで含めて、じっくりと相談に乗ってもらうべきだったと後悔することになる。結局は、母に認知症の父との閉ざされた生活を強いる結果となってしまったからである。

最終的に、母は父の介護からくる過労とストレスと診断される。ちなみに母は、検査データを見る限りどこにも異常はなく、父の介護によるストレス性の疲労困ぱいであろうというグレーなことしかわからなかった。そしてこれが、母にとっての地獄の始まりなのだった…。

母はその後、偏頭痛と、肩からリンパ腺にかけての原因不明の痛みに苦しんだ。医者に診てもらおうにもキツくて通院ができない。タクシーに乗ると、眼の前が真っ暗になり、世界がグルグルと回りだす始末。おまけに、認知症の父が余計にイライラを募らせる。

母の訴えを聞いて、響介は往診してくれる医者を見つけようとしたのだが、電話帳を開いても、どこが往診してくれるのかわからない。地域の医師会にも電話を入れたが、はっきりしたことはわからない。食い下がると、じゃあ保健所にでも電話したらわかるかも知れないと言われた。しかし、保健所の対応も話にならず、結局は仕事の合間に電話帳を持ち出してきて逐一電話をかけまくることになった。十数件目にかけた診療所の職員が、たまたま往診に熱心な医師を知っていて救われた。

それにつけても納得できなかったのは、医師会にも保健所にも、地域の医療機関の情報が集まっていないことが一点。もう一点は、各医療機関の対応の劣悪さであった。

「うちはやってませんねぇ~」
「ちょっと今忙しいんでぇ」
「最近は、往診してるとこ、ないんじゃないかなぁ~」
「来られます?だったら、若干診療時間を過ぎても診れる場合もありますけどぉ~」
(ふざけるなっ!)

これが病院や診療所の受付職員の平均的接遇レベルなのかと思うと、腹立たしさを通り越して情けなくなる。卑しくも、医療機関というのは地域の社会資源であるはずだ。そこに従事する者たちがこうでは話にならない。響介は怒り心頭のなかで、いざという時の情報源を日頃から見つけておかないととんでもない目に遭いかねないぞ・・・と痛感するのだった。

結果的に、母親は定期的に往診を受けるようになったのだが、かかりつけ医、それも何かしらの事情で通院が困難になった場合には往診も厭わない、そんな医師を確保しておきたいものだ。

響介がつくづく身につまされてたことは…、

知っているか、知らないか。

世の中というのは、たったこれだけの違いで歴然とした格差がついてしまうということだ。何も知らずにいると、徹底的に不利益を被ってしまうのがこの国の医療なのだ。

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