「老健は3ヶ月しか居られない」…なんてことはありません!

先だって、縁あってNHKの番組に出演させていただきました。テーマは終のすみかの見極め方。取り上げたのは、現代における終のすみかの代表的な選択肢3つ。特別養護老人ホーム(以下、特養)、有料老人ホーム(以下、老ホ)、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)です。それぞれのチェックポイントについて、初心者を想定してわかりやすく伝えるというものでした。

収録後、NHKのスタッフの方といろいろお話する機会がありました。私は番組の中で、サコージュリアン(サ高住のスペシャリスト)として登場し、相手方の美辞麗句をかいくぐり、物件の本質を見抜くためのキラークエスチョンを紹介しています。それを受けて、こんなやりとりをしました。

「駒場さんだったら、ぶっちゃけ、自分の親をどこに入れますか?」

間髪入れずに、私はこう答えました。

「私なら、迷うことなく老健(老人保健施設)ですね」

一瞬の間があってから、会話が続きます。

「老健って……、老人保健施設のことですか?」
「ええ、そうです」
「今回の番組制作にあたっていろいろと情報収集したのですが、老健は終のすみかにはなり得ないんですよねぇ?」
「あっ。そう認識されている方が多いのですが、老健はれっきとした終のすみかなのですよ」
「ええ~っ! そうなんですかぁ~」
「はい。まちがいなく」
「そうですかぁ……。おかしいなぁ……」

天下のNHKの職員でさえこんな具合です。でも、彼がそう言ったのも仕方ないかもしれません。一般的に、老健は病院を退院した後に入所する、在宅復帰のためのリハビリ施設として位置づけられています。自治体の職員や介護支援専門員(ケアマネジャー)であっても、「老健は、3ヵ月以上は居られませんよ」などと言い切る人たちがかなりいるくらいですからね。なかには、当の受け入れ側である老健の職員にまでそんなことを言われてしまって、「あっ、そういうものなのか」と納得してしまう人たちもいるくらいなのですから。

しかし、実際はちがいます。現に、老健に入所した人のうち3割超は、そこで最期を迎えています。もっとも、いよいよ最後となったときに、老健と同系列の病院に転送されるといったケースも含めての話ですが。

私のところの調査では、2021年2月末時点で、全国にある約4,300件の老健のうち、実に8割超の老健が看取りまで対応しています。世間でよく耳にする「老健には3ヵ月しか居られない」という話は、ごくごく一部の「超強化型」とか「在宅強化型」とかを標榜している、老健全体のうちのわずか10数%の老健に限ってのことなのです。

私どもが扱った相談ケースでも、これまでに100人以上の方に老健に入所していただきました。というのも、私としては、老健こそがもっとも安全で安価な最後の生活場所だと考えているからなのです。なので、相談者には積極的に老健をお奨めしているのです。

でも、ただの一度も「3ヵ月経つから出て行ってください」なんて言われたことはありません。長い方だと、入所してからすでに5年を超えている方も10名以上いらっしゃいます。


それにしても、です。
「老健は3ヵ月しか居られない」という世間の誤った認識は、いったいどこからでてくるのでしょうか。私どもに寄せられる相談にも、老人保健施設のケアマネジャーや事務系職員から「3ヵ月が限度」とか、「そろそろ退所について考えてほしい」とか言われて困っている……というものが多々あります。

もしも老健側が、ただ単に「3ヵ月」を理由に退所勧告をしてきたとしたら、介護保険制度の施行とともに開設された、苦情解決機関(都道府県の国民健康保険団体連合会)に相談してください。もちろん、私どもでも構いません。きちんと老健側と折衝させていただきます。

そもそも、「老健は3ヵ月で出なければいけない」という決まりなんぞはどこにもありません。まちがいないです。このことを正しく理解していないケアマネジャーや相談員も少なからずいるから、つくづく困ってしまいます。まあ、だからこそ、この記事の価値が高まるというわけなんですけどね(苦笑)。

たしかに、介護保険制度が始まる前は、老健の入所期間が3ヵ月を経過すると、「逓減制」といって、老健に入ってくる毎月の収益がどんどん減っていくようなしくみになっていました。だから、「3ヵ月以内に、次の行き先を探していただかないと困りますからね」と、バシッと言われることも多かったのです。しかし、介護保険制度開始と同時に、この縛りは完全になくなりました。

おそらく、介護保険制度上、老健が在宅復帰を目指して支援する施設だと位置づけられていることが「老健は3ヵ月」説が罷り通っている原因だと思います。しかし、実際問題として、リハビリが成功し、健康を取り戻して自宅へ帰れるケースというのは、ごくごく少数派です。実態としては、「特養入所までの繋ぎ」としての位置づけになっており、老健を「第二特養」と呼んでいる人もいるくらいです。

私に言わせればこうなります。

『低所得者が特養ならば、老健は平均収入世帯のための特養だ』

このキャッチコピーが意図するところは、それくらい「(特養なみに)安い」ということです。

とはいっても、老健のなかには、「3ヵ月で退所」を経営上のミッションとして掲げ、入所者を少しでも早く自宅に復帰させて、ベッドの回転率を高めようとしている老健もあることは事実です。一定期間内に自宅に戻った入所者の割合が30%を超えると、通常は入所者一人一日当たりの収益が、9千円から1万5千円くらいにアップするからです。これ、在宅復帰支援加算という介護報酬点数のことです。しかし、老健側の話を聴くと、この差額アップ6千円を獲得するのは結構大変なことなのです。

【老健の介護報酬体系(厚労省)より抜粋】
★在宅復帰・在宅療養支援機能加算
・在宅復帰率が30%超であること
・退所後30日以内(要介護4・5の場合は14日以内)に居宅を訪問し、又は指定居宅介護支援事業者から情報提供を受けることにより、当該退所者の居宅における生活が1月以上継続する見込みであることを確認し、記録していること
・ベッド回転率が5%以上であること
・平均滞在日数270日以内
 
で、これらをすべて満たすことで、入所者ひとりあたり、一日210円(一か月で6千円程度)を売り上げとして計上できるわけです。

ですが、これらの条件をすべてクリアするとなると、かなりハードルは高いです。退所後のフォローが現場職員にとってかなりの負担になっています。退所した人の自宅を個別に訪問して、そこに介護サービスを提供している事業者のケアマネジャーから情報収集しなければなりません。

現場の職員たちにすれば、はっきり言って、めんどうくさいです。入所者全体の平均滞在日数も270日を切らないとダメ? 全国の老健の平均滞在日数が優に300日を超えているにもかかわらず、です。当然、リハビリの専門スタッフも数をそろえる必要がありますから、人件費が嵩むというデメリットだってあるわけです。

こうしたことから、全国に約4,300ある老健のうち、8割超の老健では、この在宅復帰支援加算をあきらめているのが実態です。つまり、8割の老健は、短期間で在宅復帰してもらおうとは考えていないということです。いったん入所してくれた人には、いつまで居てもらってもいいですよ、ということなのです。いや、もっと言ってしまえば、さいごまで居てもらったほうがありがたい……。そういうことだって考えられるのです。

それはどうしてでしょうか。
まあ、この世の常と言っては何ですが、そうすることで、老健だって経営的にしっかりと儲かるからです。仮に、入所者の最期を看取った場合には、老健側は、最後の1か月だけですが、約8万円を計上できる(ターミナル加算)のです。手間暇のかかる在宅復帰支援をゴリゴリと推進するよりは、のどかな日常でいいんじゃない?という老健も多いわけです。感覚的には、こっちのタイプが8割ですね。

【老健の介護報酬体系(厚労省)より抜粋】
★ターミナルケア加算
・一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがないと診断された入所者について、本人又はその家族等の同意を得て、入所者のターミナルケアに係る計画を作成し、医師、看護師、介護職員等が共同して、随時、本人又はその家族への説明を行い、同意を得てターミナルケアが行われていること

これを満たした場合、
・死亡日以前4日以上30日以下については、1,600円/日
・死亡日前日及び前々日については、8,200円/日
・死亡日当日については、16,5005円/日

を売上として計上することができることになります。

経営的観点からもっとはっきり言ってしまえば、介護保険以降、老健には、一般病院の診療報酬逓減制(入院期間が長くなるにつれ、診療報酬が減額されていく)が適用されなくなったため、入所したら入れっぱなしにしておいた方が、事務量も増えず、退所による空床も減るので経営的には安定するのです。これが、ひとたび老健に入ってしまえば、滅多なことがない限り、「出てください」などと言われるリスクはありっこない最大の理由です。

実際問題として、相手は病気の百貨店と称される高齢者です。3ヵ月では介護状態の回復が望めない場合、回復したとしてもその後の自宅での介護療養がむずかしい場合、特養やグルホへの入所待ち等々により、3ヵ月を超えて長期に入所せざるを得ない人が多々いたとしても何ら不思議ではありません。そうしたさまざまな事情がある人たちを無理やり退所させることなど、できようはずもないのです。

それでも不安だとおっしゃる方は、2012年以降の介護報酬(これが老健の収益の源泉)の改定について調べてみるといいでしょう。たしかに「在宅復帰・在宅支援」が大きく評価されつつあることはまちがいないです。しかし、その一方で、老健における「看取り」についてもより細かく手厚く評価されていることもまた事実なのです。これはつまり、老健に求められる機能として、在宅復帰も看取りも、どちらも明確に存在するという証明になるはずです。

それどころか、厚生労働省は現在の「老健」について、医療・看護の体制を強化した「転換老健」とすることにより、「介護療養病床の全廃、医療療養病床の削減」によって生じる、退所者の「受け皿」にしていく方針をも示しているのです。これはもう、どこをどう見たって、「在宅復帰支援と看取り」が、老健の2大機能なのはまちがいありません。

ただ、運悪く、先述した「在宅復帰、命!」みたいな老健に当たってしまった場合には、入所時に「入所期間は3ヵ月」と言われていたとすると、本当に3ヵ月後には別の入所予定者が決まっている可能性があります。だから本当に退所しなければならない……といったことも、理屈としては起こり得るかもしれません。

しかし、です。それでも、「大丈夫。老健を追い出されることはまずありません」と、声を大にして言っておきます。というのも、介護保険法で、老健側が入所者に対して退所勧告をする場合、「退所判定会議を開催し、施設入所の継続が妥当か、退所して在宅生活(あるいは在宅介護)が可能かどうかについて、医師以下の専門職で協議したうえで、退所が必要な場合には入所者の家族にその旨を説明し、理解を求めること」が明確に規定されているからです。

これがいわゆるアカウンタビリティ(説明責任)で、老健側から、納得のいく説明やきちんとした説明がない場合には、利用者サイドとしては、老健の指導監督責任者である都道府県の介護保険担当課に相談して、説明責任を果たすように指導してもらえばいいだけのことです。

ありがたいことに、介護保険制度においては、「介護サービスはあくまでも利用者本位」という麗しいコンセプトが貫かれているので、老健側のケアマネジャーには入所者家族が納得のいく説明を尽くす義務があり、その納得が得られない場合に退所を強制することはできないことになっています。

従って、例えば、現代医学では治癒の見込みがない認知症等の場合、せっかく入所した老健を追い出されるなどという心配は杞憂だということになります。私どもに相談を寄せてこられる現役世代がもっとも頭を痛めているのが、やはり老親の認知症のことです。ですから、そういう方にこそ老健はお奨めの施設ということになります。

でも、それでもどうしても埒が明かないときは、ちゅうちょせず、私どもにご一報ください。先方と折衝させていただくことも可能ですし、すぐに別の老健をご紹介させていただくことも可能ですので。

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