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【医療マガジン】エピソード4 眞と百田の出会い(中編)

鶴田妃菜は、『しらこわ』のアシスタント決定からしばらくして、百田が設立したオフィスに契約社員として籍を置くことになった。番組だけでなく、百田のコンサルティング活動のサポートもすることになったのだ。

妃菜にとっては渡りに船のオファーだった。百田に好感を持っていたし尊敬もしていた。児童教育の世界から転身して『しらこわ』のアシスタントには決まったものの、これからの進路や活動の軸を決める必要性を感じていた。そんな中で、いわゆる終活方面の仕事には大きなポテンシャルを感じたし、百田から直接学びながらおカネまでもらえることの価値は途轍もなく大きかった。だから百田の申入れを二つ返事で受け入れたのだった。
 
 
「ということなんでね。介護休業制度を利用した人たちのデータを集めたいんだよね。きっかけとなった具体的な問題。まぁ、これは親の認知症が殆どだとは思うんだけど…。実際に職場を離れてみてどうなったのか。問題は解決できたのかどうか。できなかったとしたら、ボトルネックは何なのか。この制度に対する満足度はどうか。そんな調査結果が出まわってないかどうかをさがして、この講演で使えそうなネタを明後日じゅうに集めてもらえると助かるんだけどなぁ。頼んでいいかな?」
 
ここでいう講演というのが、世尾眞なる、某企業の人事部長からの依頼であった。妃菜はインターネットでそれらしいデータをさがしまくったが、ピンポイントで合致すものがなかなか見つからない。図書館にも出向いて相談したが断念。その後もネットサーフィンを繰り返し繰り返し、とある社会福祉事務所のサイトに行き着いた。
 
そこは介護や医療をはじめとする老後のあらゆる相談に対応している社会福祉士の集団で、企業向けに介護離職対策コンサルティングもやっているらしい。百田からのオーダーに直で応えられるネタが見つからないのであれば、そんなネタを持っていそうな誰かにコンタクトできないかと考えた末の成果だった。
 
横浜はみなとみらいの観覧車を臨むビルのなかに、暁(あかつき)社会福祉士事務所はあった。アポを入れる際に百田に相談した結果、使えそうなネタがあった場合、データの出典として番組内で会社名を明示することを条件に、そのネタを使用させてほしい旨お願いすることを決めていた。
 
所長の観音寺暁子(かんのんじあかつきこ)は、いかにもキャリアウーマンチックないでたちで、話し方も所作もスタイリッシュな女性だった。あらかじめ用意してくれていた調査結果にも使えそうなものが多い。何といっても、観音寺事務所が実際に支援に関わったクライアントの声として、「介護休業制度を取得して後悔している」と明確に記載されていたのが、百田の意図にドンピシャだった。
 
「百田さんの番組はよく観ています。本質的なとこを突いてらっしゃるなぁ~って、納得しながら拝見してたんですよ。昨日もうちのスタッフが百田さんの本を買ってきてましたよ。機会があれば、私どもにも何かお手伝いさせてもらえたなら大変光栄ですと…、百田さんに是非、お伝えいただけますか?」
 
別れ際の観音寺の言葉である。

かくして、百田の講演会の準備は首尾よく整った。感謝の気持ちだと、百田は妃菜にディナーをご馳走してくれた。高層レストランの窓際で横並びに食事しながら聴く百田の声が心地よかった。目を細めて夜景を眺めながら、この先の目標や展望を語る百田のことを、妃菜は応援したいと思った。自分で役に立つものならと。そして、百田の力になれるよう、観音寺暁子のようなデキるオンナにならなければと、改めて覚悟する妃菜だった。
 
 
「職場を離れてでも親の介護に介在しようとするのは、親に対するやさしさだと思います。しかし、介護というのは、実際の介助にせよ、事務手続きにせよ、ビジネスパーソンが仕事の片手間で簡単に済ませられるようなものではありません。
 
考えてもみてください。仕事と家庭の両立ですらむずかしいのに、そこへもってきて親の介護まで本当にできると思われますか?介護休業を取得するのもひとつの選択ですが、その後の仕事人生は芳しいものにはなりません。それが現実です。一連の調査結果が、それを端的に表しています。
 
現役世代のみなさんは、結婚していれば、最大4人の老親リスクを抱えています。親の介護との向き合い方を誤ると、家庭崩壊するケースさえあるのです。いわゆる家族介護は絶対にやってはなりません。だからこそ、決めておく必要があります。親に介護が必要になったときに、どんな条件に合致した施設をさがすのか。実際には誰が動いて回るのか。
 
当然、まずは当事者である親の意向を知っておかないと話になりません。 これさえ明らかになっていれば、いざその時が来ても、そんなに慌てふためくことはありません。逆に言えば、これがないままに突然まさかが起きてしまうから、現役世代のみなさんの仕事や家庭に支障が出てしまうというわけなのです。
 
今日では、大きい会社ほど介護休業制度が充実しています。それは企業イメージや株価を上げるためだったり、人件費を削減するためだったりします。妙な話です。そもそも2000年から施行された介護保険制度は、「身内の介護を家族がするというのは非現実的だから、介護のプロに任せましょう」というのが基本コンセプトであったはずです。
 
ところが高齢者人口が増え続け、介護サービスを利用する人が増えるに連れて社会保障の財源が枯渇してくると、こんどは「3ヵ月間はおカネを支給するから、自身と配偶者の老親のために仕事を休んでいいですよ」という介護休業制度を奨励する。ホントに戦略のない国だとつくづく思います、私たちの国は…」
 
ここで百田はペットポトルの水を一口飲んでから、左・右そして正面の順に、聞き入る社員たち面々にアイコンタクトを送ると、ジェスチャーをまじえながら先を続けた。(To be continued.)

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