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天界の湖底

歌詞

グラフの上
y軸目盛り
下限の世界

目を凝らせば飛び込む歪んだ絵
耳を澄ませば届く不協
手を翳せば感じる壁の罅

心伝う

不壊の地に住む
水は昇る
風吹けば書き変わる
紙が破れても
空に描く余白の窓
欠ける月が星を描く

メモ

一番下で生きる。

期待しない。
周りを基準にしない。
人は動かせない。

環境や社会のことを、全く無関係に生きることは出来ないけど。
それでもやっぱり、順番をちゃんと認識する。

兎にも角にも、まずは自分単体。
それが最初!

考えられること
動けること
文明が継がれてること

全部全部、あたりまえじゃなくて。

基準値は一番下。
落ちることが出来ないくらい、一番下。

そうなると、ちょっとしたことがもうハッピー。
それ以下が無いから、上に行くだけ。
周りで何かあっても、そもそもそういうものだし、となる。

こんなんだと、生きててつまらないのかというと、そうでもなくて。
むしろ、かなり楽しい。

自分じゃどうしようもないことに気が取られないから。
っていうことは、自動的に自分の関心事だけに集中することになって。

小手先のテクニックや精神論で「人は人、自分は自分」、ってがんばっても、たぶん難しい。
結局世界がどうなってるのかを、ありのままに受け入れられるような自分になってしまえばよくて。
これはハウツーとかじゃなくて、長い人生のビジョンで、どこに歩いていくかっていうこと。
いま現状目先でどうこうじゃなくて、方向だけ決めておけば、あとは自動的に考えや動きがついてくる仕組み!

方向の決め方が、自分軸であれば。

慣れって怖いね〜
染み付いた常識って怖いね〜
当たり前って怖いね〜
バイアスだらけであることを自覚するのって難しいね〜

何かをしたかったら何かをやめればできたり。
数少ないネガティブに気を持ってかれるなら、ハッピーな状態の考え方を変えればよくて。
嬉しいことや楽しいことが発生するんじゃなくて、ネガティブなことが起きないこと自体がハッピー、っていうふうに。

足し算や掛け算じゃなくて、引き算や割り算で考える。

辞める、捨てる、逃げる、空ける、切る、諦める、期待しない

生きることって、いかにこれらをするか、出来るかっていうことなのかなーと。
構造上、有限な中で世のすべてを楽しむことって出来ないから。

そうなってるんだから、こうする、というだけ。

みたままありのまま、とらえて、ながれるように、ふらふらと。
こんなんしてると自分が無くなってしまうかもしれない、と思うかもだけど、逆!
脱力によってパワーが出る!

本当の無気力な人っていうのは、人生を期待だらけの足し算で考えてる人のこと。
基準値が上過ぎるから、落ちるという現象が発生している!
下がりようが無ければ、無気力にならない。
だって、そうなってるから。

人は今の状況が当たり前で、そこに枠を作ってる。
その枠の一番下に基準を置かずに、真ん中より上に置きがち。
で、その枠の一番下を恐れがち。

その枠から飛び出れば、一番下だと思ってた場所が中間だった、なんてことはよくあって。
どこまでいっても相対的。

地上から見た空には底なんてなくて、常に上にあるように見えるけど。
宇宙から見たら、空は裏側にもある。
ってことは、地上からすると、方向的に下にあることになる。

どこに視点を置いて枠を作るか。
その枠のどこに基準値を置くか。

価値観って、こういうもので。
人生はこのアップデートの連続で。

月が欠けてるとき、光が無いことを残念と考えるか。
欠けて光が無くなってるからそこの星が見えるようになってハッピーと考えるか。月だけ見てるか、空だけ見てるか、星だけ見てるか、宇宙だけ見てるか。
どれが些細なことで、どれが重要かは、これによって決まってるだけ。

まるで生まれ持ったものとして湧き上がってきて、これが自分本来の不変の価値観だ!なんてものは、無い。

どこを歩いてるか、だけ。

たったこれだけ。

シンプル!

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