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幼児の遊びに「学び」があるために大人がすべきこととは!?

執筆者名:新井しのぶ
(中村学園大学教育学部 講師)

 私は、2016年まで分子生物学を専門として日々研究に励んでおりました。しかし、子育てを行う中で、子どもの科学教育に役に立つ研究を行いたい!と、思うようになり、なんと運よく現在の教育学部にて職を得ることができました。有難いことです。
 
 幼児科学教育について勉強・研究する中で、まず驚いたことは、幼児教育において「学び」は「遊び」のなかにあるのであり、幼稚園・保育所では幼児の自発的な活動である「遊び」を適切に環境設定しなければならないということでした(例えば、幼稚園教育要領 平成30年)。幼児教育について全くの無知であった私にとって、これは非常に衝撃的でした。「遊び」ながら「学ぶ」なんて、そんな都合の良い学びなんてあるのだろうか!?と。バブル期、そして中学受験が最も過激で盛んであったミレニアル世代の私がこれまで受けてきた教育には、「遊び」なんてものは存在していないように思われました。しかし、幼児教育を学べば学ぶほど、「遊び」にこそ「学び」があるのだと、考えるようになりました。

 そこで、本記事においては、私が最も衝撃を受けたCorinne Hutt(以下,コリンヌ)の研究成果についてご紹介するとともに(主に、「Play, Exploration and Learning」1989の本を参考にしております。)、「遊び」の中には必ず「学び」があるわけではないこと、「学び」を生むためには大人が介入しなければならないことについて議論いたします。なお、Corrine Huttの詳細について、中村学園大学の研究紀要にてレビューとしてまとめておりますので、ご興味のある方は是非そちらもご覧ください(in printing, 2024年3月発行)


コリンヌによる「遊び」の分類

 皆さまは、幼児の「遊び」にエピスティミックな行動とルーディックな行動があることをご存知でしょうか!?エピスティミックな行動とは,幼児が「これは何だ?」「これで何ができるのだろうか?」と探索的に活動しながら知識・技術を獲得する遊びの場面で、これにより幼児は物の性質や使い方、つまり知識・技能を獲得します。これに対して,ルーディックな行動とは,獲得した知識・技能を使って自由に楽しむ遊びの行動です(Hutt, 1989)。

 例えば、子どもはブランコに乗るとき、初めは乗り方が分からず探索的に行動しながら、その乗り方についての技能を身に着けます。これがエピスティミックな行動を伴う遊びです。もちろん、ブランコに乗ることを強制するような場面では、これは「遊び」とは言えません。ブランコに乗って遊びたい!という、自発的な行動の「遊び」のなかでこそ得られます。その後、ブランコに乗れるようになった子どもは、ブランコに乗って、空を飛ぶ感覚を楽しんだり、乗ることができる技能を使える有能性を楽しんだり、つまりルーディックな行動になります。ここでは、新たな技能は生まれません。しかし、「もっと高く漕ぎたい」や「ブランコからジャンプして降りたい」(どちらも危ないですが・・・)と、新たな挑戦が生まれると、エピスティミックな行動を伴う遊びとなります。このように、子どもは遊びを通して、エピスティミックな行動とルーディックな行動を繰り返しながら、知識・技能を獲得したり、自由に楽しんだりしているのです。(進藤公夫(元福岡教育大学教授)は「ブランコ」が小学校にはあって、中学校にない理由は、そこに学びがないからである、と述べています。(九州大学の授業資料より)) 

 この「遊び」のエピスティミックな行動とルーディックな行動の分類は、さらに枝分かれし下の図のように展開されます(「Play, Exploration and Learning」 Figure 16. 1を転用;翻訳は新井が行いました)。この分類に至ったコリンヌの実験方法が、これまた大変興味深いです。なんと、彼女は医学部で動物行動学の研究手法を活かして、幼児を詳細に観察しました。エピスティミックな行動とルーディックな行動の分類も、生理的な証拠から得られたものであり、研究者としてデータの厳密性を重視したコリンヌだからこそ出せた結果であると思います。以下に、その詳細について紹介します。


Corinne Huttの遊びの分類(「Play, Exploration and Learning」 Figure 16. 1を転用)

エピスティミックな行動とルーディックな行動の生理学的な違いとは

 コリンヌは子どもに心拍のモニタリング装置を装着し、遊んでいる子どもの心拍変動と心拍数について調査しました。

 研究対象とした子どもは、1歳11か月~2歳4か月の幼児24名と8~10歳までの児童8名で、幼児に対しては遊び方が分かっている市販のおもちゃと、初めてみる目新しいおもちゃを準備し,それぞれで遊ぶ際の心拍を分析しました。その結果,エピスティミックな行動とルーディックな行動の遊びでは,生理学的に違いがあることが判明したのです。具体的には,エピスティミックな行動の心拍数変動はルーディックな行動と比較して、非常に穏やかであることが判明しました(パズルを解くときなど、考えて遊ぶ時には、とくに穏やかでした)。これは,自律神経が副交感神経に偏り,情報量を制限することで,脳への記憶が思考に集中している状態であり、睡眠中に脳内の記憶を整理するレム睡眠の心拍変動の状態と同じ状況だったのです(レム睡眠とノンレム睡眠と記憶のメカニズムについての詳細は、こちらの記事をご参考下さい)。コリンヌは、エピスティミックな行動を伴う遊びでは、脳が活発に知識・技能を獲得しようとしているから、心拍変動が緩やかなのだろうと考察しています。実際に睡眠時のレム睡眠の占める割合は,幼児期が最も多く,年齢と共に減っていくことが分かっています。

エピスティミックな行動を引き出すには!?

 上記でも述べましたが、コリンヌは幼児の遊びに「学び」が生じるのは,エピスティミックな行動を伴う遊びの場面であり,ルーディックな行動の中では新たな学びは生まれないと論じていました。これは、ブランコの例も然り、また子どもだけでなく、大人の皆さんの生活においても同様ではないでしょうか?

 これらの結果を踏まえ、保育の現場で幼児の遊びを観察したコリンヌは、ある問題点を発見します。保育の場では,多くの幼児がルーディックな行動の遊びを展開しているだけで、保育者はそれを見守るだけである状況でした。幼児の周りにあるおもちゃは、見慣れたおもちゃばかりで、子どもたちは楽しそうに遊んではいるが、楽しむだけであり、そこに探索的な学び、つまりエピスティミックな行動はなかったのです。このことから、保育者は探索的に知識・技能を獲得しようとするエピスティミックな行動を促す環境設定や働きかけを行う必要があると、コリンヌは主張しました。

 それでは、エピスティミックな行動となる遊びになるために、我々大人は、子どもたちにどのような遊具を提供すれば良いのでしょうか。このことについて、コリンヌは保護者に向けたこのようなアドバイスしたと言われています。

「子供たちの創意工夫を認め、空の段ボール箱を用意しましょう」

Nursery Worldの記事より)

 研究について、他人にも自分にもきびしく、データの正確性・再現性を重視しながら幼児教育の研究に携わったコリンヌは、その後、急な病により46歳という若さでこの世を去ります(1934-1979)。日本の幼児教育において、コリンヌの業績が引用されることはほとんどありません。しかし、幼児の遊びを重視する幼児教育において、コリンヌの遊びの分類は幼児を観察する保育者に、新たな視点を与えるのではないでしょうか。

エピスティミックな行動となる科学遊びを目指して

 私は、幼児科学教育を専門として、幼年期の子ども達(5~8歳児)を対象とした科学活動を行っております。科学遊びは、現象を楽しむマジックショーのようになりがちですが、科学活動が、子どもたちにとって楽しい遊びであると同時に、探索的に考えることができる「学び」となるために、コリンヌが観察した子どもの遊びの中の様子を常に考えるようにしています。

 まだまだ、課題や反省点が多いですが、引き続き幼児教育の発展のために頑張って参ります。

 当記事に関しまして、ご意見等ございましたら、是非ご連絡頂ければ幸いです。
E-mail; arai_s(a)nakamura-u.ac.jp ( (a)を@に変換してください)

※見出し画像として掲載した森の中のミミズクとシマリスの絵は、科学絵本シリーズ「お月みまでの7にちかん」(文;あらいしのぶ、絵;しらいしえり)より引用しております

※本記事は「科学教育 Advent Calendar 2023」の企画において寄稿されたものです。
※本記事の内容や主張は執筆者によるものであり、本記事の掲載をもってJAASや教育対話促進プロジェクトがその内容や立場を支持するものではございません。

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