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JAASで「科学教育」をどう扱うべきか?

執筆者名:下平剛司
(教育対話促進プロジェクトチームリーダー)

 こんにちは,JAAS教育対話促進プロジェクトチームリーダーの下平です。
今回の記事では,教育対話促進プロジェクトの背景として,JAASという団体で「科学教育」というトピックを扱っていくにあたって僕自身が考えてきたことを(割と素直に)ご紹介できればと思っています。


「科学教育」を扱うって大変!!!

「科学教育」のイメージは十人十色・千差万別!

 突然ですが,「科学教育」と聞いてなにを思い浮かべますか?

 学校の理科,算数・数学,技術,情報の授業や,サイエンスカフェやサイエンスショー,モノづくりやワークショップ,博物館や科学館,マンガやアニメ,教育番組や学術系VTuver,ラジオや配信などなど,「科学教育」という言葉から連想されるものはたくさんあります。

 どれを重要と捉えているかは,例えばその人がある分野の実践者・研究者なのかといった点や,今現在子どもが学校に通っているのかどうか,学校教育に対してポジティブなイメージがあるのかネガティブなイメージがあるのかといった,それぞれの人の立場によって異なっています。

 まさに「誰でもイメージできて,誰でも経験していると感じている。だからこそ,誰でも語れる」というもので,多種多様・十人十色・千差万別に科学教育は捉えられています。

「JAASで」扱うということの重さ

 JAAS(日本科学振興協会;Japanese Association for the Advancement of Science)の名称は,アメリカの科学振興団体である『AAAS』(American Association for the Advancement of Science)を参照にしています。

 本記事の執筆段階において,JAASとAAASの間に連携関係などはありませんが,このような名称である以上,JAASとAAASが比較されることは避けられないでしょう。

 そう考えてAAASを見たときに,AAASでは科学教育に関する様々な取り組みや実績があります(Project2061など)。しかしながら,そのような取り組みを実践していくには,人材もお金も労力も,全てが足りていないというのが,JAASが設立してからの状況でした。

 僕自身,科学教育に関する専門性はとても限定的なものですし,それを全て網羅して妥当なコメントを出せるか,と言われたらそれは「No」です。JAASの中での科学教育に関する専門性を持つ人達を眺めても,科学教育という分野・領域から想像される全体像の大部分をカバーした人材が揃っていると思えるものではない状態でした。

 この状態で勢いのまま突き進んでどんどん科学教育に関する提言や活動をしていくのは(特定の層からの支持は得られるかもしれませんが),将来のことや他の科学教育研究の専門家コミュニティとの関係性のことなどを踏まえて総合的に考えていくと,それはあまりに危ういと考えていました。

日本の科学教育コミュニティにはなにが足りていない?

「日本科学教育学会」と対比する中で

 では『JAAS以外で科学教育に関する組織としてどのようなものがあるのか?』といったことを考えた時に,「日本科学教育学会」のことを考えました。

 学会では新参者・ひよっこも同然の僕が言うのもなんですが,日本科学教育学会はとても懐の広い学会だと感じています。『「科学教育」という興味・関心の下で会員が行っている研究が科学教育だ!!!』というように科学教育のことを扱っていて,扱われることのあるトピックの幅が非常に広いです。そこに集まってくる人々も,それぞれの科学教育の専門性を持ちながら,互いのテーマを尊重し,時に協力・議論しながら科学教育への貢献を目指していて,とても良い学会だなと感じています(個人的に大好きな学会の1つです)。

 個人的な見解ではありますが,これは「科学教育」の定義の仕方が秀逸であることが要因にあると思います。研究対象やトピック,手法で分野を区切るのではなく,科学という文化・営み・社会活動に紐づいた活動を扱うことを可能にし,多様性・包摂性に満ちたコミュニティの形成を可能にしていると思います。

 一方で,日本科学教育学会では出逢うことができない人々がJAASには所属していることも確かなのです。

 JAASには「科学教育」以外の研究者がいます。サイエンスコミュニケーションの方がいます。単純に「科学が好き!」という方がいます。このような人達は,科学教育に関する学術的交流の場である日本科学教育学会ではほとんどお見掛けすることがありません。

 このとき「科学教育の研究者でなくても参加できる科学教育のコミュニティ」というのは,重要な価値を秘めているのでは?と思うようになりました。

シチズンサイエンティストとして活動する中で

 自分はシチズンサイエンティスト,つまり職業としては研究活動を行っておらず,プライベートでの研究活動を行うという立場から科学教育に関わっています。

 これは当然なのですが,自分は仕事以外の時間で研究を行っているので,仕事の時間には研究はできないんですよね(有給とかを使えば別ですが,それもどこかで限界が来るので…)。

 この関わり方だと,職業として研究をしている方々とコミュニケーションを取ろうとするにはラグが生じますし,平日の昼間にオンラインや対面でコミュニケーションを取るのは非常に難しくなっています。

 なので,研究者の方々と自分のような職業研究者の人が「時間を合わせてなにかをやろう!」となると,平日の夜や土日のような時間にならざるを得ません。でも,このような時間は(互いに)プライベートな時間でもあるわけで,それぞれのライフスタイルによって程度の差はあれど,研究に割くことのできる時間にはどうしても限りが出てしまうものです。僕自身,プライベートな用事で参加できなかった勉強会の数は計り知れません。

 そういうことを体感するなかで,「市民の人達との交流の機会だから土日返上で参加してね!研究者の社会的責任だよね!」と言い放つことは,やっぱりできないなと思うようになりました。逆に,「大事な研究会あるからみんな仕事休んで参加しましょう!」とかも言えない訳ですよね。

 もちろん,交流の機会を作っていくことは重要ですし,それには互いに歩み寄りが大事です。でも,それをずっとハードに続けることはできませんし,限度があります。

「活動資金」にあえぐなかで

 活動資金についても考えるところがありました。

 本記事執筆の2023年12月段階では,教育対話促進プロジェクトに対してJAAS運営から割り当てられている資金は「0円」です。活動は『全部手弁当』『無償ボランティア』です。

 この状態を改善しようといろいろと考えましたが,どれも多少なりともハードルがあると感じていました。

 「なにかの事業」をベースにスタートした活動ではないので,助成金を申請しようにも,多大な労力がかかります。加えて助成金が資金源だと,どうしてもその使途が限られることや,組織体の問題で応募が困難なケースがあるという問題もありました。

 行政からの補助金を受けようにも,その原資というのは税金です。「科学教育は大事だから税金を投資すべき!」という主張をしていくことも考えはしたのですが,税金の "パイ" が限られている中でその争奪戦に参加したところで,果たして根本的な解決になっているのか?というところへの疑問がどうしてもありました。

 資金源をどこか特定のステークホルダーに頼った体制を作っていくことへの疑問も,個人的に感じていました。大きな支援をしてくれそうな組織を探して説得して出資していただくことで,一時的に活動規模を大きくしていくことは可能だと思います。ですが,その先はどうなるのか?と考えると,今この手段を取ることは難しいと考えました。
 活動の収入が偏ってしまうと,その出資先がなくなったときに活動が大きく傾きます。そうならないために,出資先の顔色を窺い続けるようなことになれば,それはJAASのポテンシャルを損なうものになってしまうのではないか?という懸念がありました。


 こういったことを考えていく中で,JAASで科学教育を扱っていくには,日本の社会にとって意義・インパクトがありつつも,参加する人にとって優しい,「なにかいいやり方」を考えていく必要があるなと思うようになりました。

新しいエコシステムのための基盤を作る

社会で支える科学教育のエコシステムを目指す

 このようなJAASの現状や科学教育を取り巻く世の中の状況を考えていったときに,『"新しい科学教育のエコシステム" の形を考えていくことが必要なのではないか?』と考えるようになりました。

 具体的にはまだまだ形は見えてきていませんしこれからですが,僕はなんとな~くこんなことが実現できたらいいな,ということを考えています。

 「公(政府・行政)」だけでも「教育者(先生)」だけでも「研究者」だけでも「私(個人・市民)」だけでも「商(企業)」だけでもなく,それらすべてのステークホルダーが参加し,支え,その間を往還することができる場所。
 権力や力関係によって科学教育に関する言説が捻じ曲げられず,科学教育や科学文化と真摯に向き合うことができる場所。
 その場所から人やお金,知識の新たな循環や交流,そして生産が行われるような,科学教育における中立的な "集会所"。

まずは集まって話をすることから始めていこう

 とはいっても,冒頭で述べたようにJAASには人材も資金も,ありとあらゆるものが足りていません。

 もちろん,やりたいこと・やってみたいことはたくさんあります。でも,そのためには地道な一歩を重ねていくことが重要だと考えています。

 そこで,教育対話促進プロジェクトは「科学教育で繋がる場を創ること」というビジョンを掲げ,「科学教育や科学文化に関する様々なトピックを共有して対話するところから始めていこう!!」と始動しました。

「対話」の精神をしっかりと根付かせていく

 「どういったものが新しい科学教育のエコシステムの基盤になるのか?」ということを考えた時に,やはり「対話を行うためのしっかりとした土壌を持っていること」というのは重要な要素だと考えました。

 対話は「暴言を吐かなければいいんでしょ?」「差別用語を使わなければいいんでしょ?」「相手に質問させればいいんでしょ?」というような単純なものではないと自分は考えています。

 社会的地位などのパワー関係を背景に自分の意見への同意を迫るような言い方はどうでしょうか? 相手の発言した内容を自分の都合のいいように解釈して話を進めていくのはどうでしょうか? 質問に答えずに,自説のみを主張し続けて時間が過ぎるのを待つのはどうでしょうか?

 どれも,対話ではないはずです。暴力といってもいいかもしれません。でも悲しいことにおそらく,「対話」や交流の場でそういった場面に出会うことは少なくないと思います。

 これは「○○をしなければいい」というようなルールだけで決められる問題というよりは,コミュニティとしての文化や規範の問題でもあると思います。他者を尊重し,安心して対話できる場であることは,新しい科学教育に関するエコシステムやコミュニティを創り上げていくための,何よりも重要な土台だと僕は思っています。

みなさんの参加を待っています!!

 今回の記事では,教育対話促進プロジェクトとしてどうかというより,自分がそこに関わってきた中で考えてきたことを紹介させていただきました。
 この内容は自分の考えてきたことなので,僕とは違うスタンスで教育対話促進プロジェクトに参加してくださっている方もいると思います。「それは少し違うんじゃないか?」という想いを抱えている方がいても全くおかしいことではないと思います。そういった意見は是非対話の場でいただければと思いますし,これから活動をしていくにあたって方向性やビジョンを修正していく際に提案いただければと思っています。

 また,「素晴らしい活動だからみんな今すぐ参加しろ!!」などというつもりはありません(そんなこといったら大矛盾しちゃいます(笑))。
 ただ,対話の場を創っていくときにちょっと話題提供して力を貸していただいたり,ちょっと時間をつくって参加していただければありがたいと思っています。(ですので,2023年のアドベントカレンダーの企画で多くの方に参加いただけたのはとても嬉しく感じています。) 
 そうやって少しずつ科学教育を通して繋がっていった先に,JAASの活動に実際に参加していただいたり,新しい科学教育のエコシステムやコミュニティの実現がなされていくことを僕は願っています。

(補足1)
 文中で活動資金の話を述べさせていただきましたが,活動資金に関してはプロジェクトに対する寄附を受け付けています。
 いただいた寄附の使途はプロジェクト内で協議して使用させていただくことなりますが,現時点においては,科学教育に関する対話イベントを実施する際の話題提供者への報酬や,イベントのバックオフィスでの作業をしてくださってくる方への報酬,科学教育に関する事業を実施する際の準備資金としての利用を想定しています。
※プロジェクトに対する寄附の場合,「教育対話促進プロジェクトへの寄附」であるという旨を明示いただくようお願いいたします。

関連リンク:入会のご案内・寄附のお願い

(補足2)
JAASの科学教育に関する活動を行うプロジェクトには,教育対話促進プロジェクトのほかに「社会連携WG教育社会共創ユニット」がございます。
「JAASと特定の企業で組んで大きなプロジェクトを!」という場合には,教育社会共創ユニットの方でも対応可能ですので,お気軽にご連絡ください。

※本記事は「科学教育 Advent Calendar 2023」の企画において寄稿されたものです。
※本記事の内容や主張は執筆者によるものであり、本記事の掲載をもってJAASや教育対話促進プロジェクトがその内容や立場を支持するものではございません。


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