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RADWIMPS - あいたい

私は邦楽が好きだ。
歌詞の意味を考えたり、日本語の言葉遊びを楽しむのが好きだからだ。

タイトルの曲は、そんな好きな曲の中でも殿堂入りと言っていいほど歌詞がお気に入りだ。

RADWIMPSは毎年、3月11日付近に東日本大震災を追悼する曲を書き下ろす。
この曲は、震災から10年たった今年発表されたものだ。

私にとってこの曲は、父への想いを思い出させる起爆剤になっている。

歌詞の一部分に、こういったものがある。
「僕は生きてるよ 君のいない世界で たまに笑ってみたり 何か夢中になったり」
「だけど君が ここにいなくてもいい理由 なんかどこにも 見当たらないまま10年」

5年前に父が亡くなってから、私は大学を卒業し、社会人になった。
日常生活を営む上で、父がいないことによる支障は、悲しいことに、ない。

歌詞にもある通り、
日常生活を送る上での支障はないが、
だからといって、父がいなくてもいい理由なんて全くない。
どこをどうやって探してもない。

ただ、あいたいと思う。
たまらなくあいたい。
どんな会話だっていい、お父さんと会話をしたい。
欲を言えばお互いの近況報告をして、
いろんなことの答え合わせをして、
やっぱり私は社畜だ、なんて笑いあって
一緒にお酒を飲んでみたい。
お父さんの酒癖の悪さに辟易して、もう一緒にお酒を飲まない、なんてお母さんに話をしたい。

やりたいことがたくさんある。
したいことがたくさんある。
全部叶わないとわかっているから、その想いは強くなるのか。
それとも元々強かったのか。
いずれにせよ、私が父とやりとりをできる未来は一生来ない。

だんだんと、父の顔や体型や声、匂い、
普段の口癖を思い出せなくなっている。
人間は、忘却をするから、生きていけるなんて誰かが言っていたし、だからこそ私は日常生活を送れているとは分かっている。

ただ、未来に絶望する。
あんなに傷つけた私がのうのうと生きてることにも、生かしてもらった身なのに、日常に対して愚痴を吐くことにも。

全てめちゃくちゃになってしまえ。

こうやって、思いを吐露する場所があってよかった。
今日はお酒を少し飲んで寝る。

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