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そうだ 唐菓子、食べよう。

 あれはもう1年前なのか。蘇がにわかに流行り、自分も作ってみたのは。
 牛乳を固形になるまで煮詰めた蘇はほのかに甘みがあり砂糖が無かった時代には貴重な甘味だったことだろう。

 そんな蘇と同じく、古代日本で食べられていたお菓子に唐菓子(からくだもの)というものがある。奈良時代遣唐使により日本に伝えられたというもので、今の感覚でいうお菓子とは違い寺や神社のお供えものだったそうな。当然庶民には食べることができない高級品で希少なものだった。

 当時の僧や貴族にのみ許された唐菓子の味はどうであろうか。気になるのが人の子というもの。現代でも作っている店があるという。しかも通販可。買うよね。


清浄歓喜団と餢飳画像1

 強そう。まず名前が強そう。清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)、選ばれし精鋭部隊のような名前だ。
 餢飳(ぶと)、読めねえ。読めない漢字というだけでもう強い。
 箱も黒に金で高級感と重厚感がある。確かに貴族にしか口にできなさそう。

 この二種が今でも買えてしまう唐菓子。京都の「亀屋清永」という老舗和菓子屋さんで作られている。
 貴族にのみ許された楽しみを小市民でも手軽に手にすることができるのは文明のおかげ。人類の進歩には感謝の念を禁じ得ない。
 

 というわけで早速にるぎりと二人で食べてみた。


清浄歓喜団

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 「せいじょうかんきだん」と読む。強そうな名前と裏腹に巾着のような可愛らしい見た目。「清め」の意味を持つ七種類のお香を練り込んだこし餡を米粉と小麦粉の生地で包み、胡麻油で揚げたもの。
 もちろん奈良、平安の世に砂糖を使った小豆のあんこなんて無く、この製法は江戸時代からのものらしい。

にるぎり
 「開けた瞬間の凄まじい胡麻油臭。
 かってえ!歯が立たないとはこういうことを言う。本当に硬い。
 シナモンとクローブが入っていると聞いたのでかなり身構えていた(というか絶対まずいと確信していた)が、思っていたよりは食べられる。
 線香というか、仏壇というか、寺というか、厳かで仰々しいおばあちゃんちみたいな香りの後ろを胡麻油の香りがとてつもないスピードで追いかけてくる。
 甘さは控えめ。お茶を飲んでも口の中から消えることのない強烈な香。スパイス香より白檀と胡麻油の香りが強い。かなり複雑な芳香のため、あんこの味が分からない。
 食べる前は絶対まずいと思っていたので一口食べてじゃむしに任せるはずだったが、なんとなくボリボリ食べ進めて完食できた。食べ終わった後は胡麻油の味で頭がクラクラする。
 想像より悪くなかったし決してまずい食べ物ではないが、もう一つ食べたいかと言われると躊躇う。人を選ぶ香りだと思われる」

ジャム
 「胡麻油の香りが強くてお香はあまり感じない?胡麻油が強いせいか、そこまで強烈な寺の香りは感じなかった。生地はしっかりと揚げられていてカリッカリ。かりんとうとか煎餅のような硬さ。
 胡麻油の香りが強い揚げ饅頭というのが近いかな。あっさりとした甘さが良い」

 シナモンとクローブが死ぬほど苦手なにるぎりだが全部食べられた。それだけクオリティ自体は高いということか。
 線香のような香りを想像していたけど、もっと色々な香りが混ざり合っている。仏教系の香りが染み付いたお寺の匂いというか、線香の匂いが染み付いた仏壇というか。
 そう言う意味ではにるぎりが言っていた「厳かで仰々しいおばあちゃんち」という表現は言い得て妙だと思う。

 食べるときに軽く焼くとおいしいと書いてあったのでオーブンで軽く焼いてみた。

にるぎり
 「………………………………」

ジャム
 「オーブンで焼いたら香りが立ち上ってきた。色々な香りが混ざり合ってているから本当に複雑な香り。確かに食品の香りとしては馴染みがないけど、これはこれでありだと思う。むしろ名前のとおり清浄な香り。口の中に浄土が広がる。
 食べているうちに良い香りに思えてきた。美味しいとか食欲をそそるというより、落ち着く、リラックスできるというような香り。枕元に置いておきたい。安眠できそう。
 癖になる。食べ終えた後も口の中からほのかに香りが立ち上ってきて、まさに「薫風喉より来たり」というやつ。
 不思議とまた食べたくなる。だけどこの香りは毎日食べるような俗なものではない。本当に清浄な香りだから、やっぱりたまに食べるくらいが丁度いいかもしかもしれない」

 にるぎりは焼いた時のあまりの香りの強さに食べずにギブアップ。香りの好みは個人差が大きいからね。
 個人的にはかなり好印象だった。現代のように手軽に芳香剤や消臭剤、香水などが手に入らなかった時代には、本当に浄土のような清らかな香りに感じられたのだろう。
 同時に当時の貴族や僧の中にもこういう香りが苦手な人もいたのでは、と想像するのも楽しい。


餢飳画像3

 「ぶと」と読む。こちらは神社のお供えものだそうだ。形は餃子だね。こちらも米粉と小麦粉の生地にあんこを包んで胡麻油で揚げたものだが、粒あんであることとお香が入っていないのが清浄歓喜団との違い。

にるぎり
 「そもそも胡麻油の香り自体がかなり強い。おそらく焙煎が強めで香り重視の重めの胡麻油を使用していて、普段胡麻油の香りを意識せず食べられているという人でも、人によっては拒否反応を起こす場合がありそうなくらい強烈な胡麻油の風味。
 あんこは清浄歓喜団(こしあん)より餢飳(つぶあん)のほうが食感がポソポソするためか、あるいはお香の香りが無くパンチが弱くなるためか、やや甘めにしてある印象。
 かなり胡麻油の香りがキツい昔のあんドーナツといった感じか。個人的には温めない方が胡麻油の風味が尖りすぎず食べやすいように感じた」

ジャム
 「胡麻油の揚げ饅頭だね。お香が入ってないからこちらの方がとっつきやすいかも。こちらの方が生地が厚い。焼くと胡麻油の香りがさらに強くなる。でもお香は入っていないからにるぎりでも大丈夫。
 生地が厚いから焼くと油がジュワジュワ染み出してくる。食感もカリッカリというよりジュワッとしてる。和菓子とは思えないジューシーさ」

 お香が入っていないからにるぎりでも焼いた状態で食べられた。清浄歓喜団もそうだが、中華料理で感じる胡麻油の香りとはまた違う胡麻油の香りだった。にるぎり曰くこちらの方が本来の胡麻油の香りらしい。
 にるぎりが言うとおり、あんドーナツが一番近いかな。ジュワッとして結構ボリュームのある食べ応え。昔の日本人も揚げ物を食べていたんだね。


 というわけでいにしえの菓子、唐菓子を食べてみた。流石に砂糖や小豆あんが使われている製法ではあるが、形やお香の香りといった点では奈良や平安の世に意識を運んでくれる。


 唐菓子と書いて「からくだもの」と読むのも実に良い。甘味料が貴重だった時代においては、確かにくだものは菓子だったのだ。字面からして歴史を感じることができる食べ物、それが唐菓子。

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