ある島にある機械

夕方、2方向に分岐した狭い道があって、そこに警官が2人いた。一人は20歳くらいの男で、もう一人は初老のやはり男であった。

その道において、左側にいけば焼き鳥屋が、さらに上階には小劇場があって、右側にいけば雑貨屋と中華料理店があったが、それらはふたりの警官とは無関係に存在しているようで、しかし交わることのない観念がともに存在できる調和がその街を支配していた。そういうわけで警官は通行人に声をかける。その道はとてもひっそりとしていて、そして彼らは通行人と名のつく者であれば手当たり次第に声をかけた。なぜならそれが彼らの役割であるからだ。

初老の警官が道を行く男に声をかけた。その男は、カーキーのニット帽と黒縁眼鏡をつけていて、黒色のシャツを着ていて、おまけに首筋に大きなホクロがあった。

「サイフのなかを見せてもらってもよろしいですか?」

「すいません、今時間がなくて」

男は鉛筆でぐるぐると描いたような虚ろな眼をして訴える。「石を探しているんです、ここのところずっと。それがないと家に帰れなくて」

警官たちは不審に思い、若い方の警官が、男に住所を聞くと、彼は、私の居たところは住所に定義されない、と言った。そこには、温かいシチューと暖炉、それから尻尾をふって帰りを待つ愛くるしいペット、フカフカの毛布がある。それなのに、私たちは突然引き離されて、おまけに石を探さなくてはならなくなったのだと。

男は、過去が追いかけてくる、道を急がなくては、私もあなたたちも、と付け加えた。鉛筆で描いた眼がぐるぐると加速して回った。

警官たちは困惑したが、彼を解放してあげた。なぜならもう夕陽は沈みかかっていて、確かに、我々も道を急がなくては、と思ったからだ。夜が来れば全てはきっとそのままの状態で調和されるのだと、彼らはそう信じきっていた。派出所に帰り、今日したことを連絡し共有して、各々がそれぞれの家へと帰った。ニット帽の男は虚空を、意識の流動するさまに沿って移動した。

結局、2、3ヶ月ほどして、その若い警官はピストルで自殺をしてしまったのだった。夏なのにやけに冷たい風が吹いた日に、彼の葬式が行われ、頭に毛が一本もない坊主が経を読んだ。

警官の母親は、高卒ですぐ警官になんてなったからだ、私は学校に行けと言ったのに、と言って泣き喚いた。父親は、少なくともその場所にはいなかった。棺桶のなかにいる警官は顔に布がかけられていて、それは弾丸で撃ち抜かれた顔面をその場にいる人に見えないようにした。

若い警官と共に仕事をしていた、初老の警官は、その半年後に、ある島に転勤をした。そこには19世紀の機械と、温かな空気があって、初老の警官はそこで規則正しい生活を続けた。

朝、陽の光を浴びて目覚め、歯を磨いてから、珈琲とクッキーをひとつ食べて煙草を一本吸った。身なりを整え、道なりに歩いて職場に向かい、モーターの音と子供の遊ぶ声を聞きながら仕事をした。陽が沈む頃に退勤して、牧場にある直売店で山羊の乳を買った。家に帰ると彼はその乳でチャイを作って飲んだ。そして、電子レンジでチンした熱々のご飯、冷奴と梅干し、それからもやしのナムルに一味をかけて食べた。部屋を片付けて、風呂に入ったら、彼はいつも小説を読んだ。それは終わりのない小説で、なぜなら牧場の少女が毎日毎日寝る前に書いているからだ。

その小説は、ある青年が、ニューヨークで派遣労働者として働くなかで、在野の賢人と出会い成長する、ハートウォーミングストーリーだった。

物語において賢人は言う。「空間の無いところに時間はあるかもしれない、しかし、時間のないところに空間は成立しえないであろう」と。そして、全ての事象において、全ての生成消滅は我々の認識作用に依存するのだと賢人は結論づける。

初老の警官は、賢人の言葉を胸に刻んだ。そして自慰行為をして、CDをかけながら眠りについた。彼は寝て起きると賢人の言葉を全て忘れた。そういう風にして彼は彼の生活を続けた。

この島において、全ての人はその名前と年齢を持たない。なぜなら街に必要なものなど何ひとつ存在しないからだ。





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