ピーカンの新穂高
晴れはしたが風が強い。「風が収まるまでだめですね」と宮本さん(*1)。だからゆっくり行こうという。「運転は私がやりますから、ビールでも飲んでください」といううれしいおコトバに、ついその気になって缶ビールを開けてしまう。私は自分で運転することが多いので、こんなことは滅多にない。まるで慰安旅行だ。宮本さんのタウンエースに伊藤さん(*2)と私と妻の4人。いつものメンバーが皆んな都合が悪く、これだけしか集まらなかったのだ。でも、その分気楽で、こんなありさまになってしまった。妻は油坂を越えたあたりから居眠りをしている。
高山の街に入る手前で昼食。豆腐料理だ。今回はコースも宿もすべて宮本さんに頼ることにした。ここも宮本さんの自身を持ってのおすすめの店だ。なるほどうまい。厚揚げ焼きも、揚げだし豆腐も、豆腐ステーキも。満足して再び車に乗る。
高山で焼団子を買食いした後、平湯の手前のちょっと洒落たホテルでコーヒーを飲みながらコースを再検討。今日は天気が良くないので、少し引き返して朴の木平スキー場に隣接した林道コースを歩くことにする。
スキー場の傍に車を駐めて眺めると、ゲレンデの下から右手方向に道が延びている。これに違いない。本によれば距離約4キロだから、1時間程度の足慣らしという気持ちで歩きはじめる。緩い下り坂が続き、少しずつ傾斜が増していって滑るようになる。“往きは良い々々、帰りは?”というところか。とうとう高山からの道路が川越しに見えるところまで来た。どうやらここが終点らしい。しかし、道はまだ続いていて、大きく回り込んで登りになっている。方角はスキー場に向いているので、どこかで来た道と合流するのだろう。そう思って歩き続けると、だんだん急になり、直登行が難しくなる。宮本さんに続いて、私もVに開いてどうやら登ったが、妻と伊藤さんがなかなか来ない。苦労しているようだ。幅も狭く、この傾斜では下るのは無理だろう。往きに通ったダラダラが正解だったようだ。そうするうちに来た道に合流したので、そこで全員そろうのを待ってスキー場に戻る。
平湯の宿は優雅な和風旅館だった。廊下の一隅にきれいな着物が飾ってある。後で聞いたところでは、先代の女将さんが嫁に来たとき持ってきたものだそうだ。小規模ながら露天風呂もあって、なかなか良い。この季節は客が少ないので、多少の無理がきく。民宿なみの料金で二部屋、しかも新館。食事は広間で、話好きの女将さんが時間を忘れて付き合ってくれる。宮本さんはビール、伊藤さんは日本酒、そして私は両方に義理を立てる。料理がまた良い。タクワン以外は全部自家製だという。たっぷり飲んで、たっぷり食べて、寝る前にまた風呂に入る。外は雨。
朝、風呂に行くとすでに宮本さんが入っていた。降ってはいないものの、空は雲に覆われている。新穂高ロープウェイに乗る予定なのに残念だ。“晴れ男”の私もいよいよ年貢の納め時か。「降りさえしなければ良しとしましょう」と宮本さん。気を取り直して部屋に戻り、仕度をする。ロープウェイに乗る前に少し歩こうと車を走らせてみるが、適当なフィールドが見つからない。しかし、空はだんだん晴れてくる。結局、鍋平高原からスキー場のロープウェイ乗り場まで歩くことにした。林道や林の中を歩いて行くと、音楽が聞こえてきて、まもなく鍋平ゲレンデに出た。緩い斜面のファミリーゲレンデだ。ピステを避けてリフトに沿って林道を歩く。直登行で楽に登れる傾斜だ。もうすっかり晴れ渡って暖かい。右手に焼岳の吐くわずかな煙が見える。
リフトの終点のすぐ上がロープウェイ乗り場だ。ピステは雪が硬いので滑降が禁止されて、スキーを担いでは乗れないのだが、パトロールと談判して許可をもらう。展望台付近を歩くだけという約束だ。もちろん急なことで有名なこの斜面をノーエッジのXCスキーで滑ることが無理だということを承知してのことだ。
ロープウェイを降りると、そこはもう北アルプス。西穂高、槍ヶ岳、錫丈岳、そして遠く白山までが展望できる。昨日の風もすっかり収まって、ぽかぽかした良い天気だ。西穂高から下りてきたのだろうか数人のパーティーがアイゼンを外している。「これが普通じゃあないんですよ」と宮本さん。何回も来ているが、こんな良いコンディションは初めてだという。スキーを履いて歩いてみると、汗をかくくらいだ。ツボ足では行けないところまで行けるので、山の雰囲気と展望を満喫できる。ちょっとした優越感。
ロープウェイの駅まで戻ると、この陽気で雪が緩み、滑降が可能となったらしく、スキーを持った人が大勢下りてきて、コースを下りはじめていた。われわれは逆にスキーを外して乗り場に並び、ゲレンデまで下る。
最後に、ボーゲンをかけたら止まりそうなゲレンデの緩斜面をスキーで下り、テレマークターンを試みる。“曲がりなりにも”なんとか決まった。私は歩くスキーはなるべくノーエッジでやりたいと思う。自然を破壊する危険が少ないからだ。それで、密かにノーエッジの板でテレマークターンをという夢を持っているのだが、それに一歩近づいた感じ。
帰りに、川原の露天風呂に入る。“山男の湯”というのだそうだが、なかなか良い。顔を洗うと、日に焼けたのか少しヒリヒリした。
(*1) 県立高校教諭(当時)
(*2) 福井大学職員(当時)
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