見出し画像

犬を連れてXCスキー

 カップ麺のCMにカヌーに犬を乗せているのがあったが、それを真似てみた。私の愛犬はタマという名の雌の柴犬(*1)で、何しろおとなしい。飼い主でさえ吠え声を聞いたことがほとんどない。そのうえ弱虫で、少し大きな声を出そうものなら、怯えて震えだす始末だ。だからきっと怖くて嫌がるだろうと思いながらも乗せてみたのだが、喜んでとはいえないまでも、おとなしく乗っている。だたし、岸に着くと大急ぎで飛び降りてしまった。
 冬になって、六呂師へ連れて行ってみた。円山公園から牧場の方へ行ったのだが、前後しながら喜んで付いてくる。内心「しめた、これはいけるぞ」とほくそ笑んだ。実は、今度のスキーツアーに連れて行くことを考えていたからだ。早速、犬も一緒に泊めてくれるというペンションに予約を入れた。
 春分の日の飛び石連休を利用して、小堀さん夫婦と浜出さん(*2)、それにタマを連れたわれわれ夫婦は丸岡インターで待ち合わせて、一路峰の原へと向かった。峰の原は菅平高原に隣接したスキーエリアで、テレマークスキーのメッカとして有名だが、XCスキーのコースもいろいろあるようなので、一度行ってみたいと思っていたところだ。上越インターで北陸自動車道を下りて、国道18号を長野方面へ向かい、須坂から国道401号で菅平へ。菅平の左手一帯が峰の原だ。
 ペンションのドアを開けると、大きな犬が現れてびっくりする。他の客の犬に違いない。中型や小型の犬もいて、わがもの顔で歩き回っている。
 チェックイン後、近くで足慣らしをして明日に備える。夜は例によってワインで懇親会。今回のワインは塩尻高校醸造科の特製。作った本人たちは未成年のため試飲もできないという。なかなか手に入らないという逸物だが、あるルートでもらうことができたのだ。でもちょっと味は若いかなと思う。
 明日の計画をめぐって、根子岳登山を主張する男性軍と、カモシカに逢えると聞いて大谷林道コースに想いを馳せる女性軍が対立。結局、世の常で、男子軍が折れて林道に決定する。地図で見ると緩い下り一方のコースだ。
 翌日は快晴。山々がくっきりと見える最高のコンディション。しかも、下り一方では、「罰が当たりそう」とは浜出さんの言。車1台を林道の終点に置き、もう1台でスキー場の下まで行く。スキー場内を横断すると、二つの初級者向けの林道迂回コースの合流点に「立入禁止」の立札があり、青いネットが張ってある。ここが本当の出発点だ。前もって確認して許可されていたので 立札にかまわず進入したところで小休止、コーヒーを淹れる。妙高・黒姫・飯綱の嶺々が眼前に美しくひろがっている。
 道は左が山で右が深い谷になっていて、雪崩の跡の小さな雪塊が落石のように転がっている。タマが谷をのぞき込むように歩くので、妻は落ちはしないかと心配している。雪塊に阻まれながらも、前進また前進。ちょっと話が違うんじゃないかと思うのは私だけではなさそうだ。しかしそれも束の間だった。林間に入り、なだらかな下りが続くようになる。その代わり、展望はきかず、時折木々の間に根子岳が顔をのぞかせる程度になり、やがてそれもなくなって太い樹木に覆われる林道となる。
 突然、後ろから「クマかな。いやカモシカだっ!」という声。どれどれと、全員が集まる。「正面の上の方、2頭いる」といわれて、よく見ると確かにいるいる。ニホンカモシカだ。カモシカもわれわれに気付いたのか、木の陰に隠れながらあっという間に行ってしまった。私が見たのはほんの一瞬だったが、それでも念願のカモシカに逢えた。ここに来た甲斐があったというものだ。最初に見つけたのは私の妻だった。難関を越え、ほっとして上を見た途端、動くものが見えたという。あまり丸々としているので、一瞬クマかと思ったそうだが、無理はない。”カモシカのような脚”は外国種のもので、大根足のニホンカモシカには当てはまらないのだ。それにしてもお手柄、お手柄。
 再び林道を下る。「そろそろ昼食にしませんか?」の声に、陽だまりをみつけてスキーを脱ぐ。暖かい上に、歩いた後なので、ビールが旨い。おにぎりも進む。タマは皆からおこぼれを頂戴したり、付近を嗅ぎまわったりしている。「こんなに良いところなのに誰も来ないね」などと話していると、上方の木の間に女性の姿が見えた。「こんにちは」の挨拶に、「こんにちは、アアッ!」と答えが返ってくる。われわれも通ってきた道だが、かなり苦戦しているようだ。その先にカーブがあってここに至るのだが、なかなか現れない。しばらくしてやっと初老の男性と若い男女の3人組がやってきた。見ると3人ともノーエッジ。われわれは実は全員がエッジ付きの板を履いているので、ちょっとした急坂でもプルークが効いて安心だが、ノーエッジでは初心者は転ぶしかない。勇敢さに感心する。「カモシカ、見ましたか?」と聞いても「いいえ」。みつける余裕もなかったのだろう。しかし3人ともほとんど初めてという割には結構上手く滑っている。きっとアルペンは上手いに違いないと想像する。
 3人組をやり過ごしてからしばらくして、われわれも出発。動物の足跡をみつけては「キツネだろう」「いや鳥だよ、オナガ」などと言い合っているのでゆっくりのはずだが、まもなく3人組に追いついてしまう。前後して8人の行進が続く。そうするうちにタマと小堀さんの奥さんが遅れはじめる。少し疲れてきたようだ。小堀奥さんは浜出さんに見てもらい、タマは私が背負うことにした。荷物を妻に持たせて空いたデイパックにタマを入れる。首だけ出してジッパーを閉めると、おとなしく動かない。いい気なものだ。私の方は転んではいけないと思い、慎重にプルークで滑るのだが、これが結構疲れる。ときどきストックを股に挟んで制動をかけながら滑る。これは楽だが、ストックがちょっと心配。
 やがて周りの雪もまばらになり、終点が近いことがわかる。道に雪がなくなったところでスキーを脱ぎ、後続を待つ。タマはデイパックを下ろしてもなかなか出ようとしない。よほど気に入ったようだ。全員がそろったところで3人組と別れを惜しみながら、朝車を置いたところまで、すっかり春めいた道をスキーを肩にツボ足で歩いた。
(*1) タマはその後18歳まで生きて天寿を全うした
(*2 ) 小堀さんはカヌーを中心としたアウトドア仲間、浜出さんはXCスキーの先輩(歳は私よりかなり若いが)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?