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雨の護摩堂山

 「取立に良いコースがあるので今度の日曜に行きませんか」と浜出さん(*1)から電話があった。急だったが、特に予定はなかったので、二つ返事で決めた。山なのでどの板にしようか迷ったが、浜出さんもXC用で行くというので、私も原則を貫くことにした。オフピステでは、草木を傷めやすいので、なるべくスチールエッジのない板を使おうと決めているのだ。急斜面は脱げば良い。豪快なダウンヒルを楽しむことはできないが、良いではないか。その分、緩斜面でもスリルが味わえる。
 朝、起きると天気予報どおり雨。それもハンパな量ではない。着替えと合羽を持って待ち合わせ場所のグリーンセンターの駐車場へ行ってみると、浜出さんと大田さん(*2)がすでに来ていて、「この雨だけど、どうしましょう」と言う。とりあえず行ってみることにして、浜出さんのワゴン車に全員が乗り込んだ。今日は浜出さんの10年目の結婚記念日とのこと。それなのに奥さんを置いてスキーなんかしてて良いのかと思ったら、「家族で食事をするので早く帰りたい」と。当然のことと、了承。
 予定の五所川原駐車場に着いても、雨は止んでくれず、山はガスっている。浜出さんが「これでは道に迷いそうだから、安全第一で林道を行きましょう」と言って、谷トンネルの入口まで行く。駐車スペースが空いていたので、そこに車を停め、スキーを下ろして、浜出さんに借りたシールを付ける。器用な浜出さんは金具でいろいろな板に合うように工夫しているので、XC用の取り付け方を教えてもらう。
 谷トンネルの上を大きく回っていく林道には、すでにスキーの跡が付いている。道路の反対側に停めてあるもう1台の車の人のものだろう。その後をつけて、われわれも歩きはじめる。少し小降りになってきたとはいえ、濡れるので合羽を着たいのだが、気温が高いので、返って汗でびしょびしょになりそうだ。濡れるのを覚悟であえて合羽を着ないで歩く。林道の脇にはマンサクの花が咲いている。雪深い山にも、もう春が訪れているのだ。雪は雨水を含んで重い。谷峠には、名物の、落雷で洞ができた大きな杉がある。できてからずいぶん年月が経つのに、そのままの形で立っている。ここで記念写真を1枚。小休止の後、再び歩き出す。雨は心持ち少なくなってきたようだ。
 トレッドにツボ足の跡が混じっている。取立山への登山者だろうか。
 なだらかな斜面をしばらく登って行くと、トレッドは左に曲がり斜面を登っていくので、われわれもそれに続く。急斜面なので開脚で登ろうとしたら、浜出さんが「フルサイズのシールだから思い切って体重をかけて直登行してごらんなさい」というので、やってみたら、なるほど滑らずに登って行く。シールとは便利なものだ。
 斜面を登りきったところで、3人の中年の男性がテントを畳んでいた。傍らには山スキーが立ててある。「取立に登るんですか」と聞くと、「今、仲間が行ってます」と言う。そろそろ戻ってくるので、テントを畳んでいるそうだ。
 われわれはここから尾根伝いに戻ることにした。
 「晴れたら正面に白山が見えるんですよ」という浜出さんの言葉もむなしく、ガスはかかったまま。外からは雨、内からは汗で、着ているものすべてがじっとりと濡れている。
 前方から別の山スキーの男性が来て、「ツボ足の女に会いませんでしたか」と聞かれたので、会わないと言うと、心配顔になる。奥さんで、待ってもなかなか来ないので、どこかでわれわれが追い越したのではないかと思ったというのだ。われわれが辿ってきたトレッドに混じっていた足跡がそうかもしれない。「それなら、この先にキャンプしている人達がいるので大丈夫でしょう」と安心させて、別れる。
 まもなく護摩堂山頂。電波塔の反射板が見える。
 電波塔の下で1人の男性が休んでいた。板はテレマーク。聞くと、石川県の小松市から来たと言う。同じヒールフリー仲間だ。話がはずむ。
 しばらく友好を深めた後、別れて、シールをはずして下りに入る。木々を縫うように下るので、こわくてスピードに乗れない。少し滑っては転び、また滑っては止まりの繰り返しだ。汗と雨と雪で身体中びしょ濡れ。大田さんも苦労しているが、浜出さんはさすがにスイスイと下って行く。
 少し広いところに出たので、大田さんが覚えたてのテレマークターンを試みて、転倒。私もやってみるが、うまくできない。雪が重くて、引っかかる感じ。早々にあきらめてボーゲンに切り替えるが、大田さんは再三挑戦して成功。コツを掴んだようだ。立派々々。
 まもなく往きに通った林道に出る。ここは障害物がないので、安心して滑ることができる。浜出さんと前後しながら飛ばし、大田さんが続く。あっけないほど簡単に出発点に戻ってしまった。
 スキーを脱ぎ、車に積み込んでいると、山頂で会ったテレマーカーも下りてきて、止まりきれずに転倒。ヒールフリーのスキーには転倒は付きもの。楽しく転べば、それもまた良い。われわれも下着まで濡れたまま車に乗り込み、帰途についた。

(*1) 前出(XCスキーの先輩)
(*2) 悠々自適の主婦(とある会社の社長夫人?)

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